なにがどうしてこうなった。

交錯する

「あ、八千代」
 図らずも同じベンチに座っている相手を見て、聡は思わず声を上げた。
 顔を上げた隆二は、げっ、と苦虫を噛み潰したような顔をする。
「アンタ、こんなとこでなにやってんだよ」
 隆二は美幸の後輩だ。卒業以来初めて会うが、相変わらず隆二の態度は刺々しい。
「たぶん、おまえと同じだと思うが」
 涼しい顔で隆二の問いに答え、聡は斜め向かいの自動ドアを振り返った。銀行に金を下ろしに行った友人を待っているのだ。
「アンタさ、美幸のこと振り回すだけ振り回しておいて、アッサリ卒業していったよな」放ったらかしかよ、と隆二はつっかかる。
 振り回されたのはこっちだ、と思いながら、聡は現状を口にした。
「いや、いま付き合っているが」
――はあっ!?」
 頓狂な声を上げた隆二の勢いが、目に見えて衰えていく。
 数瞬の沈黙が、彼らの間にある二人分ほどの距離の存在を嫌というほど感じさせた。――いや、距離がなくても嫌なのだが。
「……そんなこと、おれには言わなかった」どうして、という雰囲気を体中に張り付かせ、隆二は肩を落とす。なぜ自分に隠すのか、という問いがぐるぐると頭の中を渦巻いているのだろう。
「いや、たぶん、誰にも言っていないと思うが」
「え?」
 聡は軽く顎を掻いた。「彼女だと公言するのが恥ずかしいんだろう。まだ実感がないらしい」
「……ふーん」途端に、隆二は借りてきた猫のように大人しくなる。「アンタさあ、おれのこと眼中になかったのはなんで。自信があったわけ? 美幸がおれを相手にするわけないって安心してたのかよ」
――いや、おまえ、美幸に恋愛感情なかっただろう」
「なっ」
 目を丸くしたまま、隆二は絶句した。単純な感情がずいぶんとわかりやすく顔に出ることに、聡は内心苦笑した。なるほど、確かにあれこれ構うと楽しいかもしれない。――その理由は、美幸のそれとは大違いだったろうが。
「おまえは、美幸を手に入れたいというよりは手放したくないみたいだった。姉離れできない弟にしか見えなかったが」自覚はいつだ、と言うと、半年ぐらい前、とぽつり返答が返ってきた。
「容赦ないな、アンタ。少しは優しい言葉のひとつやふたつ、かけてやろうっつう気はないわけ」
「おれは優しい男じゃない」
 すっぱりと切り替えした聡に困ったように笑って、隆二は立ち上がった。連れが戻ってきたようだ。
「まあ、自分のことを優しいと思ってる奴よりよっぽどマシだ。神尾……さん、美幸を泣かすなよ」
 そう言って、あとは振り返らず立ち去った。
 どうも、聡は隆二に認められたらしい。
「……どーいうこっちゃ」
 天を仰いで、聡は息を吐いた。
 彼にはその理由はさっぱりわからない。


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2006 06 28