「大型ピスキス種っすか?」
 次の週、エルフィリアは銛鯨の残りをギルドに持ち込んだ。
 油はいろいろと応用もできようが、肉はさすがに何百キロもあると食べきれない。魔物なので保存の問題はないのだが、他の魔物からだって肉が取れるので消費に困る問題は解消しないのだ。
「大型という呼び方があるのですか?」
 受付のジンシャーが上げた声に、エルフィリアは首を傾げた。聞き慣れない分類だ。
「さすがに全部ひとまとめだとわかりにくいっすからねえ」
 泳いでいる魔物は全部ピスキス種、と初めに決めたものの、やはり魚型とそれ以外とをごっちゃにするのは無理があったらしい。そのため魚型以外は大型、と呼びならわすようになったという。
 新たに分類し直そうという動きが広まらなかったのは、海の魔物なぞ、その辺の冒険者はそうそうお目にかからないからである。出るにしても沖合なので、航路とぶつからなければ討伐依頼もさほどない。そして水中を模した迷宮は人気がないので、さっぱり縁がないのである。
「ということは、お肉もあまり食べないのでしょうか」
「港町では食うっすけどねえ、山分けしちゃうんで市場には下りないっすよ」
 沿岸に出る魔物でもない。何かの拍子に迷い込んできたり、船にぶつかって弱ったのを捕えたりなど、基本的には偶発的に手に入る獲物だそうだ。とにかくサイズが大きいので、捕らえた後はお祭り騒ぎのようになるらしい。そのサイズもあって魔力抜きはとても個人でできるようなものではなく、あちこちから人を集めて処理をする。その結果、皆で山分けという結果になるのだ。それでは到底、商品化させるというのは難しいだろう。魔物ではない方の鯨も存在はしているようだが、魔物以上に遭遇率が低いので、獲ったらいなくなるんじゃないかと思われて手は出されないらしい。
「とはいえ、珍しい上に美味いっすからねえ……実は依頼はあるんすよ」
 ――つまり、大型ピスキス種の肉が欲しいという依頼である。
 これに限らず、上級の肉は依頼が入っていることがある。定期的な仕入れが確保できないので問屋は扱わないのだが、それなりの金を払うなら獲ってきてもいいという担い手の確保である。そんなわけでなかなかの収入源にはなるのだが、魔力抜きもすべて済ませた状態を求められるので、諸々の手続きを面倒がってそこまで好まれない依頼であるともいえる。冒険者に好まれるのは、獲って渡すだけの単純な依頼か、手ごたえのある獲物の依頼か、道中楽しい旅ができそうな依頼などである。上級の冒険者は依頼など選び放題なので、手間が掛かるものは避けられがちなのだ。ちなみに上級といっても、中級に近い者と特位に近い者とでは当然意識は違う。
 それにパーティ内に解体士は居ても上級の迷宮についていけるほどの腕は稀で、上に行くほど解体できないという捻じれが発生する。迷宮では解体して正しく素材を取り出さない限り、魔物の死骸は魔素として分解されてしまうからだ。上級の冒険者本人が解体技術を身につければいいのだが、そのころには解体でちまちま稼ぐという意識は抜けているのである。角や牙を取るぐらいなら解体の知識がなくとも構わないのだ。その分、迷宮の外では解体士が活きるのでどんどん狩ってはいるのだが。
「魔力抜きの廃棄率も考えたら、一頭いくらという値付けも難しいっすからね」廃棄分のごまかしが懸念されるからだ。「平均的な廃棄率をもとに、サイズいくらというのが一般的っすかねえ」
 重さで量ることもできるが、魔物は魔力の流れで重量を作り出しているため、計測も難しい。死ぬとどれぐらい軽くなるという法則が、魔物ごとに違っている可能性があるためである。
――で、依頼受理という形にするっすか?」
「致しましょう!」
 そんなわけで単なる納入ではなく、素材依頼という形式にした。これで、臨時収入も依頼達成のポイントも手に入る。
 実はオークションという形式もあるので、上級の肉を入手する方法は他にもあるのだという。
 いつになるかわからないが入荷すれば下ろす、などという曖昧な形式を問屋が取らないのは、貴族相手だと誰と約束したかで揉めるからだ。先約優先などと言えれば良いのだが、身分差、さらには家同士の影響力などというものが混じってくるので取り扱わないに限る。


