お返しプレゼント3 ~狂騒曲~

 今日は文化祭。 私を含め、三年D組の女子たちは、メイド服片手にウーンとうなっていた。
 D組は喫茶店を開くことになっている。しかし衣装がなぜか、メイド服。確かに多数決で決めた。でもあれは組織票だと思う。なにしろD組男子全員がメイド服に票を投じたのだから。男の人ってこういうのが好きなんですかそうですか。
 とにかく、腹をくくってこれを着ることにした。時間もないことだし。
 でもスカート、短すぎやしませんか……?


「うちのおひいさんが、なんて恰好してんの」
「ぎゃーっ!」背後から放たれた聞き覚えのある声に、振り向いた私は飛び上がった。「やだ、やだやだやだ、お兄ちゃん。なんでこんなところにいるの!?」
「今日は休みもらった」
 仕事しろよ。っていうかさせてよお祖父ちゃん。
 とりあえずお兄ちゃんを席に案内し、注文のアイスティーを出した私は、お盆で顔を隠してしまう。
「なに、どうしたの。ん?」
「だって……恥ずかしいもん。大人の人から見れば、子供っぽくてちょっと馬鹿みたいでしょ」
 だって、よりにもよってメイド服。せめて、エプロンの可愛いウエイトレスさんだったら良かったのに。
「いいんじゃないの? おれのときも、文化祭っていったらこんな感じだったけど」
「ほんと?」と喜んだのも束の間、
「そう。でも、あんまり足見せびらかすなよ」
「これは不可抗力なの!」


 気疲れした私だけど、お兄ちゃんはアイスティーも飲んだしおしゃべりも堪能したし、やっと帰ってくれるに違いない。そう思ったのだけど。
「あれ、なに?」
 そう、しっかりはっきり気づいてくださった。教室の一角の、不自然なスペースに。
「あれはですねぇ……写真用のスペースでして……」
 そう、これは本末転倒の話。なんと服代が予算オーバーとなり、別口で稼ぐことに相成ったのだ。題して「メイドさんと写真を撮ろう」企画。一枚200円。
 私の説明を聞いたお兄ちゃんは、いつもの人の悪い笑みを浮かべた。「じゃあ、一枚撮ろうか」
 どの子と? とは訊かせてくれない雰囲気だった。だから来られるの嫌だったのに。
紫堂しどうさん、次おれとおれと」
 写真を撮って解放されたのも束の間、今度は別の男子につかまってしまう。そのにこにこ笑顔にはなんとなく見覚えがあった。
「あ、えーっと、確か隣のクラスの……」
「藤原。名前ぐらい覚えててよ。体育だって合同クラスなのに」
 そんなこと言われたって、知らないものは知らない。藤原くんは私の後ろで険しい顔をしているお兄ちゃんに気づいて、にっと口角を上げた。
「ねぇ紫堂さん、おれと付き合う気ない?」
「はあ!?」と私が声を上げたのと、
「悪いけど、これおれのだから」とお兄ちゃんが私を抱き寄せたのがほぼ同時だった。
「ちょっと、お兄ちゃん!?」慌ててひきはがす私。
「シスコンは嫌われますよ、“お兄さん”?」
 便乗してにっこり笑う藤原くん。頼むから、火に油を注がないでください。ほら、見た目からはわからないけど、お兄ちゃん完璧に陰険モードに切り替わってるんだから。
「ご心配なく。血縁上も戸籍上も、ちはるとは赤の他人だから」
 ……その笑顔がかえって怖いですお兄さま。
「紫堂家の可愛い一人娘なんだから、軽々しく手なんか出すと、痛い目に遭わせるよ?」
 お兄ちゃんの冷たい視線を藤原くんはあっさりとかわす。
「……へぇ、じゃあ本気ならいいってわけですか」
「悪いとは言わないけどね」と意外にあっさりとお兄ちゃんは認めた。「おまえ、社長やる自信あるの?」
「え?」
 その場にいたみんなが呆気にとられた――私を含め。なんだなんだ。どこに話を持っていく気だお兄ちゃん。
「ちはるは社長の跡取りの娘だよ。だから婿が継ぐことになるの。本気だなんて言ったらさっさと結婚させられて花婿修行だよ? おまえ、それできんの?」
 こんなこと言われてしり込みしない男子高校生がいるなら、ぜひお目にかかりたい。
「……そういう悠斗ゆうとサンはできるんですか」
 怒った私はわざと他人行儀に言ってやった。
「おお、できるできる」お兄ちゃんは自信たっぷりだ。
「なに言ってんの、ただの秘書のくせに!」
「ああ、おれ、辣腕秘書だから。社長の手並み、一番近くで見てるから。やり方も熟知してますし? 会議にだって一応出席してますし?」
 私はだんだんとお兄ちゃんのペースに巻き込まれ、翻弄されていることに気がついた。
――もう、だからそうやって、外堀から固めていくのやめてよ!」
「……本丸はもう落としたと思ってたけど」
「落ちてない、落ちてないから!」
「……ふーん、じゃあ実力行使かな」
 お兄ちゃんがそう言って私の顎に骨ばった指をかける。唇をやわらかいものが掠めた。目の前には極限にまで近づいたお兄ちゃんの顔。
「な、なにすんの!? やだ、最低、は、初めて、だったのに」
 私はお兄ちゃんの胸をドンドンと叩いた。――お兄ちゃんの機嫌を失念するという大失敗を犯してしまったのだ。ああ、なんて失態。
「初めてだったわけ、十八にもなって」
「っそ、そうなの! もう、ほんとやだ、責任とってよ」
「いいよ」
 怒りと恥ずかしさで泣きそうにも倒れそうにもなっていた私は、お兄ちゃんの一言でびしりと固まってしまった。
「はい、あげる」
 お兄ちゃんはポケットから何かを取り出した。そしてそれを私の左手の薬指にはめると、私の頭をぽんぽんと撫ぜて、教室から出て行った。
「っお、お兄ちゃんのばかーっ!!」
 私の叫び声が校舎内に響き渡ったのは言うまでもない。

<了>


「やっぱりいじわる」へ
back/ novel