私のお隣さん。
柳太郎にとってはどうだったか知れない。
でも、私にとって、あれは大事件だった。
私たちは良くある、べったべたに仲のいい幼なじみではなかった。抱き合ったり一緒に眠ったりどころか、手をつなぐことさえしたことはなかったかもしれない。私が覚えているのは、背中合わせに座ったことがあるという、ただそれぐらいのことだった。
だから、あの抱擁は私にとってすごく大きなことだったのだ。
そんなこと、柳太郎にとってはたいしたことじゃないんだろうな、と背中の方にいるその人を意識しながら私は思った。
柳太郎はソファーにごろんと寝転がり、私は床に直接座ってそのソファーに背を預けている。
私が熱心にテレビ画面に映る映画の筋を追っているというのに、柳太郎は本を読みながらときおり視線をくれてやるだけだ。興味がないのだろう。
お約束どおり、感動的なラストのくだりにさしかかると、私はみっともなく大泣きしてしまった。用意のいい柳太郎が、ティッシュの詰まった箱を私に寄こす。
良くそんなので泣けるな、と柳太郎の目が言っているような気がしたので、私は柳太郎に言ってやった。
「リュータロは、映画見て、感動したりしないの?」
「そんな作り物に割く心の余裕なんてない」
「え?」
私が首をかしげると、柳太郎はにやりと笑って、言ってやろうか、と口にした。
「俺はいつだって椿のことしか考えてない」
言葉をなくした私を、ソファーの上に起き上がった柳太郎はひょいと抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。そのまま、いつかのように私をぎゅっと抱き締める。
心臓がどきどきと早鐘を打った。
それが心地好いと思ってしまう私は、柳太郎にしてやられてると思う。
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2007 08 28