「……羽毛は柔らかすぎて落ち着かねえんだよ」
――なるほど、それで?」
「羊毛のがあるんで、そっちをもらった」
「わかりました」
 エルフィリアの目の前で、さくさくと会話が往復する。片や真剣な顔をしたリモーネ、片や相変わらず面倒くさげなアルカレド。
「お話はお済みですか、どういったやり取りでいらしたのでしょう」
「……えーとまあ、つまり」とアルカレドはきまり悪げな顔を見せる。「お嬢様の作ったものを要らないとはどういう了見か聞かせろ、という意味ですね」
 エルフィリアはぱちくりとまたたいた。
――まあすごい。よく分かりましたね」
「あんたがいれば基本的に機嫌が好いリモーネが、そうじゃなくなるときは理由がほぼ決まってんですよ……」
 類推するのは容易だということらしい。
「あっ、そういえば私、ひとつ気になることが!」
 席に戻って食後の茶を喫したリモーネが、思い出したように声を上げた。
「魔術具って、魔石を使わない特殊なものがあるって話でしたよね……? ってことは、普通の魔術具も魔石がなくても使えるってことですか?」
 特殊なものについては、基本的に使用者の魔力が利用される。ただし制約も重く、例えば奴隷の首輪の作成には血でもって魔力の源 を確定する必要があり、拡張式鞄の場合は巻軸スクロールによる魔力の登録手続を必要とする。
 中でも別格なのは、傷痍保護用に開発された布である。魔力を通すために魔物産のかなり高等な布が使われており、手順も非常に複雑らしい。ただしこれは複合技であり、どちらかというと持続魔法寄りだ。でなければ、切り分けることが適わない。巻くタイプの柔らかいものと押さえるタイプの固いものが存在しており、色が黒なのは包帯との区別のためである。ちなみに冒険者ギルドや傭兵ギルドでは補助金により原価よりもかなり安価で済むが、一般人が購入しようとするとやたらと高い。エルフィリアは授業の一環でサンプルとして貰っていたものがあったので、それをアルカレドの眼帯に流用したのであった。
「ん、魔石無しってのは、作成について? 使用について?」
 リモーネの質問を汲んだのはイズだ。
「使用の方です」
「魔術具から魔石を抜いた場合、直接魔力を注いでも起動させられるかってえ趣旨よね? ――理論上は可能だけど上手くはいかない、って感じかな」
「理論上は、ということは、人の魔力でも起動は可能だということですか」
 エルフィリアも会話に加わると、イズがうんうんと頷いた。
「元々は、人が使う魔法用の術式だからねえ。それを魔石に転用してるわけだから。理論上は魔力があればそれで動くんだけど、魔術具って魔石を燃料としてるから、つまり使える魔力に制限があんのね。それをできるだけ長く持たせるためには、一気に使っちゃうと駄目なわけ」
「……ああ、なるほど、精密さが必要というわけですね?」
「そうそう、一定の出力を持続させないといかんのよ。それを手動でやろうとすると保持するのが難しいでしょ。それ以前に、エルフィリアちゃんだと魔力が強すぎて回路が壊れちゃうと思うよ」
 つまり、杖を使って操作するときのような繊細さが必要ということだ。短時間で良いならできなくもなさそうだが、そこまでするなら普通に魔法を使った方が確実だし労力が少ない。
「うーん、魔石を切らしたときに臨時で使うってわけにはいかないみたいですね」
 リモーネは残念そうに呟いた。代替のように言ってはいるが、それができれば魔石を買う必要がなくなってしまう。彼女が使うならば、調理用などの簡単な魔術具だろうか。とはいえ、リモーネも冒険者なのだから、魔石の入手には苦労しないはずではある。
――思い出したといえば、イズさんの方も一つ伝えとくことがあったんだけど」
「まあ、改まって何のお話でしょうか」
「コロウの情報」
 えっ、とエルフィリアは声を上げた。
 確か、依頼してまだ十日ほどである。
「まあ一応、簡単な概要だけね。個別の件は現地に行ってみないとわかんないんだけど」
「いえ、そこまでしていただくのは申し訳ありませんし……」
――なんのお話ですか?」
 急な話でエルフィリアがまだ切り替えられないでいるうちに、リモーネから疑問の声が上がった。
 答えたのはアルカレドだ。
――俺の話。奴隷になった後の祖国の状況がどうなってんのか調べてくれるとさ」
「え……」
 意外なところからの話に、リモーネは一瞬ぴたりと止まった。
――だっ、駄目じゃないですか! そんな話、私のいるとこで!」
「そうだねえ、ごめんね」
 リモーネに叱られてイズは素直に謝った。内容までこの場で言うつもりがあったかはわからないが、そこはリモーネを立てたのだとエルフィリアには何となく知れた。
