奴隷と令嬢

【第三章】

――失礼いたします、物件のご紹介をいただきたいのですが」
 エルフィリアは、商業ギルドの受付で声を掛けた。
 賃貸の斡旋は冒険者ギルドでも行っているが、どちらにせよ商業ギルドを通すのだ。現在借りている物件の解約の相談もあるし、直接確認しようとやってきたのである。
 今日はアルカレドを連れている。イズがいても良かったのだが、本決まりの予定ではなかったので今回は見送ったのだ。実際、条件を挙げるだけならばエルフィリア一人で事足りている。が、習慣化しているのか、もう従者ではなくなったアルカレドが当然のように付いてきた。――一人で放り出すと危ないなどと言って。
 エルフィリアはここのところ三日ほど寝込んでいたのだが、回復後に一日だけ様子を見て、それから商業ギルドに来たところだ。彼女は巧遅よりも拙速を尊ぶタイプである。物事というのは、早めに着手するに越したことはない。
――あら、お引越しの予定ですか?」
 対応した職員は、エイムリムだ。現在利用している調合部屋は、彼女の紹介でもあった。薬屋にくっついている物件だ。
「あそこの物件では手狭になったとか……それとも、拠点を移動されるとかですか?」
「いえ、――それが、こちらのアルカレドを奴隷から解放しまして、パーティを組むことになったのですが」
「あら」
「どーも」
 アルカレドが軽く声を掛ける。面識はあった。薬屋の店番をしているリモーネに引き合わせてもらったときに、当然、アルカレドも一緒だったのだ。
「それで、パーティハウスをお借りしようかと」
――えっ」
 エルフィリアが話を進めようとすると、エイムリムは驚いたような声を上げた。
 パーティハウスとは、冒険者パーティ向けの物件のことである。
 パーティというのは、ギルドに登録する冒険者のグループのことだ。二人から登録できるが、たいていは四人以上のことが多い。パーティを作っていればパーティ指定の依頼を受けることができ、相当する階位もパーティごとに判定される。人数の多いパーティの場合、適切な人員を割り振ったり人手を多く出したりしやすいので、優先的に声が掛かりやすいというメリットがある。
「……あの、アルカレドさんとお二人で?」
「いえ、もう一人男性がおりますが、今日はアルカレドだけです。どうにも厳しくて、一人で外出させていただけないので」
「それは……」
 エルフィリアの言葉を聞いて、エイムリムの目がすっと細くなった。
――おい、お嬢、あんたの物言いのせいで俺に妙な嫌疑が掛かってるようなんだが?」
「あの、アルカレドさん――いえ、エルフィリアさん。本当に、男性二人と同居するおつもりですか? それはご自分の考えですか、何か……誘導されたりといったことは?」
 ちらちらとアルカレドを見ながら、エイムリムはやや声を低めて詰問のごとく質問を並べた。
「お答えしにくいようなら、私と別室に行きますか?」
「いえ……? 問題ないと申し上げているのに、せめてリモーネも誘えと叱られました」
「あら……?」
――わかるか、俺の苦労が」
 アルカレドが横やりを入れてきて、エルフィリアはむっと押し黙った。説教はされるし、信用はないし、子供扱いをされているのではないかと思っているのである。
「この認識の甘い娘を一人で放り出して、何かトラブルを拾ってこねえかと胃を痛めるよりは、付いて回る方が精神衛生上マシなんだ」
「……なるほど、理解いたしました。――それで、リモーネの方に話は?」
「それが、まだなのです。断られるかもしれませんし――
「いえ、喜びそうではありますが」
 アルカレドの発言に流れるように納得されたのは解せないが、リモーネについてもあっさりとエイムリムのお墨付きが下りる。
 エルフィリアもまったくの考え無しというわけではない。リモーネに断られると話が流れかねないので、先に少しでも進めておけばどうにかなるのではという下心があった。それに、条件の確認を怠ってしまえば、リモーネにぬか喜びさせる懸念もある。
「パーティハウスは、パーティ登録していない人がいても使えるものですか」
