いっそ天然ならええのに。

つかめないひと

「あ、遠見さーん!」
 キャンパス内で前方に遠見さんを見つけ、佳奈美は大きく手を振った。さすがに敬語はやめたものの、いまだ『さん』付けは抜けていない。
「佳奈美ちゃん」
 彼女の姿を認めて、遠見さんは笑んだ。その彼を目指して佳奈美は駆けてゆく。
「遠見さん、三日前に出たRPG買うた?」
 重ねて、近日発売したゲームの題名を口にする。肯定の返答を返した遠見さんに、のがすまいと佳奈美は飛び付いた。
「貸して貸して貸してぇなー!」
「まだクリアしてへんよ。あのね、佳奈美ちゃん、僕も試験期間やってこと忘れてへん?」
 遠見さんの落ち着いた声に、佳奈美は興奮状態から我に返る。
「あ、それで思い出したわ。遠見さん、ノート助かったわ、ありがと」
 佳奈美は肩から下げた赤い鞄の中を引っかき回し、ルーズリーフの束から目的の一枚を引っ張り出す。遠見さんは受け取ったそれを見て、わずかに眉を顰めた。
「佳奈美ちゃん、血がついてる」
「は? え、うわ、切れてもうとる」
 佳奈美は慌てて自分の手を見て、声を上げた。どうやら紙で指先を切ってしまったらしい。心配そうな遠見さんに、佳奈美はへらへら笑ってみせた。
「大丈夫やわ、なめとったら治るし」
 そう言った佳奈美の手を、遠見さんはひょいととった。そしてその先をぱくりと口に含む。
「ひっ」佳奈美は飛びすさった。「ななな、なにすんねん!」
「なめたら治るて言うから」
 佳奈美は半眼で睨みつける。
「遠見さん、天然タラシとか言われへん?」
「言われへんよ。だいたい、天然でやってるんと違うし」
 瞬間、佳奈美の頭は真っ白になる。
「それってどういう意味――
 しかし、返ってきたのは遠見さんの微笑だけだった。


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2006 02 12