けっこう堪える。

side Ryo

どきどきしない

 あたりは若干薄暗い。
 もう放課後で、みなが一斉に帰った後の静寂がすとんと降りてきた。
 俺は瑠璃の教室へと向かう。彼女は、今日は日直なのでまだ残っているはずだ。
 カラカラと教室のドアを開けると、瑠璃がぽつんと残って日誌を書いていた。教室の電気は消されていた。一応、窓から光が差し込んでいるので、見えないということはない。
「瑠璃、電気は」
 訊くと、これ書いたら終わりだからいい、と返ってきた。
 俺は瑠璃の席の近くに腰を下ろす。瑠璃は下を向いて一所懸命日誌を書いていた。耳にかけた黒髪がさらさらと落ちてくる。最近寒そうに見えていた半袖が、衣替えを迎えて長袖に替わっていた。服を着てもやっぱり、細い腕だと思う。
 日誌を書き終わってシャーペンをしまおうとするその腕を、俺はすっとつかんだ。
 ただ好きなだけ、と言ったけど、勝輝みたいに傍にいるだけでいいなんて言えない。無理やり振り向かせようなんて思ってないけど、そうは言っても。
 ふっと瑠璃と視線が合う。
「瑠璃。おまえけっこう聡いから、俺がなに言いたいかわかるってると思うけど」
 腕をつかんだまま俺は言う。肝心なことを言わないのはずるい、と思う。でもたぶん、瑠璃にはわかっている。
「あの。ごめん、なさい。私、くずみくんにはどきどきしない」
 どきどきしない。
「そうか」
 わかった。そう言って俺は席を立った。教室を出て後ろ手にドアを閉めて。
 パシン。
 乾いた音がした。


「繋いだ掌」へ
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