このところせっせと炎の迷宮に潜った結果、素材が溜まっていた。
 それらを捌くために、エルフィリアはギルドへと赴いた。無論、その他の必要な処置は済んでいる。
 錦糸蜘蛛の糸は、加工業者に持ち込んで布へと織ってもらう算段を付けた。錦糸蜘蛛はその色の薄さも特徴で、属性などで色が付いていても染めやすい。とにかく稀少で高価だという以外は隙が無いのだ。糸に加工する前段階を必要としないため、加工自体に意外と費用が掛からない素材でもあった。織るのは特殊な道具でなくとも可能だからだ。
 肉に関しても目的は達成しており、アリエス種のカツレツもアウェス種の揚げ物も作ることとなった。その際、今度は一人で調理できたのだから、エルフィリアの自己肯定感も上がろうというものである。
 ――ギルドにて、素材を精査してもらっている間に、ギルド長から声が掛かった。
 ランドイットに来てからは、ギルド長と関わることは意外と少ない。直ぐ上に話を持っていこうとするグレイシーとは違い、こちらのギルドでは何でも自分で判断しようとするジンシャーが担当するからであった。
 そのため、ギルド長のユーニスから話があるというのは珍しいことだったのだ。
――お久しぶりですね、どういったご用件でしょうか」
 着席もそこそこに、エルフィリアは話を切り出した。アルカレドは傍へと控えている。
「あたしが直接あんたに用事があるわけじゃあないんだがね、問い合わせがあったから訊いておこうと思ってさ」
「問い合わせというのは……私のことですか?」
「そうだよ、あんたについての照会があったんでね、知らせないわけにはいかないだろ。許可するかしないかっていう確認だよ」
 冒険者の情報はギルドに登録されているので、どのギルドからでも情報を引き出すことができる。安否確認にも使うので、冒険者から照会を掛けることもあるのだ。
 ただし、情報を教えるかどうかは別問題である。ギルドに登録しただけで勝手に探られるのはたまったものではない。そう考える者が多いので、ギルドでの照会は許可制なのだ。基本的には、パーティメンバー以外は本人が許可を出している者にしか開示しないことになっている。ちなみにエルフィリアは、アルカレドは設定する必要がないとして、イズとリモーネには許可を出すようにしてあった。
「どちらから照会があったのですか?」
 まさか実家ではないだろうと思ってエルフィリアが尋ねてみると、
「ダジルっていう冒険者だよ。アウリセスから照会を掛けてるね」
 ――意外な名前が挙がった。
「げっ」
 露骨な反応を示したのは、アルカレドの方である。
「あいつ……よく照会しようなんて真似ができたな?」
「規則をよく知らないのかもしれませんよ」
 アルカレドが呆れているのは、よく教えてもらえると思ったな、という意味である。
 エルフィリアは、そのことを知らないのでは、と看破したというわけだ。
 冒険者には数々の規則があるが、多くの者は正確には把握していない。登録時に説明は受けるのだが、興味がある部分以外は右から左、ということも珍しくはないのだ。そのため、階位や報酬については理解していても、手数料や伝言などについては詳しくなかったりもする。冊子にまとめてあるのでいつでもギルドで確認できるのだが、そこまで勤勉なのは少数派なのだ。
 照会についても、許可制にするためには申請が必要なのだが、特にこだわりがない限りは最初の説明の際にそのまま任せてしまうのだと思われる。ちなみに、設定しない場合は基本的な情報は照会できるようになっているのだ。名前、性別、階位、最後に寄ったギルド、パーティメンバーなどである。
「そうですね……基本的な情報だけならば構いませんよ」
――お嬢様、それじゃあ王都にいることがばれますよ」
 エルフィリアが頷いたのは、知られて困るような情報はないからだ。アルカレドのことを特殊な扱いにしていることは、知られれば興味を持たれて面倒ではあるが、パーティメンバーにしているわけではない。
 名前についても、既に貴族籍を抜けているので実家の方にアプローチを掛けるような無意味なことはしないだろう。
 居場所だけは知られてしまうが、元々、時間の問題だと思っていたのだ。
「アウリセスまで行っているというのは、きちんと段階的に調べている証左です。最終的に私の情報が出てきたというだけで、そもそもはアルカレドの情報からたどっているはずです」