「ううー、やっぱ美味いっすー」
 ジンシャーが口をもぎゅもぎゅと動かしながら、軽く焼いた銛鯨の肉を頬張っている。味見用なので大きくは切り分けていないのだが、とにかく味わいたいのか咀嚼回数は多い。
 エルフィリアたちはいつものように別室と移動したのだ。納入分が受付で手軽に出せる量ではないからという理由もあるが、やはりジンシャーが味見をしたがったからである。
「港町ではどのようにして食べるのですか?」
 もぎゅ、ともう一度口を動かしてから、ジンシャーは名残惜しげにゆっくりと嚥下した。
「はあー……えっと、ステーキとか、揚げ物とか、通の者は薄く切ってそのまま食ったりもするっすけど」
 あまり一般的ではないが生のまま食べたりもするらしい。わりと多様に使う食材のようだ。
「では、ベーコンなど……お好きかしら」
「ベーコン!」
 はっと顔を上げてジンシャーが良い反応を見せたので、エルフィリアは苦笑してベーコンの包みを分けてやった。
「ありがとうございます! えっ、ほぼ一頭分納入したはずなのにまだ余りがあるっすか!? あっ、そっか、お姉さん魔力抜けるんだ……」
 あまりオープンにしている情報ではないが、ギルド職員にはさすがに筒抜けである。エルフィリアは特殊な魔力の抜き方をするので、その際の廃棄分が出ない。その余剰分をベーコンにしてあったというわけだ。
 無論すべてが自己消費の目的ではない。素材加工などを頼む際に、こういったものを「心付け」として渡しておくと多少無理があっても話が通りやすいのである。食べ物なので金よりはプライドを傷つけないし、魔物素材なので消費期限を気にせずともよく、仮に転売されても儲かるほどの量は渡していない。ちょうど良い案配なのだ。
「最近、リモーネの料理が食えないので飢えてたんすよー」
「あら、それは自業自得なのではありませんか?」
 どうやらこの少年、ただ料理を作ってもらうだけではなく、対価もほとんど払っていないらしいのだ。エルフィリアやイズがリモーネに対価を払うようになったので、それと比べて見切りを付けられたのではないだろうか。
「違うっすよー、その辺ちょっとは改善してたのに、お姉さんが家に連れてっちゃうからじゃないっすか!」
「あら」
 対価の件は別にしても、他人と同居になったせいでまったく呼んでもらえないのだという。作るのも食べるのもエルフィリアの家になったので、ほとんど居候状態のリモーネが遠慮しても仕方がない。
「そうですね……偶になら来ても構いませんので、そのように伝えておきましょうか」
「いやこれたぶん、お嬢に対価を払わないと解決しないんじゃねえか」
「……私にですか?」
 アルカレドの助言に、エルフィリアは首を傾げた。
 料理を作って食べさせるのはリモーネなのに、エルフィリアに対価が必要だという意図が分からない。
「食材が全部、お嬢のものだろうが」
 ――なるほど、つまり用意されている食材は好きに使えるが、図らずも高級品ばかりなので無償で他人に振る舞うのは気が引ける、ということなのだ。他人のもので金をとってしまうことになるため、有償にするも難しいのだろう。かといってジンシャーのためだけにわざわざ別の食材を買っておくというのも無駄である。
「ではその際には、お土産のお菓子を用意してきてください。もちろん、人数分ですよ」
「うっ、わかりましたっす……」
 アルカレドとイズも数に入るので四人分、自分の分も入れるなら五人分になろう。これで、頻繁に来るのは躊躇するはずだ。
 とにかく話が一段落して気分がすっきりした。
 機嫌好くギルドの建物から出たエルフィリアだったが、ふいにはっとしてアルカレドとの距離を空けた。
「なんだ、お嬢?」
「いえ、今日は暑いですから……」
「暑いわけねえだろ、魔術具が機能してんだから」
 近くにいると暑いという言い訳は封じられた。服に例の魔術具を仕込んであるので、温度は快適に保たれている。
 ぐっと返事に詰まったが、アルカレドはそれ以上追求する気はないようだった。なぜエルフィリアが急に距離を取ったのか理解しているのだろう。それがまたなんだか恨めしいのだが。
 他の誰かと一緒にいる間は賑やかで気にならないのだが、二人になるとふいにその間の距離が迫ってくるようで落ち着かないのだ。
 ――アルカレドが、あんなことをしたせいで。


next
back/ title

2023 12 10