まだまだ未熟です。

素直になれない

 眼鏡を上衣の胸ポケットに突っ込んで、ティオは王立図書館に向かった。ルゥエから眼鏡を取り上げたまま彼女が逃げてしまったので、それを返しに来たのだ。
 気恥ずかしさからだろうか、ルゥエからティオには接触を図ってこない。ティオの姿を見ると逃げてしまうのではないかともてあましていたが、オーレリアンの一言で気が変わった。
「見えないんだから、逃げようがないんじゃない」
 それもそうだと得心して、ルゥエを捜しに来たのである。
 折しも時刻はお昼時。眼鏡がない所為で仕事がはかどらず、まだ休憩をとっていないと見越して、食堂より先に図書館を訪れる。
 ティオが館内を覗くと、そこは閑散としていた。金の手摺りの螺旋階段を上り、そこで本の整理をしているルゥエを発見する。
 ティオが近寄ると、それと気づいたルゥエは居住まいを正した。その表情を見る限り、ティオだと認めた様子はない。おそらく、館の利用者とみたのだろう。
――眼鏡、返しに来たんだけど」
 あと二歩まで近づいたティオが声をかけると、ルゥエは本棚を背にびしりと固まった。
「あ、そそ、それは、申し訳」
「謝らなくていい」
 ティオが遮ると、場にすとんと静寂が下りた。ティオの不機嫌さを感じ取ったのか、気まずさに耐えられなくなったのか、ルゥエは慌てて取り繕う。
「あ、あの、怒っていらっしゃいます?」
「避けてたのはおまえ」
 事実を容赦なく告げると、ルゥエは頬を染めつつ弁解を始めた。
「あの、あのことはあんまり考えないようにしてて。ティオ様を見ると思い出してしまいますから」
「……なんで」
 聞きたいような聞きたくないような。
 じわりじわりと身を削られる思いを味わいながら、ティオはまた一歩追い詰める。目を上げたルゥエは、開き直ったかのようにティオをじっと見つめた。
「だって、あんまり夢みたいで。覚めてしまったらと思うと怖いんですもの!」
 それを聞いたティオは、頬が燃えるように熱くなるのを感じた。
 こんなとき、隊長だったら、先輩だったら。きっと気の利いた言葉を返せるのに。
 そんな自分をもどかしく思って、ティオはそっとルゥエを抱き寄せる。眼鏡を返していなくてよかった。この上、こんな顔まで見られたら威厳など保てない。
 ティオはくすりと苦笑めいた笑みをこぼした。
 ――腕の中で騒ぐルゥエには無視を決め込むことにして。


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2006 02 21