「別に、俺は聞かれても構わねえぞ」
 場が波立ったからか頓着なくアルカレドは声を掛けたが、
「えっ、嫌ですよ!」
 あっさりとリモーネに拒絶されたのだった。
「他人の事情を一方的に知りたくないし、なんか落ち着かないから嫌です」
 そう言ってはいるが、恐らくは穏便でない空気を敏感に感じ取っている。
 わざわざ他人に調べてもらう上に、家族の状況ではなく、祖国の状況という言い回しだ。状況が尋常でないとすれば、奴隷になった経緯も怪しいものである。
 ――そこまで想定したかはわからないが、世間話として知っておく範疇を越えていることは確かだと思ったらしい。
「このままいるのもなんですし、今日は帰りますね。――食事とお茶、ごちそうさまでした」
――あ、では、入口までお見送りしますね」
 女性二人が席を立ち、あとには男性二人が残された。
「……悪いな、だがほんと、現地まで行く必要はねえぞ。経費もかさむだろ」
「いやー、でもこれ、半分趣味みたいなもんだからねえ。エルフィリアちゃんの言葉を借りるなら、自分が気になるから調べる、って感じかなあ」
 のんびりとイズは言う。元々ギルドの依頼を受けながら他国をうろうろしていた身なので、機動力は高いのかもしれない。
 ――でもさあ、とイズはこぼして低く笑った。
「イズさんに借りを作りたくないっていう割にはね。これ、このままエルフィリアちゃんへの借りにスライドするけど、それはいいんだ?」
「いいわけじゃねえが……なんとなく、お嬢への借りは作っとく方がいい気がすんだよな。貸しは作りようがねえわけだし」
 奴隷の身分では、何をしたところで貸しにはカウントできない。逆にしても、衣食住の保障やその充実に関しては主人の義務なので、世話になっても借りにはカウントしない。
 純粋な貸し借りというのは意外と発生しづらいのだが、アルカレドはそれが必要だと言う。
 イズは一瞬不思議そうな顔をしたが、追及することはなく、黙って入口の方に目を遣ったのだった。


――で、何がわかった?」
 エルフィリアが戻ってくるのを見計らって、アルカレドが口火を切った。
「リモーネちゃん追い出したわりには大した内容じゃないんだけど、まず、二年前に王様が崩御したって話は確認が取れた。反乱とか誅殺とかじゃなくて、普通に――って言うのも変だけど、病死というか突然死だね」
「……はー、あそこであと一年我慢してりゃあ、どうにかなったってことか」
「うーん、それがそうでもない」
 エルフィリアが茶を淹れ直したので、イズはカップを取って口を湿す。考えをまとめるように宙に視線を遣って、それから話を再開した。
「疑心暗鬼のノイローゼ状態だったらしいよ。睡眠も上手く取れなくて、食事も神経質になって、痩せ細ってたっていうから、なんかの切っ掛けでぽっくりいっちゃったみたいね。……それって、クーデターの話があったからだと思うんよね」
「……なるほどな」
 クーデターの企てがあったことによって、足元に火が付いたのだ。アルカレドたちのやっていたことは、結果が出なくとも無駄ではなかったらしい。
「それで、他に判明したことはありますか?」
 アルカレドのこととはいえ、形式上の依頼主はエルフィリアだ。なので、あとを引き取って彼女は話を促した。
「うん、それで後釜に座ったのがその息子。とはいえ弱冠八歳だったっていうから、成人までは前王の従兄が後見人ってことになってるね。政治もその人が仕切ってるみたい」
――ああ、あの」
「知ってる人?」
「交流があったわけじゃねえけど、誰かは分かる」
 ふむふむとアルカレドは頷いている。納得してる様子を見るに、任せておいて構わない人選ではあるらしい。どうやら後顧の憂いはなさそうである。
――で、まあ、その従兄殿って人があちこちに資金を投入してたらしくて、単に孤児院への寄付もあれば研究費用もあり、土地の開発にもあり、ってっことでその中の一つにクーデターへの資金援助ってのがあったみたい」
「まじか」
「まじで」
 あっでもアルカレドのところじゃないよ、とのことなので他にも似たような組織があったようだ。
「つまり、水面下で何とかしようとしてた人は意外といたってことだねえ。それ以上の詳しいことはもうちょっと調べとくね」
「……充分だ」
「有難うございます、ではお願いしますね」
 既に満足したようなアルカレドを後目に、エルフィリアはさらりと念を押したのだった。


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2023 09 01