「魔石の入手を考えておりまして」
「魔石……とは」
 エルフィリアの言葉を聞いて、アルカレドはきょとんとした顔を見せた。
 魔物を倒せば魔力の要が石になる――それが魔石だ。つまり、いつでも手に入るものだ。わざわざ宣言する意図が分からずに訊き返したのだろう。
 しかし、エルフィリアが求めているのは、ありふれた魔石ではない。
「巨大な魔石でも手に入れて、実験に使いたいとかですか」
「いえ、装飾品に使います」
 エルフィリアのいらえに、装飾品、と復唱してアルカレドは首を傾げた。なにやら壮大な実験という連想から思考が戻って来ていないらしい。
「魔術具の制作を試みたいのですが、燃料として魔石を外すわけには参りませんよね。その場合の最小単位として、ブローチ辺りが妥当ではないかと」
「それで魔石、ですか」
 アルカレドの顔はまだぴんときていない。魔術具に使うのに、特殊な魔石を選ぶ必要はない。そもそも基本的には、大きさ以外に特徴が分かれているものでもないのである。
「それは勿論、装飾品ならば綺麗なものが欲しいでしょう」
「そっちですか……」
 やっと理解が及んだようで、アルカレドは溜息を吐いたのだった。


 アルカレドが大剣を振り下ろす度に、重く空気が振るう。
 ぞんっ。
 音と同時に、目の前のロック種がばくりと割れた。
 何をしているかといえば、ロック種狩りだ。ロック種の魔石は他とは違い、色や模様にバリエーションがあり、宝石の亜種として需要がある。そのため、好みのものを吟味する余地があるのだ。
 魔術具に使う魔石は、節約にこだわりでもなければ使い捨てなので、通常はロック種のものが選ばれるということはない。が、それを実用的なものとして組み込んでもいいだろうというのがエルフィリアの考えである。無論、使い捨てにはしないので、都度魔力を補充するつもりだ。
 とはいうものの、現状はまだ勇み足である。イズがしばらく不在だからだ。魔術具についてはイズに頼るつもりだが、彼が戻ってくるまでに材料でも集めておこうかという心積もりだった。
 素材としては、また少し塩が欲しいとか武器修理用の鉱石が欲しいとかの希望はあるが、目当ては魔石である。ロック種の魔石は胴体に埋まっていることが多いので、攻撃もそこを避けることが推奨される。
 以前ロック種を狩ったときは、アルカレドが粗悪な剣で殴っていた。刃こぼれも甚だしかったのだが、今回は素材も奮発して造り上げた大剣がある。すぱりと斬れるのが清々しい。
 魔石を壊さずに仕留めるには、四肢を切り落とすのが良い。血の通う生き物ならば凄惨な現場になっているところであったが、ロック種はただの岩なので良心の呵責もなかった。顔すらついていないので、本当にただ岩を割っているだけである。
 落とされた手や足が、がづん、ごとん、と地に伏した。中央に落ちた胴体には鑿を当て、ばくんと割って中の魔石や結晶を得る。エルフィリアも“楯”によって衝撃を反射するやり方で狩ったが、やはり多くはアルカレドの獲物だ。
 結晶を壊さないためには殴る方が良いのだが、斬る方が早いようにも見える。
「斬るのと殴るのとでは、どちらが楽なのですか?」
 エルフィリアが好奇心から尋ねてみると、逡巡もなく答えが返る。
「斬る方に決まってますが」
 それはなぜかと訊いてみれば、
「腕にですね、衝撃がくるんだよなあ……」
 げんなりとアルカレドは呟いた。
 つまり、斬るならば振り抜くだけで良いが、殴ると衝撃が跳ね返ってくるのだという。
 前回はそれで平気だったのだから、随分と頑丈なのだと、エルフィリアは彼の評価をまた上方修正したのだった。


