意外な事実。

ひとときのパヴァーヌ


 フルートパートは、パートの基礎練習のあとに時間が余れば、小曲集の中から一曲を選んで三人で演奏することにしている。
 じゃんけんで割り振りを決め、勝った者がリード、つまり1stファーストパート、あとの二人が2ndセカンドパートを担当する。曲を決めるのは勝った側だ。
 今日の勝者は涼子だった。
「うーん、どの曲にしようかな」
 涼子は小曲集をぱらぱらとめくりながら吟味する。
「もも先輩、今日は熊蜂の飛行とかボヘミアの民謡とかやめてくださいよう」
 そこへ、すかさず玖里の不満が飛んだ。玖里は、ゆったりとした抒情的な曲を好むので、涼子の選曲はたいがい気に入らないのである。
「かと言って、G線上のアリアとか子供の情景とかばっかりだと飽きちゃうでしょ。ベートーヴェンのロマンスでもやる?」
「じゃーおれ、リクエストするわ。亡き王女のためのパヴァーヌやって」
 窓辺に腰掛けた晃が声を放った。
「また来たの、あんた。自分の練習はどうしたのよ」
「飽きた」
 ちょくちょくやってくる晃に涼子は呆れた声をかけるが、当の本人は涼しげな顔だ。
 涼子は軽く溜息を吐いたが、まあいいか、とそのまま曲を決定した。
「え、いいんですか」
 驚いたのは玖里だ。涼子は、こういう切々とした曲は嫌いかと思っていたのだ。
 そして、その演奏後、玖里は思い知った。
――もも先輩、ずるいです!」
 消え入りそうなほど繊細な導入部から、ところどころ混ざる力強さ、涼やかな高音部まで、涼子は完璧に演奏しきって見せたのだ。玖里ならばもう少し感情的に引っ張る吹き方をするところも、テンポは引っ張らず、巧く強弱をつけて通過した。なにより、ほとんど伴奏と化している2ndパートへのメロディーの、すっとした乗っかり方が巧い。
 普段さんざ涼子に注意を食らっている玖里は、抒情的な曲ならば涼子に勝てると踏んでいたらしいのだ。
 軽く片眉を上げる涼子を見て、奏がふっと軽く笑った。
「知らなかったのか、玖里。ももは巧いぞ」
 晃はそれを知っていてリクエストした。奏のほめ言葉に、誇らしいような気持ちになったのは、当の涼子ではなくて晃だったのかも知れない。
 満足した晃は、フルートパートから抜け出してトランペットパートの練習場所へと、来たときと同じくふらりと戻って行った。


番外「二人の会話」へ
back/ novel

2009 12 12