――それで、夏用の術式をご教示いただきたいのですが」
「夏用、ってえと?」
 好奇心旺盛のエルフィリアは前のめりだ。しかし言葉が足りておらず、対するイズは首を傾げた。
 夏用などという漠然とした術式などはない。用途を教えてくれということである。
「暑さ対策に、冷気を纏うようなものが望ましいのですけれど」
「そういう魔術具を作りたいの? 携帯用ってことかな」
「とりあえず、この魔石のサイズで賄える術式を教えていただけませんか? 術式の大きさなどは、あとから調整を考えますので考慮しなくて構いません」
 そう言ってエルフィリアはロック種の魔石を取り出した。
「えっ、もう準備済なの……これロック種の魔石でしょ? ってえことは、使い捨てじゃないよね。さらに見えないところに隠す理由もないから……宝石箱とかそういう形状にするのかな?」
「実際はブローチにしたいところなのですが、術式を仕込める範囲が小さすぎますよね。ですからまずはどれだけ術式を省略できるか、その可能性を探ってみたいと考えております」
「うーん、まずは理論用だから大きさは考えなくていいってことなのかな……?」
 唸りながらイズが紙にペンを走らせたところで、リモーネが茶を淹れて持ってきた。
「おやつのスノーボールクッキーですよぉ」
「ありがとう」
 粉砂糖をまぶしたボール型の、さっくりと軽いクッキーだ。
 ――先日より、リモーネはこのハウスに一緒に住んでいる。
 家賃はさすがにいくらかは払いたいというので、エルフィリアは月に半金貨貰っている。これは、リモーネがこれまでに住んでいた部屋の家賃と同じだ。それに加えて家事をするという申し出だったが、エルフィリアは彼女を家政婦にしたいわけではない。そもそも、本人の希望だとはいえ、同居を仕向けたのはこちらである。
 結局、折衷案として有償で食事係を請け負ってもらうことにした。週五日、平日の朝と夜の食事である。その対価としてエルフィリアは金貨一枚を支払う。家賃と相殺しないのは、何のための対価なのかを曖昧にしないためだ。甘えや惰性が混じるのはよろしくない。食材は好きに使えるので、普段わざわざ魔物肉を入手しているリモーネにとって損はないはずだ。
 ちなみに、半金貨というのは概念としてのそれであって、実在の貨幣ではない。ただ例外的に、半銅貨というものは存在している。これは庶民の間でのみ使用される貨幣で、非公式のものである。どういうことかというと、貨幣制度は貴族が定めたものなので実情には少々そぐわなかったのだ。最低単位が足りないというわけである。しかし貴族は半銅貨なぞ使わないので、庶民にだけ定着したものだ。取るに足りない額の硬貨でもあり、一応は商業ギルドが調整しているので増えすぎて困るということもないようである。
「うーん、まあ、基本はこんな感じかなあ……」
 イズが、図形のようになっている術式を見せた。
 全体的には円形で中央には各々の図形が使われることもあるが、図形そのものは増幅効果でしかないので文字をなくすこと自体はできない。魔術具の術式は、左右対称に近い形にするのが基本である。一番単純な形では、左右に同じ文言を書くという方法があるが、無駄が多いという欠点もある。他人に簡単に真似をされないように自分のサインを混ぜ込んだり、発案者証明のために毎回特殊な単語を入れたりなどのテクニックも存在するらしい。
 術式は、大きく描くほど効果が高くなるが、小さくするのには限度があった。
「そうですね……これだけ詰め込むなら、ブローチのサイズではやはり限界がありますね」
「いくつか省略すれば小さくなるけど、単純な命令しか仕込めなくなるねえ」
「服に描くならこのサイズでも可能ですが、どこから魔力を持ってくるか迷いますね。直接、私の魔力を使うというわけには参りませんか」
 魔石を組み込んで魔道具として扱う方法もないではないが、服に縫い込んでしまっては使いにくい。
「それは、前にも説明したけど一定量の魔力を注ぎ続けないといけないし、少しでもぶれたら回路が焼き切れちゃうから現実的じゃないねえ」
「……そうですね、考えて参りますのでまた相談に乗ってください」
 話が一段落ついたところで各々菓子に手を伸ばす。
「あー、おいし。そーいやリモーネちゃんは、お菓子の材料は取りに行ったりしないの?」
「魔物ってことですか?」
「そうそう、吊り果実ぐらいならわりと浅い階層で獲れると思うよ。今度、ついでに一緒に行こっか?」
 それを聞いて、――あら、とエルフィリアは疑問の声を上げた。
「イズさんとリモーネは仲がよろしかったのですか?」
「いえ、というか、うーん……ええと、イズさんが迷宮に連れて行ってくれることになってるんです」
「あはは、まだ仲良いってほどじゃないよねえ」
 どうやら二人は、一緒に迷宮に行くという合意が取れているようだ。リモーネならばエルフィリアと行きたがると思っていたので、少々意外だった。
「一種の交換条件だからねえ、リモーネちゃんも頼みやすいんだよね」
――と、おっしゃいますと」
「解体を頼もうと思ってさ」
 つまり、イズはリモーネを解体士として連れていくということだ。その見返りとして、獲物はリモーネに選ばせるということになっているらしい。
「エルフィリアちゃんにはアルカレドがいるしねえ」
 エルフィリアが探索に行くときはアルカレドが付いてくるので解体士は必要ない。しかし、普段単独で行動しているイズなら、リモーネがいるとちょうど良いということだった。中級程度ならイズもフォローできるのでそこまで危険ではないし、上級の場所に行くならそれこそアルカレドを連れていけば良いわけである。
「アルクさんは、今日は迷宮ですか」
「そうですね、一人の方が楽と言えば楽なのでしょうけれど」
 本日のアルカレドは不在である。
 探索に行く頻度が多いのは、とりあえずアルカレドには貯金がないからだ。階位を上げておきたいという希望もあるのかもしれない。とにかくアルカレドは解体もできるので一人で完結している。ちなみに解体道具は、アルカレドに下げ渡した拡張式鞄をエルフィリアのそれと連動させてあるので、彼女の物を好きに使えるのだった。
「あの人、一人だとどのあたりまで行けるんですか」
「そうですね……上級の場所は単独だとまだ厳しいとおっしゃっていましたけれど」
 まだ、というからには、そのうちいけると思っているのだろう。自信家である。
 エルフィリアとしては少々心配なところでもある。アルカレドは力加減ができなかったり想定を誤ったり、自身の力を把握できていないかのような行動をたまにとるからだ。無茶をしなければ良いのだが。
「まあ、自分の力量がわかってるみたいだから大丈夫じゃない? エルフィリアちゃんの方は、当面の目標は魔術具ってことになるの?」
「ええと、そうですね、興味があるというだけで目標というわけではありませんけれど」
 魔術具に注力しているのは、夏の暑さ対策なのでとりあえず夏が終わらないうちに取り掛かりたいからだ。上手くいけば、冬の防寒にも応用できるのである。
 むしろ、目標というならば調薬の方が進んでいないので何かやっておきたいというところだ。
 いろいろと試した結果、魔物素材で薬になる素を探すというのはあまり現実的ではない。そのものに治癒効果があるというわけではないからだ。だから、効果を高めるための媒介として魔物素材を使い、ベースとなる材料は薬草とするのが良いだろう。
 プラント種やツリー種など、植物系の魔物は素材として使うにも魔力が少ない。低級のものは食用にも使われていたりするので、もありなんといったところである。
 やはり、動物系の魔物を狙うべきだなとエルフィリアは思案した。


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2023 11 25