先日獲った獲物は巨大だったので、イズに振る舞い、リモーネに分けてもなお余る。
 エルフィリアは残った魔物肉と鱗を持って、後日ギルドに持ち込んだのだった。
「えっ、ピスキス種っすか、珍しいっすね」
 今日も元気なギルド職員のジンシャーから、感心したような声が上がった。
「やはり皆さん、獲りには行かないものですか」
「そっすねえ、持ち帰るのが面倒なもんで、基本的には海沿いの町の特産品みたいになってるっすねえ」
 そこではありふれた魔物だろうが、稀少価値があるのでかえって名物になるものらしい。
「では、下手に納入すると、市場を荒らしてしまうものでしょうか」
「いんやー? 個人の範疇なら大した事ないっすけどねえ」
 一体の魔物から鱗なんかは大量に取れるのでエルフィリアは少々心配になったが、業者並みに大漁に獲らねば荒れるほどでもないらしい。そのためには狩人と解体士を引き連れて獲りまくらねばならないのだが、その人員が集まる見込みがまずない。なにしろ冒険者となれば黙って特定の獲物ばかり獲るのはそのうち飽きる、それ以外なら冒険者並みの実力者が必要になる。一度だけなら可能でも、継続するのは困難なのである。
 その点、迷宮外なら応援も呼べるし、騎士団などが討伐した後のものが流れてくることもある。そういうわけで、迷宮産のものはなかなか出回らないのであった。
「素材はどういったものに使われるのでしょう」
 あまりにも馴染みのない素材なので、気になってエルフィリアは尋ねてみた。
「肉はまあ……よっぽど魔力抜きに自信のあるとこじゃないと手は出さないっすねえ。それでも廃棄率高めなんで、自分とこで手に入ったついでって感じっすね。他所から仕入れてまでは採算が取れないからやらないっす。骨と内臓は使わないんで捨てるっすね。それから、鱗はチャームにすることが多いっす」
「チャーム、ですか」
「硬くてキラキラしてるっすからねえ。魔力も通るし、加工するのにもちょうど良いっす」
 ――捨ててしまったな、とエルフィリアの脳裏によぎった。
 今回彼女が獲ってきたのは、一片五センチほどの鱗だ。小さなものは処分してしまったのだが、飾りにするほどの需要があるなら売れたのだろう。情報を仕入れないでいると、固定概念から解放されるかわりにこういう落とし穴がある。
「ちなみに、チャームは買い手にとっての罠があるっす」
 小さな鱗だから手ごろな値段で買えるのだろうが、その中には高価なものも混じっているのだという。鱗自体が特殊な種でもいるのかと思ったが、
「加工の仕方の違いっすねえ」
 ということだった。
 金具で挟んだものなら手ごろな値段、穴を空けて加工したものは割高になるという。なぜかというと、魔物素材を加工するための道具自体が高価だからである。基本的に加工道具は消耗品なのだ。
「……では、チャームに使えないようなサイズのものはどうなるのでしょうか?」
 エルフィリアは、山と持ち込んだ鱗を見ながら言った。チャームにするにはさすがに大きすぎる。
 ちなみに、エルフィリアはこういった小さくて多量の物は、普段からまとめて瓶に詰めることにしている。迷宮内のものを素材と確定させるためという意味合いもあるが、個別になってしまうと拡張式鞄の出し入れが面倒だからでもある。しかし、今回は瓶に入れるにはやや窮屈なサイズなので、適当な空箱にざらっと入れたものを持参しているのだった。
「うん、この手のものは鍛冶の媒介っすねえ」
「なるほど」
 魔物素材の加工の際、媒介がないと変形させられないようなものがある。ロック種の鉱石は合金素材という方が正しいが、混ぜ合わせる材料と捉えるとあれも似たようなものだ。
 鱗は、どちらかというと防具や装飾具の媒介として使うということだった。魔物素材には加工しやすい傾向というものがあり、武器に向いているものや防具に向いているものなどがあるのだ。
「……それで、その、お姉さん、そっちは」
 ジンシャーは今まで話題の外にあったものに、そわそわと目を遣った。
 薄く削いだ木の皮で包んである塊だ。――もちろん中身は、肉である。
「はい、ピスキス種の肉です」
「うわー、やったっすー!」
 ジンシャーはもうすっかり、食べさせてもらうつもりでいる。調子がいいなと苦笑しつつ、エルフィリアは包みを剥いで少量切り取ってやった。
 おなじみの網とスタンドを取り出して、魔物肉に軽く焼き目を付ける。
「ジンシャーは、お魚は食べられるのですね」
 未知のものというよりは、美味しいと知っていたゆえの反応のようだったのだ。