「はい、可能ですよ。パーティ向けではありますが、パーティ専用というわけではありませんから」
 まず一つ確認が取れて、エルフィリアはほっとした。リモーネを誘っておいて、結局は駄目だったという話にはならずに済みそうだ。
「それより問題は――小人数向けの物件がやや難しいですね」
 聞けば、一般的に配慮されている物件は主に大人数向けのものであるらしい。少人数の場合、物件自体はあるのだが同性同士で使うことを想定されていて、風呂が分かれたりもしていないようだ。
「お風呂ぐらいは構いませんが……」
「あー……お嬢、リモーネが構うかもしんねえぞ」
「そうですね、気にされた方がよいかと!」
 エイムリムが言うには、何も風呂に限った話ではなく、小さなことをおろそかにしているとそのうち大きな綻びに発展しかねないので、きちんと線引きをしておいた方がいいのだとか。
「ううん、そうですね……一般向けではなく、いっそ高級路線というのはありますか? 管理人コンシェルジュがいるような」
「あり……ますね、パーティハウスというよりは富裕層向けの共同住宅といった感じですが。お風呂も各部屋に完備しておりますので、ご希望には適いますね」
「そういえば、金には苦労しねえんだよな……」
 イズは階一位の冒険者で高級取りだし、貯金もそれなりのはずだ。アルカレドは現在の懐事情は心もとないところだが、実力は相当あるはずなのでさっさと階位は上がるだろう。エルフィリアは依頼も探索も頻度は低いが、商業ギルドに登録した製法の使用料も入ってくるので金に困ってはいない。
「リモーネさえ説得できればどうにかなるのでは……?」
 コンシェルジュ付きだと逆にリモーネを誘う必要性が薄くなるような気もするが、それはそれでコンシェルジュ自体が必要かという話にもなる。冒険者など暫らく留守にすることも多いので、常駐させておくのは勿体なくもあるのだ。エルフィリアは、贅沢はそこそこに好きだが無駄遣いは好まない。
 宿暮らしに比べてどういった点に注意が必要かということも、エイムリムに尋ねておいた。基本的には、今まで高級宿では一括サービスだった分に、一つ一つ対応していく必要がある。
 それから、もしリモーネが誘いに乗った場合は調理場の利用を解約させることにもなるので、それについても先に話を通しておこうと思っていた。
 そんな諸々の話をしていくつか物件もピックアップしてもらったが、やはり、価格帯が決まらないことにはどうしようもないという結論になってしまう。急遽、高級路線の選択肢が増えたせいである。
 イズも反対しないだろうということを考慮すると、むしろ、考えるべきなのはリモーネをどう引きずり込むかである。
「どうする? リモーネのところに向かうか?」
「こうなった以上、イズさんとも相談しないといけないので、全員揃った方がいいですね」
 ギルドを出て、エルフィリアは悩ましげに息を吐いた。
 ちなみに、先日寝込んでいたことはリモーネには伝わっていない。数日動けなかっただけで、すでに済んだことである。アルカレドの事情なども絡んでくるので知らせなかったのだ。もしパーティメンバーだったなら、伝えることに躊躇はなかっただろう。
「……リモーネをパーティに誘うのが一番手っ取り早い気がするんだが」
「それには同意しますが、承諾を得るのが難しいと思います」
 物件に迷っているのは、リモーネに負担を強いるのは忍びないからだ。彼女はエルフィリアと比べて金に余裕はないだろう。それについては、パーティに加入すれば報酬を分配できるので、家賃の問題はなくなるはずなのだが。
「……リモーネを探索に連れ出すこと自体が負担になるかもしれません」
 そもそも、リモーネが冒険者になったのは魔物の肉が欲しかったからだ。必要な分が手に入ればそれでよく、普段は薬屋の店番をやっているぐらいなのである。エルフィリアとしては毎回同行しなくともまったく構わないのだが、それはそれでパーティメンバーである意味が薄れるので気に病みそうだ。
 そこで躓いてしまうので、
 ――やはり、イズに意見を求めるのがよいだろう。


next
back/ title

2023 11 05