お返しプレゼント4 ~やっぱりいじわる~

 今日も今日とて攻防戦。
 穴があったら入りたい文化祭から幾日かが過ぎた。人の噂も七十五日。あの大醜態を早く忘れて欲しいと思う。
 しかし私はとどめをさされることになる。


「ちはるーっ! <お兄ちゃん彼氏>が迎えに来てるよーっ!」
 学校の玄関ホールで、私の膝は崩れそうになった。
 校門前に見覚えのある車が止まっている。なんでみんな群がってるの。っていうかなんでお兄ちゃんの顔なんか覚えてるのよ!
 逃げても無駄なことを悟った私は、早速お兄ちゃんに文句を言いに行くことにした。
「なにしてんの! なんで最近そんなに仕事疎かなのよ」
 手を腰に当てて私が言い放つと、お兄ちゃんは外面の良い顔で笑った。
「なおざりにしてるつもりはないけど。そもそも秘書なんておれ一人じゃないし。大体、ここに来させたの社長だし」
「……なんで?」私はぽかんとする。
「そりゃやっぱり、おれに跡を継がせたいからじゃないの」
「……お兄ちゃんって、財産目当てだったの?」
 お兄ちゃんはくくっと笑いをもらした。
「なんでだよ。おれが、ちはるとセットじゃないと要らないって言ったの。車に乗りな。ケーキでも食わせてやるから」
 ちょっと、いま、さらっとすごいこと言いませんでしたかお兄ちゃん!?
 顔を赤くしつつも素直に助手席に乗ろうとしているのに、私を見てお兄ちゃんはちょっと不機嫌そうな顔になった。
「なんでおまえ、指輪してないの」
「知りません!」


 連れてこられたのは駅前に新しくできた喫茶店。制服のままでは少し入りにくいお店で、私はまだ入ったことはなかった。友人が誰も付き合ってくれなかったからだ。
「……ねぇ、お兄ちゃん? なんで私なの、いつからそう思ってたの?」
「お前が中学ぐらいのころにはもう、おれのものにするって決めてたな」
 お兄ちゃんは、動揺する素振りも見せない。逆に私が動揺しそうだ。
「それって、お兄ちゃんが一番いじわるだったころじゃないの」
「だっておまえ、おれのこと『お兄ちゃん』としか呼ばないし。なんかだんだん腹立ってきて」
 当たり前じゃないの、と思った。でもそうか、お兄ちゃんすねてたのか。変なところで子供っぽいのは今も変わっていない。
「……あのねぇ、悠斗ゆうとサン? 私、はっきりしたことあなたの口から聞いたことない」
 コーヒーを飲み込んだお兄ちゃんの手が止まった。
「……そっか。そうだな。そういえば言ったことないな。ちはる、おまえ、ずっと不安だったのか。ごめんな」
 そう言って、お兄ちゃんは私の頭をよしよしとなでた。掌から伝わる熱が心地好い。目の前の人は、私の大好きな、優しいお兄ちゃんの顔をしていた。
 たぶん生まれてからずっと、誰かに遠慮し続けてきたお兄ちゃん。でもきっと、私には遠慮なんかしてなかった。それがなんだか嬉しい。
 幸せそうな笑みを、お兄ちゃんはこぼす。
「ちはると結婚したら、社長のこと、祖父さんって呼べるようになるな」


 それ以来、私は逃げ回っている。
 だって、あの調子で決定的な言葉なんて吐かれたら、私は絶対に逃げ切れない。
 やっぱり、お兄ちゃんはいじわるだ。

<了>


あとがき
back/ novel

2005 10 15