 アルカレドの場合、犯罪奴隷なので厳密には国の管轄にある。そのため、そちらをあたれば主人の名前は調べられる。誰が主人かということは秘匿されているわけではないからだ。まさか公爵令嬢がとは思っただろうが、現在の主人が冒険者であることは知れているのだから、そこから照会を掛けたとしてもおかしくはない。
 問題は、アルカレドがアウリセスで犯罪奴隷になった記録を知ったところにある。そこまでをたどれたということは、なんらかのお墨付きがあるのだ。貴族が絡むことも多い奴隷の情報を、奴隷商が簡単に明かすとも思えないのである。
「恐らくは、国からの承認を得て探しているのではないでしょうか」
 冒険者になっているのは、他国との行き来をしやすいからだろう。となれば、冒険者になるのは期間限定のつもりで、規則をあまり頭に入れていないのかもしれない。
――国ぃ? あんた、政治絡みのトラブルはご法度だよ」
 話を聞いて、ユーニスが尖った声を出した。政治不介入はギルドの鉄則なのだから、聞き捨てならないのは当然だ。
「いえ、アルカレドを探すことに政治的な意図はないはずです。奴隷になった経緯には絡んでおりますが」
「はあ!? あー……いや、いい、聞くと面倒そうだ」
 ユーニスは情報を仕入れないことにしたらしい。首を振って話を断ち切った。
 実際、貴族でもなければ団を束ねていたわけでもないアルカレドを連れ戻す理由はないはずである。恐らくは、前王の非道の被害者なのでそのケアをしているということなのだ。
 他国で無事に暮らしているなら放っておいてもよさそうなものだが、そこはあのダジルという男が個人的にこだわっているだけだろう。犯罪奴隷という状況を無事と判定されるかどうかはともかくとして。
「……あんた、酔狂じゃあなかったんだね」
――何がでしょう?」
 ユーニスが、思い出したように声を上げた。何の話か分からずに、エルフィリアは首を傾げる。
「奴隷のことだよ、吹っ掛けたもんだと思ったが、ずいぶんと稼いでるようじゃあないか。もうその奴隷も、自由を買えるだろうさ」
――そう、ですね……」
 虚を衝かれたが、エルフィリアは確かにそうだと思い至った。
 隣国にいたときよりも、稼ぐ金は増えているのだ。道中の素材を多く拾うようになったし、休日のみの迷宮制限もなくなり、トリルの町や先日の炎の迷宮のようにじっくりと探索していると素材も溜まる。
 その分、素材加工などにつぎ込んでいるので増えるばかりではないとはいえ、アルカレドには半金がそのまま渡っている。約束の金が貯まる頃合いでもあったのだ。個人的な買い物もあるかと、イズに連れ出させることもあるが、そこまで目減りするとも思えない。
 ――そうか、アルカレドを手放すのかと思えば、ちくりと胸に棘が刺さったかのような心地がした。
――だからって、すぐ自由になるってわけでもねえですよ」
 しかし、否定の声を上げたのはアルカレドだ。落ち着いているところを見るに、規定の金が貯まっていることは自分でも把握しているらしい。
「金が貯まったからといって全部吐き出しちゃあ、ただの文無しでしょうよ。装備に住居にと金が掛かるんだから、多少の蓄えは欲しいですよ。今んとこ、衣食住の保障は付いてて得なんだから」
 涼しい顔でさらりと告げるアルカレドの抜け目なさに、エルフィリアはほっと息を吐いた。
「……そういやあ、あんた、イズに余計な事を言わなかったかい?」
 ふいに、ユーニスが低い声を出した。
「余計な、と申しますと……?」
「今後、他国や長期の依頼は回してくるな、なんて言い出して困ってんだよ」
 嘱託といえど、調査員となり得る人材はそうそう転がっているものでもないらしい。まず、調査や詳細な報告書というところを得手とする冒険者自体が少ない。そういった人材はギルドの職員の方になってしまう。無論、職員が調査に行くというのも珍しいことではないが、事務に向いた人材は戦闘能力においてはやや落ちることが多い。普段はギルド内の仕事をしているので、腕がなまるという理由もある。高難度の場所まで送り出せる人材というのは豊富なわけではないのである。
 エルフィリアは首を傾けた。
 彼女からは何も働きかけていないのだが、彼女のせいで、というのは大きく間違ってもいないのだ。なにしろ、エルフィリアを見てあくせく働く必要がないことに気付いた、などという趣旨の言葉をもらっているからである。
 是の返事はしなかったのだが、「やっぱりあんたのせいなんだね!?」とユーニスは嗅ぎ取って、眉尻を吊り上げたのだった。


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2023 09 16