「――まず最初に、パーティに誘うのがいいだろうねえ」
食事を共にしながらリモーネについてイズに助言を求めると、あっさりとそんな返答が返った。
「……それは、素直に受け入れてもらえないと思うのですが」
「うん、だから断られる前提」
頭を悩ませるエルフィリアにイズが与えたのは、無情な選択肢だ。
「あー……要求の法則ってやつか」
アルカレドが思い出したように声を上げる。
詳しく聞いてみると、要求を通すためのテクニックというのがあるのだそうだ。最初に、受け入れづらいような大きな要求をしておいて、断られたあとに今度は要求のレベルをぐっと下げる。そうすると、二番目の要求は受け入れられやすくなるというものだ。
「……その、受け入れやすくなる要求というのが、同居ですか」
「そうそう、危機感とか煽ってやれば、ますます気持ちが傾くと思うよ?」
「危機感……?」
いまひとつ不透明だが、アルカレドはわかっているような顔をしているので、それでいいのだろう。
「――そういえば、イズさんもやはり、リモーネはパーティ加入を断ると思っているのですね」
いまの話の流れでは、そのことをイズも疑問に思ってはいない。
「冒険者の活動にはあまり興味がなさそうですからね」
「いや、劣等感と罪悪感でしょ」
「……え?」
想定外の返答だったので、エルフィリアの思考はしばし固まった。
「お嬢はあんまり、自分の水準が高い自覚がねえからなあ」
一方のアルカレドは、それもあったなとすんなり納得している。こういうことが多いから、エルフィリアは世間知らずだと言われても強く反論できないのだ。
「高級肉ぐらいで貰いすぎかって悩んでたような子だよ? 実力が違いすぎるパーティに入ったら、いたたまれないに決まってんでしょ」
つまり、明らかに実力の劣る者が入って報酬を貰っては、寄生しているものと見なされるだろうと危惧しているのだ。とはいえ、解体士としてメンバー入りするという事例もあるので、後ろ指を指されるというほどではないのだが。
「それはそれで、アルカレドができるしねえ……」
解体のできるメンバーとしては既にアルカレドがいる。
リモーネを解体士として誘っても、明らかに忖度を疑われるので、気まずいだろうという判断だ。サポート要員として入れたら入れたで、申し訳なさからあらゆる雑用を過剰に引き受けそうな気がしてならない。
「――しかし、そういう問題点ってまずアルカレドが思いつくと思ってたんだけど」
「あー……そうだな、俺はちょっと、お嬢の世間知らずっぷりとリモーネの心酔っぷりを評価しすぎてる気があるかもしんねえ……」
――つまり、エルフィリアの世間知らずぶりを見過ごせない上に、傍にいられる権利はリモーネにとっておいしいはずだから、細かいことはあまり問題にならないのではないかと思っていたということだ。
「……アルカレドは少々、遠慮のなさが上がっていませんか?」
「そうだな、今まで我慢してた反動じゃねえか――いろいろと」
これまでも散々敬意を欠いた言動は多かったはずだが、それでも遠慮していたつもりらしい。
そこをつついてもあまり意味はないので、エルフィリアは流すことにした。
「……同居は受け入れられると仮定して、問題は物件です」
「なに? 物件の規模?」
一度にいろいろ話すと焦点がぶれると思い、問題が二段階になっていることはまだイズに提言していなかった。
「――いえ、物件のグレードです。要は、お金の問題ですね」
「あー、そっちかー」
納得したように頷いたイズだったが、具体的な話をすると悩ましげな表情になった。
「そーだねえ……配慮のできない安い物件よりは、配慮のできる高い物件の方が絶対に良い。そこはリモーネちゃんも反対しないと思うよ。だから実際問題はお金というより……」
「……リモーネですね」
金を払うことには三人とも異存はない。リモーネの分だって払っても問題ないのだ。しかし、それをリモーネが了承するかは別問題である。要求の法則でいえば、二番目の要求も意外とハードルが下がっていないという結論になるのだ。
「パーティハウスの家賃って個人で払うんだっけ」
「はい、トラブル防止のためですね」
パーティ単位で払おうとすると、全員分の金を徴収しておく必要がある。その際、金の管理や認識の甘い者が混じっていると、誰かが立て替えることになるのだ。トラブルの原因になりやすいので、基本は個人ごとに払うという形式になっている。
「ああ、でも実際は頭割になるらしいが」