「海沿いの町に親戚がいるので、余裕っすよ! 焼いたのもいいけど、汁物や煮物もいいっすねえ」
 火が通ったので、エルフィリアは皿に盛ってジンシャーに差し出してやった。調味料は、塩と乾燥した香草を砕いて混ぜたハーブソルトだ。料理の際よく活躍しているロック種の塩は、今回は使用していない。純粋に、肉の品質が分からなくなるからである。
「うー、美味いっす! 思ったよりも脂が乗ってるっすねえ……えっと、これは赤斑魚の身か」
「そういえばその、魔物の種類というのはどのように判別しているのですか」
 ふいに、エルフィリアは疑問に思って尋ねてみた。
 先ほどのジンシャーは獲ってきた鱗を見て判別していたようだったが、そもそも、ギルドに持ち込まれるのはその多くが素材としてだ。解体前ではない限り、魔物の全身図から推し量れないはずであった。
「慣れてるものは、特徴を見ればわかるっすよ。それ以外のは、職員用の資料と索引っすねえ」
 細かく資料にまとめられているのだというが、見てわかるものばかりとは思えない。
「例えば、肉や皮だけでは判別が難しいということはないですか」
「実際は魔力情報を登録してるので、仕分け係なんかはそれで照合してるっすよ」
 基本的には買取りの際に冒険者から情報を得られるので、それと索引で対応しているという。そこから、売りに出す際の仕分けに細かくチェックする係がいるのだ。
「魔力情報というのは?」
「種族ごとに魔力が微妙に違ってくるので、そのパターンを記録するっす」
 そういえば、ギルド登録の際にエルフィリアも個人識別のために魔力を登録したのだった。それを、魔物にも適用したということだろう。
「大抵は解体時に丸ごと持ち込まれるのでそのときに情報取ればいいっすけど、迷宮内から取ってこないといけないときは調査員が行くっすねえ」
 迷宮から獲物を持ち帰ろうと思えば、解体済の必要がある。それぞればらばらの素材になってしまうので、解体前のものと一致させる必要があるのだ。ギルドの調査員を派遣するのは、冒険者に任せると勘違いや虚偽申告の可能性があるからである。大捕物の場合は、冒険者のパーティに同行するという形になることもあるという。
「そんで、情報を一致させないといけないので、便宜上番号を振ってるっす。ピスキス種赤二番一号、みたいな感じっすかね」
 エルフィリアは肉の魔力を抜いて納入するという特殊ケースだが、その場合も魔素のパターンと他の部位の魔力情報で判断しているそうだ。
 ちなみに名称で登録しないのは、すべてに通称があるわけではないからだ。特徴の少ないものは単に赤のピスキス種、のような呼び名になってしまうことも多い。また、地域によって独自の呼び名が付いている場合もあるので、統一が手間だという理由で番号なのだという。等級については魔素量で判断しているそうだ。等級が変わると種類が変わるものがあり、吊り果実などは一号、二号、三号と名が付くが、多くは等級が変わっても種類はそのままだ。
 分布確認も兼ねて地域ごとに確認することになってはいるが、新種や変種はそう頻繁に出てくるものでもないので、さほど大変でもないらしい。
「イズさんの仕事にはそういうものも含まれているのですね」
 感心したところで、味見も含めて諸々の手続きが終了した。
「最近、お姉さんのおかげで食卓が潤うっすよー」
 席を立ったエルフィリアに、機嫌よくジンシャーが告げる。
 納入が増えたことを言っているのかと一瞬エルフィリアは思ったが、リモーネに食材が回っていることを言っているのだと、一拍遅れて気が付いた。
「ジンシャー、あなた、少し行動を改めなければ、今後作ってもらえなくなるかもしれませんよ」
「えっ、どういうことっすか!?」
「リモーネに任せきりだと申し上げているのです」
 ジンシャーはよくリモーネに食事をたかりに行っているが、食材はほとんどリモーネ持ちで、調理も片付けも彼女に任せているのだ。調味料や香辛料を多少差し入れたからといって、つり合うものではない。
 近頃、エルフィリアやイズが彼女にそこそこの対価を払っているので、割を食っていることに気付いてもよい頃合いである。
「片付けを手伝うか、調理用魔術具の差し入れでもなければ、そのうち見限られますよ」
 ジンシャーは以前、依頼書の受付けで下手を打って怒らせた前科もあるのだ。
 らしからぬアドバイスを投げたエルフィリアは、自分も意外と他人に興味が出てきたのだなと実感したのだった。


next
back/ title

2023 09 06