恥ずかしゅうてかなわん。

すれ違いのひと

 食堂で、佳奈美は片桐くんと向かい合って、昼食のうどんをすすっていた。
 時計を見上げながら、三限の授業までの時間を計っていると、佳奈美の隣にかたりとトレイが置かれた。その上には今日のAランチがほかほかと湯気を立てている。
「僕も、一緒してええ?」
 振り仰いで見ると遠見さんで、佳奈美はつんとそっぽを向いた。
「遠見さんなんか、知らん」
「どないしたん、そない、いけず言わんといて」
 そう言いつつもちゃっかり、遠見さんは佳奈美の隣に腰を下ろす。
 それを見て、とうに昼食を食べ終わっていた片桐くんが、頬に手をついたまま苦笑した。
「あんな、昨日れいいっちゃんが飲み会来やへんかった言うて、ヘソ曲げてんねん」
 出遅れた昼食に箸をつけながら、遠見さんの眉がぴくりと動く。
「来いひんかったって、僕、行けへん言うたやない?」
「行けへんってあんなあ、もうひとことぐらいあってもええやんか」苛立ちを隠し切れないように、佳奈美は言い放った。
「そない言うたかて」
 困りきったように息を吐いて、それでも遠見さんの箸はしっかりとご飯を口に運ぶ。
「やって、うち、嫌われたかと思ったやんか……」
 さっきの勢いはどこへやら、ぽそりと呟いた佳奈美の語尾は消え入りそうである。
 遠見さんはぱちくりと目をしばたたいた。
「あの、佳奈美ちゃん、なんや誤解があるような気ぃする」
「誤解ぃ?」
 答えた佳奈美の声も、なにやら頓狂な響きである。
「行けへん、て、大阪弁ではどないいう意味?」
「行かない」
 なに言うてんねん、と佳奈美は眉を顰める。
「あのね、京都ではそれ、行けないって意味なんやけど」
「……はあ?」
 間抜けな顔になった佳奈美の矛先は完全にそれた。目の前で笑いを噛み殺している片桐くんをぎっと睨み付ける。
「ちょお、片桐くん、知っとったやろ!」なんで言わへんねん、と突っかかる佳奈美に、
「いやいや、佳奈美ちゃんが暴走しやっただけやん?」
「阿呆ー!」
 片桐くんを殴る佳奈美には、隣で遠見さんが口の端を上げていることは気がつかなかった。
「で、佳奈美ちゃんは、僕に嫌われたかと思て落ち込んだり僕がいーひんくて寂しかったりしたん?」
「ち、ちゃうねんちゃうねん!」
 真っ赤な顔で否定を繰り返す佳奈美を見て遠見さんは苦笑する。
「まあ落ち着きぃ。これあげるさかいに」
 そう言って差し出しされた海老の天ぷらに、佳奈美はばくりと食いついた。


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2006 04 10