自転車に感謝。

side Soh

幸いの自転車

 ガクンと自転車が揺れた。
 かごから飛び出しかけた鞄をつかみ、そのときあたしはハンドル操作をおろそかにしていることに気がついた。
「ええ、うわ、わ、あ!」
 ガッシャン。
 すごい音がして、あたしは自転車から放り出された。勢いある車輪は倒れてもなお、カラカラカラと音を立てている。
「いったああ……」
 痛い。慌てて自転車の下から足を救出する。地面と自転車にプレスされた左足は、膝下から斜めにアスファルトに削られた傷がはしり、血が滲んでいた。しかも、脛は打ち身で青くなっている。
 なんだこれ、不幸の自転車か。縁起悪い。買ったばかりだというのに。
 あまり派手に素っ転んだせいか、それともなかなか起き上がらなかったせいか、目の前のコンビニから店員が駆けて来た。若いお兄さんだった。たぶん、アルバイトの大学生。
「大丈夫?」
 真面目そうな眼鏡と、軟派そうな声のギャップがいい感じ。
 はあ、と肯いたが、お兄さんはあたしの手を取って立ち上がらせた。
「痛そうだな。手当てしてあげるからおいで」


「はい、これで大丈夫」
「あ、ありがとうございます」
 お兄さんは手当てを終わらせ、ふと腕にある時計を見た。
「ところで、もう八時二十分だけど大丈夫?」
「うわ、遅刻かも! すみませんけど失礼します!」
 慌ててあたしは立ち上がる。まだ足はズキズキするけど、なんとか歩けそうだ。
「それはいいけど……自転車、こげないんじゃない?」
 うわあ、しまった! ますます焦るあたしに、落ち着いた声でお兄さんは言った。
「君の自転車、二人乗りできるよね?」
「は、はい」
「じゃあ、君の自転車借りるよ」
「え?」
「俺がこぐから、君、後ろに乗って」
 爽やか笑顔のお兄さん。


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