アルカレドが補足した。つまり、物件ごとの家賃は変わらず、人数が増えるごとに一人頭の支払いが減るという按排になる。これは基本契約であって、全員の合意があれば負担額の変更にも対応するが、誰か一人に負担が集中する場合は理不尽な上下関係がないか調査されることもある。冒険者ギルドを間に挟んで、預けている金から自動的に支払うように手続きすることも可能だ。ただし、手数料はかかる。
「リモーネちゃんが入ることで家賃が増えるわけじゃないなら、少しは説得しやすくなるかな……? でも、費用を削れそうなとこは削った方がいいかもね」
「それには賛成します」
エルフィリアも、節約生活をしたいわけではないがコンシェルジュなどは要らないと思っているので、無意味なオプションを外すことに反対する理由はない。
「商業ギルドのエイムリムさんにいろいろとお聞きしましたが、宿との違いは日々消費するものにお金がかかるところだとか」
「食費とか?」
「それもありますけれど……基本は、魔石と水ですね」
高くなるのはそれらが管理費に入っているからだ。水は特殊な魔術具で圧縮されたものが売られているが、基本的には家屋に設置されたタンクの補充用である。圧縮を解除すると一度に元に戻るので、一部だけ使用するというわけにはいかない。また、ある程度の量がないと圧縮の費用が割に合わないので、だいたいの量が決まっている。富裕層向けの物件を選ぶなら、風呂が各部屋についているので水代はそこそこかかることになる。
「魔石はまあ……売るほどありますし。水は、魔法を使えば補充できますね」貴族ならば可能だとしてもやらないが、エルフィリアには拒否感はない。「コンシェルジュは必要ありませんね……週二回ほど家政婦を雇って掃除と洗濯をしてもらえば事足りるのでは?」
エイムリムに尋ねたところ、ハウスキーパーは期間で雇わなくとも時間単位で派遣するサービスもあると教えてもらったのだ。アルカレドが奴隷から解放されたので、彼の分をどういう扱いにするかについても悩まなくて済む。
「うーん、そんな感じでいいよね」
「異議なし」
このとき三人は浮かれていた。合理的な判断をして、なんとなく建設的に話が進んだという気がしていた。
だから少しも気づかなかったのだ。
「――え、無理です」
――結局、リモーネに断られる破目になろうとは。
無論、同居の件である。パーティ加入については、逡巡の間もなく断りを受けていた。
既に物件も決まり、オプションについても話し合いが済んでいた。リモーネを入れるとしたらなおさら中途半端な物件にするわけにはいかないので、きちんとしたお値段のところを選んだ。家具付きなので引っ越しもすぐに可能だったのだが。
「家賃は気にしなくてもいいんだけどなあ」
イズが軽い調子で声を掛けたが、リモーネはゆっくりと顔を横に振る。
「値段は家単位で決まってるから、結局、おまえがいてもいなくても俺たちの払う額は変わんねえぞ?」アルカレドがさらに補足するも、彼女の態度は変わらない。
「いえ、オプション削ることになってるのは私のせいですか」
――気付かれていたか、とエルフィリアは息を吐いた。
オプションを減らすのは節約の意味もあるが、確かに、金銭面でリモーネができるだけ気に病まないようにとの側面もある。
「コンシェルジュを雇えば……私は必要ないですよね?」
リモーネの声は頑なだ。エルフィリアとの生活が嬉しくないはずはないが、申し訳なさと、施しではないかという若干の疑念もにじませている。
「――よし、とりあえず、週末に家に来い」
「……それは、お宅訪問、ということですか?」
戸惑ったリモーネに、アルカレドは力強く頷いた。
エルフィリアたちはまだ移住していないが、物件の変更がなければ今日明日にでも居を移して構わないのだ。契約内容についてはエイムリムと確認済みであるし、家賃は確定していて変更はない。通常、居住人数が増えれば契約について再検討する決まりになっているのだが、リモーネが増えた場合は変更なし、と既に合意が取れている。
契約は二週間単位で可能なので、オプションが必要になったとしても二週間後に変更できる。とりあえず同居をスタートさせても良いのでは、という具合なのだ。
リモーネのことは単に訪問客として誘ったのかと思ったが、アルカレドの思惑はどうやら違うところにあるようだった。
「――そうだな、おまえは一緒に住まわせてくれと泣いて頼むことになるだろうよ」
彼はなにやら自信満々に言い放った。
――家の豪華さで釣る気なのかしらと、エルフィリアはそれぐらいしか思いつかなかったけれど。
2023 11 10