 その日の午後は雨模様だった。
 鈍い色の雲が立ち込め、湿気を含んだ風がどろりと不快な熱を孕んでいる。奇妙に暑い日だった。
 天候とは裏腹に、エルフィリアの機嫌は上を向いていた。
 夏服の仕立てが間に合ったのだ。一足先に袖を通せるとあって、エルフィリアは浮き立っていた。贅沢を言えば術式の刺繍も入れたかったのだが、そちらはイズが戻ってきてから相談の上で施したい。
 以前保留にしたままの、複数の属性を試すこともできるだろう。別々の属性を、鍛冶や調合で混ぜると打ち消し合ってしまうが、素材を単に組み合わせる方向ならばそうはならないだろう、という仮説のことである。炎属性の布に、風属性の糸で氷属性の術式を縫い取るのはどうだろうか。使用者から魔力を賄う方法はかなり高度なので魔石を使う方が良いのかもしれないし、服ならば術式を記せる面積がかなり広いので工夫すれば可能なのかもしれない。ロック種の魔石についても、紫と水色の混じった良いものが手に入った。
 そんなことをあれこれ考えるのは楽しいものだ。
 この日は、錦糸蜘蛛のワンピースを下ろした。外の天気がどうだろうと、迷宮に潜ってしまえば関係はない。
 せっかくなので服の性能を試そうと、炎の迷宮を選ぶ。
 夏服だとどうしても腕がむき出しになってしまうので、同様の素材で作った薄手のケープも身に纏った。裾は短くはないので、足の方は問題ない。
 アルカレドにも夏服を着せたが、そちらは特にマントなどを羽織る気はないようだ。どうせ耐性薬を飲むし、魔物の直撃を受けるつもりはないのでそれでいいらしい。
「若干のままならなさがありますね」
「……そこまで徹底したがるのはお嬢様ぐらいだと思いますよ。他の冒険者なんて、真夏に炎狼の毛皮を被ることになったって気にしねえんだから」
 そうなだめられたからといって、容易に引き下がるわけにはいかない。
「要は腕――できれば顔も、カバーできればよろしいのですよね。……塗り薬を作ればいいのでは?」
 過去に作ったものを思い返したからであろうか、エルフィリアはふいにハンドクリームからの連想でそこに思い至った。耐性薬といえば飲み薬の印象が強いが、塗り薬でも構わないわけだ。
「それは……ありですね」
 アルカレドも頷いた。マントを着れば攻撃が当たっても構わないとはいえ、直接肌に当てないような立ち回りは必要となるのだ。塗り薬なら装備でカバーしきれない部分だけに塗ればいいので、手間もそうかからない。
 エルフィリアは上機嫌で、先日潜った深層へと足を向けた。
 目新しさはないが、既にある程度の階層にたどり着いているため、より高い水準で装備の性能を試せる。それに、一度迷宮の財宝を与えられているため、げん担ぎのような気持ちもあった。
 ――そして、その期待が裏切られることはなかったのである。


 与えられた財宝スペシャルは、拡張式鞄だった。
「わあ……」
 感嘆の声を上げ、エルフィリアは宝箱の中身を取り上げる。コンパクトで、すっきりと洗練されたポーチだった。ベルトを通して腰に巻くのにちょうど良いサイズだ。
「鞄が欲しかったんですか?」不思議そうにアルカレドが問う。
「そうですね、もう少ししっくりくるものが欲しいとは思っておりました」
 現状使用中のものは、エルフィリアにとっては中途半端な代物だ。アルカレドならともかく、エルフィリアが腰につけるにしてはサイズが大きい。だから肩に掛けているのだが、背嚢としては小さすぎる。これは、収納するものを鞄の口に入れる必要があるので、それなりのサイズでなければ非常に使いにくくなるためである。
 それが、迷宮産のものはその心配がない。収納したいものに片手で触れ、もう片手を鞄の口に入れればそれで収納が適う。両手が使えない場合は別々の指でも良い。サイズを気にする必要がないのだ。容量についても上限に達した話を聞かないので、事実上は無制限と見なせる。
 与えられた財宝スペシャルの中でも、拡張式鞄はかなり知名度の高い財宝である。一点物といっても、比較的大衆向けの品だからだ。市販の拡張式鞄とは違い、迷宮産のものは巻軸スクロールではなく血でもって魔力登録をする。そのため、他人に譲渡することはできない。だからこそ未使用の迷宮産というのは非常に稀少で、霊薬よりも高い値がつくこともある。
 つまりある意味、冒険者にとって憧れのアイテムでもあるのだった。
 無論、他にも特殊な機能がある。まずは紛失防止の魔法が掛かっている。通常、財布などに掛けるものは所在を明らかにするタイプの持続魔法である。それが、迷宮産の拡張式鞄では紛失しても手元に戻ってくるのだ。ちなみに、所有者が死亡しても登録が解除されることはない。二度と取り出せなくなる代わりに、鞄の中身が迷宮の財宝に加わるというシステムになっている。
 他に特徴的なのは、別の拡張式鞄と連動できることである。連動した鞄から中身を取り出せる、つまり鞄の中身を共有できるのだ。使用者ごとにどこまで許可するかの設定が可能で、冒険者パーティにとってはかなり重宝する。この場合、所有者が死亡しても許可済みのものを取り出すことだけはできる。
 ――高揚感と、若干の寂寥感がエルフィリアの身に上る。
 またひとつ、アルカレドを手放す理由ができてしまった。
 エルフィリアは、不要になった方の鞄をアルカレドに譲渡しようと考えている。本人が固辞するならば若干の対価を支払ってもらうことも考慮するが、実際、エルフィリアにとって義務のようなものだと思っているのだ。奴隷を冒険者にさせた以上、環境を整える機会を放棄するべきではない。
 つまり、アルカレドが貯金をする理由が一つ無くなり、自由へ一歩近づくということであった。


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2023 09 26