こんなわけがあったのです。

王子と勉強会

「殿下ぁあああ!」
 聞いてくださいよ、とルゥエはジェイディアードの私室の扉を乱暴に開けた。礼を失した行為といえなくもないが、あらかじめ約束は取り付けた上、ルゥエとジェイディアードの仲であるからぎりぎり許容内である。
 そもそも、ジェイディアードがそれを咎めるわけもないのだった。
 すでに用意されていたお茶の用意に恐縮しつつ、ルゥエは幼い王子にくだくだと愚痴を述べ始めた。
 この愚痴の相手は姫のオーレリアンとなるのが常だったが、今日は彼女が登城しておらず、下働きのエミリーなどの話し相手にふさわしい話題でもなかった。そのため王子ジェイディアードに白羽の矢が立ったのである。
 ジェイディアードの顔を見た瞬間、ルゥエの脳裏に申し訳ない、という言葉が走ったのだが、頼りの話し相手とされている、と認識した王子の煌めく瞳を見れば、予定どおりにいくほかはないだろう。
 今日、ルゥエは渡り廊下を通りがかった際に、下級兵士たちの雑談を耳にした。その内容が、
「ティオ様を侮辱するものだったんです……!」
 ルゥエは憤りに唇を震わせた。ティオは近衛の一員にしては腕が足りない、年が若すぎる、姫の推薦で近衛に入ったらしい、姫のひいきが過ぎるのでは、云々。
「そんなこと、ないですよね……?」
 紅茶を啜りながら、ルゥエは気弱げに呟く。ルゥエの側に、それを否定するだけの情報がないのが痛い。
「そうですね、ティオは確かに近衛の中では極めて年若です」
「……ですね」
「剣の腕も、たぶん一番下ではないでしょうか」
「……ですか」
「姉上の推薦で入隊したことも事実です」
「で、殿下」
 極めて素直な王子は、愚痴を聞くどころか、ルゥエの傷口に塩をすり込みまくっている。
 でもですね、とそこでジェイディアードはにっこりと微笑んだ。
「まず、姉上の推薦があったのはなんらおかしなことではありません」
 そもそも、近衛に入るためには王族の誰かしらの推薦が必要となる。近衛隊は私兵と呼ばれない程度の人数で構成されてはいるが、いわば名誉職で実質的な働きが第一ではない。しかし出生を問わずその一員となることができ、それなりの身分が手に入る。任期は更新可能で三年が基となり、それなりの禄も支払われる。隊長やそれに準ずる者は退任しても禄の半分を継続して受け取ることができる。となれば王族の認可が要るに決まっている。
「それから、ティオが買われたのは剣の腕ではなく、諜報の腕です。確かに、例外的ではありますが」
「え」
 ルゥエは驚いた。初耳である。
「ティオはね、情報収集が得意なんです」
 相手に警戒心を起こさせない外見と雰囲気、会話の術がある。また、相手になめられることの多いティオだが、逆に幸いし、油断した相手は本音なり愚痴なりをこぼしてしまうのである。
「将来、ティオは僕の助けになってくれます。だからそれまで近衛で鍛えようって、ね、そういうつもりなんです」
 安心しましたか? と問われ、ルゥエはゆっくりと頷いた。
「はい、それに勉強にもなりました」
 そして、十一の少年に慰められた十六の娘は、てへへと照れ笑いを浮かべた。


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2009 01 18