最終的に、情報を得られたのは薬屋だった。
 エルフィリアが宿の予約を取っている間に、アルカレドが軽く聞き込みをしてきたのだ。
 訪れた町は、冒険者ギルドの支部もないほどのひなびた町だ。周辺の森で狩った獲物の皮などを加工して売っているようなところであるらしい。商業ギルドも建物としては見られず、薬屋の中に出張所という形態で置かれているということだ。
 この町唯一の薬屋だということもあって、そうそう店を空けるわけにもいかず、素材を売りに来る人がいるので出張所の方も暇ではない。
 そんなわけで、採集については個人に依頼発注しているようだ。その、採集人の居所をとりあえず教えてもらったのである。
「そもそも、何でこの町を選んだんだ?」
 目当ての家へと向かう途中、アルカレドがふと疑問を口にする。
「いえ……選んだというか適当に目星をつけただけですね。ある程度の広さの森があって、その近くに大きな町がなければ、薬草の生息地もさほど荒れていないのではないかと思いまして」
 無論、植生については調べてあった。明確にこの場所について情報を得たわけではないが、エリアごとの気候や動物の分布などがわかれば、ある程度の当たりはつく。
 薬草は、人が踏み入るところではある程度まで育てば摘み取られてしまうが、より育てば魔素が溜まるので効能が高くなる。需要が足りているような所では、むやみに摘み取らずに残しているはずだ。その場所を教えてもらえないかという算段である。
 そうして、
――断る」
「だろうな」
 第一声、採集人の男からは要請を拒絶されてしまった。あっさりと頷いたのはアルカレドだ。
「無論、相応の対価を支払う用意はございますけれど」
「それで、飯の種を売れと?」
 不機嫌な態度の男は、名をロビンといった。森で作業をするからか、痩せてはいるが不健康そうには見えない男だ。
 ロビンの怒りも正当ではある。
 生息地を教えろということは、一度ならず定期的に持っていかれる可能性があるということなのだ。エルフィリア達は見るからによそ者なのですぐにこの町を去ることは疑われないだろうが、その情報を誰かに売るという懸念もある。
「乱獲は致しません。一人分の薬草を所望しているだけなのです」
「ならば現物を買えばいい。なぜ生えている場所を知りたがる」
「その場で薬を作りたいからです」
――なに?」
 エルフィリアの返答に、ロビンは興味を見せた。
「薬草は摘めば効能が落ちていくでしょう。できるだけ劣化しないうちに処理してしまいたいのです」
「……なるほど? どの薬草が欲しい?」
 そう問われて少し考えたエルフィリアは、薬草の名前を直接答えることはしなかった。
「……そうですね、摘んでから乾燥させる必要のある薬草と、根を掘り起こす必要のある薬草でしょうか」
「よく勉強しているようだな? それで、乾燥させる必要のある薬草を、その場で処理する方法があると?」
――それは無論、秘匿情報ですわ」
 指先を口元に当て、エルフィリアはにこりと笑んだ。
「……そうだな、考えてやっても良いが。ただし、俺は薬屋と契約をしているんでな、他に売っていけないわけではないが、高値を付けることは許されていないんだ」
 ロビンは薬屋に薬草を納入する契約をしている。それを高値で買う者が現れると、供給のバランスが崩れてしまうのだ。採集人は複数居るので、互いに値を競り上げられては薬屋の仕入れにも影響が出る。
「逆に、薬屋に買い叩かれるようなことは起こらないのですか?」
「そこはそれ、商業ギルドがあるからな」
 それに関しては、商業ギルドの職員が相場の値段を公表しているという。それを見て不当だと思えば訴え出ることもできるのだ。
 さて――高値で売れない、という件をどう解釈するかといえば。
 要するに、金以外の条件で教える気にさせてみろということだ。薬草自体の代金を払うのは当然だが、それだけならば相手だってそれ以上のものを与えようとは思わない。
「この辺りでは、魔物はお食べになりますか?」
「そうだな、ここらに出る魔物は等級が低いからな」
 魔物の魔力抜きは、等級が高くなるほど困難になる。逆に言えば等級が低いほど容易になるので食用にしやすくなるのだ。
 この町は森も近く、採集や狩りで踏み入る者も多いため、魔物にもそれなりに遭遇するという。
 ちなみに、魔物が動物を襲うことはあまりない。どうやら魔素を糧としているらしいのだが、その辺の動植物は魔素が少ないためターゲットにはされにくいらしい。基本的には他の魔物を襲うことが多いが、それなりに魔力を持っている人間もまた対象になるのだ。
 駆除するのも当然といえよう。その際の魔物肉が普通に出回っているようである。
――では、貴族ですらめったに手に入れられない高級ベーコンと、貴族向けの高級蜂蜜を付けるならどうです?」
 ベーコンは先日作った銛鯨のベーコン、蜂蜜は巣蜜入りの特別なものだ。無論、自分で採取しているので元手は掛かっていない。その分、市場には出ないような代物である。
「それは……そうだな、まあいいだろう」
 やはり、食べ物は強い。金で簡単に買えないようなものとなれば別格である。
 そんなわけで報酬はあっさり決まったが、
「ただし、場所をそのまま教えるわけにはいかん。連れて行ってやるが、道を覚えられないように目隠しはさせてもらう。当然、俺も同行するから薬の作り方も秘匿はできんぞ」
「構いません」
――いいのか」
 エルフィリアが迷う素振りを見せなかったので、ロビンは驚いたようだった。もしかしたら、もう少し引き延ばして交渉するつもりだったのかもしれない。
 実際、エルフィリアも秘密と言ってはみたが隠す必要性はあまり感じていない。特別な手法があるわけではなく、高位魔法でごり押しするというだけの話なのだ。知られたところで真似されるわけでもなかった。
 アルカレドはエルフィリアに交渉を一任しているので、口出しはまったくしてこない。そもそも、薬草を欲しがっているのはエルフィリアで、アルカレドはただの付添人のような立場なのだ。
「では、契約書を交わしていただきますけれど、この町にはギルド支部がないからサインだけですね」
 冒険者がなんらかの報酬のやり取りをする際には契約が必要となるが、この町のように冒険者ギルドが存在しないところもある。その場合、契約書だけを先に取り交わしておいて、後から受付に提出するのだ。後日、ギルド職員が聞き取り確認をするという流れになる。正当なやり取りだったかを評価するためである。支部が存在する場合であっても、冒険者の方から依頼したような形になるときはこのような手続きを取ることが多い。依頼相手に訪問の手間を掛けさせないためである。
 基本的に王都で活動しているエルフィリアは以前はそのことを知らなかったのだが、改めて調べ直してあった。変則的な措置なので、登録時の説明には含まれないのである。
「馬車の手配をしておくから、明日また来てくれるか」
「承知しました」
 途中まで馬車で行って、その先は徒歩ということになるようだ。
「そういえば、宿は決めているのか。この時期、人が増えるから早く取らないと部屋がなくなるぞ」
「いえ、ご心配には及びません」
 ちょうど、この先の町で交易品が届く時期なのだという。そこへ向かう商人がこの町を通るので人が増えるのだ。ただ、同じような条件の町が他にもあるため、ここだけに集中するというわけでもないらしい。
 そんなわけでロビンの家を後にして宿に向かったのだが、
――おいお嬢、部屋が一部屋しか取れてないんだが」
「えっ」
 なぜだか問題が発生しているのだった。


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2023 12 21