とられるわけには、いかない。
「も、申し訳ございませんー!」
謝りつつ奇声を発して走り去るルゥエを、ティオはぽかんと見つめていた。
その横では王子ジェイディアードが、困ったような笑みを浮かべて子猫を抱いている。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「うぎゃっ」
並んだ二人の間に顔を割り込ませるように挨拶をよこした青年に、ティオは驚きの声を上げる。彼の名はウィーダリオン、近衛隊員でありティオの先輩にあたる人物である。
「その奇声はどういう意味かな?」
爽やかな笑顔にそぐわぬ重圧感を感じて、ティオは平謝りに謝った。しかしウィーダリオンの興味は、ティオよりも逃げ去ったルゥエの方にあるようだ。
「あちらに逃げていったお嬢さんが、猫被りの君かな?」
「よくご存知で……って先輩、いつから見てたんですか」
「一部始終」
そうですか、とティオは溜息をつく。言い返す気力などはない。
「もちろん、追いかけるんだろうね?」
「は?」
ウィーダリオンの念押しに、ティオの口は開きっぱなしになる。
「女性に恥をかかせる気かい? 彼女の気持ちがどこにあるかなど、一目瞭然だろう」
いやでも心の準備が、などと躊躇するティオに、ウィーダリオンは問題発言を投下する。
「私が追いかけてあげても構わないよ?」
「――手ぇ出さないでくださいよ!?」
慌てて口を挟んだが、ウィーダリオンはにやりと笑みを見せるだけである。この女ったらしに任せておけば、どんな結果になるかわからない。ティオは、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「行っきゃあいいんでしょ、行きゃあ!」
半ば自棄に叫び、ティオはルゥエを追いかけていった。
「まったく、素直じゃありませんね」
苦笑気味にウィーダリオンがジェイディアードを振り向くと、
「ええ」
理解しているのかいないのか、王子はにっこりと笑った。
2006 02 21