「ところで気になってたことがあるんですけど、属性が付いてる魔物のお肉って食べられるんですか?」
「え? よく食べますけれど……」
 食後のリモーネの素朴な疑問に、エルフィリアはきょとんとした。魔力を抜けば全部ただの肉である。
「あ、そっか、属性付きの肉ってそもそも市場に出てないんよ」
 その辺りの議論は通過済みだったのだが、イズの言葉で理解した。基本的に、魔法を使う個体の肉は、そうでない個体よりも魔力濃度が高いのだ。徹底的に魔力を抜かなければ恐らくは食べられたものではない。つまりは食用にするのに手間が掛かり、仮に処理が甘い部分に属性が残ってしまうのであれば、可食部があまりにも少なくなってしまうのだ。割に合わないので初めから市場に出ないというわけである。
「そういえば、属性付きの肉の方が美味かったような覚えがあるな……」
「自前で魔力の処理をしていると、市場のことには疎くなりますね」
 アルカレドと二人でうんうんと頷き合っていると、リモーネがさらに疑問を追加した。
「そもそもの話、属性っていうのがよくわかんないんですけど……魔石には属性、ないですよね?」
――まず、人の魔力は術式によって属性を定義しますので、素となる魔力自体に属性はありません。魔物も、体内のなんらかの仕組みによって属性に変換されていると思うのですけれど……」
――けれど?」
 エルフィリアはそこでひとつ首を傾げた。
 実は魔物について詳しくはない。人と同じ方式を当てはめればよいのかと思ったが、そこで詰まってしまった。
「魔石には違いが見られないので、元々は属性がないのかと思いましたが……素材には属性が残りますね?」
 ふむ、とエルフィリアは思考の螺旋に陥りかけたが、そこでイズが後を引き取った。
「そこはなんかはっきりとは解明されてないんよねえ。とりあえず、魔物の魔力自体に属性があるっていう見解になってるよ」
「ってことは、魔石に属性があるってことになっちゃいますけど」
「そう、たぶんあるんじゃない? って言われてるねえ」
 それを聞いて、えっ、とエルフィリアも声を上げた。
「けれども、魔石が特別なものには思えません」
「そう、つまりね、属性はありそうだけど見分けはつかないよねって結論になっちゃってんだね」
――それはまた」
「大雑把ですねえ」
 調べれば、どこかの学者が論文でも書いているかもしれないが、冒険者の間では恒例の「必要なことだけわかっていればそれでいい」理論である。つまり、魔石に属性があってもなくても支障がないということなのだ。素材と比べてわかりやすい特徴が見られないということもある。
「……ということは、魔術具に使用するときも問題はないということなのでしょうか」
「そうそう」とイズは頷いた。
 魔術具というのは、術式を記すことによって魔力を指定通りに作用させる道具である。詠唱と同じように、術式によって属性を指向させる。その際、どういう魔石であろうと、魔力を取り出して変換する、という結果は同じなのだ。
――つまりは、属性を利用するのではなく、飽くまで魔力のみを利用している、ということですね」
「そう、だから気にしてる冒険者はいないんよね」
 というところで話は一段落した。
「……ところで、魔術具の術式というのは、魔法と同じものなのでしょうか」
 エルフィリアはつい疑問を呈してしまったが、明確な答えを期待したわけではない。専門的な話になってくるので、なんとなくの分類でもわかればいいなと思った次第である。
「基本となる術式言語は一緒だよ。学校では習わない?」
「魔術具は、貴族向けではありませんからね」
 魔術具は、魔法の一段下だと貴族からは見られる。一般的な魔術具といえば、着火装置や照明器具など、日常的な便利道具に過ぎない。魔法を使えない人のための道具だと見なされるのだ。 
 貴族には領地を守る義務があるので、魔法を修めることは必須である。伝統と誇りがあるので、「魔法を使わずに済む方法」という概念には眉を顰めざるを得ない。
 とはいえ、効率化を捨てるほど貴族も前時代的ではない。事実、貴族の邸では魔術具を大量に仕入れている。しかし、それらを使用するのは使用人である。結局、使用人が使うような道具を作るようなことはしないという、回りくどい結論に落ち着くのだ。
 例外は、拡張式鞄など、定義する魔法自体が特殊なものである。拡張式鞄は空間魔法という特殊な魔法を用い、定着の魔法を使う者と二人一セットで作成するという。使用自体も、使用者の魔力で起動させるという特殊なもので、作成には入念な前準備が必要になるのだそうだ。奴隷の首輪などもそうで、そういったものは魔法研究塔の管轄だったりするのだ。エルフィリアの兄、リドロアから聞いた知識である。
 例外もあるので貴族がまったく入り込まない分野ではないが、やはり嫡子や女性が手を出すのは良い顔をされないというところである。そんなわけで、学校で習うこともないのだった。
「平民は平民で、学校ではやんないからねえ」
 平民にとって、魔法は必須ではない。そもそも魔法を使えない者が多い上に、十五で成人すると働きに出るので、術式まで学ぶ余裕はない。せいぜいが、魔術具の使い方を教わるぐらいである。
「学校で教わらないとすると、どのように魔法を覚えるのでしょうか」
 平民の中には魔法を使える者もいるが、どこかで最初のきっかけが必要なはずだ。
「それは、太陽神の教会で教えてくれるんよ」
 簡単な火種魔法辺りを教わって、それが使えるかどうかで適性を見るのだという。ほとんどの場合、使えても日に三度ほどが限界だそうだから、貴族との差が分かろうというものである。
――で、話を戻して魔術具の記述式のことだけど、さっきも言った通り、魔法の術式と基本は一緒。でも、魔法の場合は音の長さや韻を整えるでしょ。魔術具の場合は、文字の見た目や配置を揃えるんよね。いくつかの記号も使うから、記号を記したり記号に沿って並べたりとかもするかな」
 つまり、術式言語は同じだが、使い方が違うのだ。魔法が使えれば魔術具も作れるということにはならないらしい。その逆もしかりである。
「イズさん、詳しいですね」
「イズさん、魔法は使えないから魔術具はどうかと思って、ちょっとかじってた時期があるんよ」
 そう言って、イズは照れ笑いをした。魔術具作成においても、魔力操作は重要となる。
「それはすごいですね。簡単なもので構いませんので、いくつか教えていただくことはできますか」
「え、そりゃまた唐突。勉強熱心だねえエルフィリアちゃん、でも、魔術具って専用のインクが要るんよね」
 砕いた魔石を原料とした特殊なインクを使用するという。
「……刺繍では代替になりませんか」
「うわー、また、不思議な発想してんねえ。そこそこの魔力がこもってるものならいけなくもないと思うけど」
 それを聞いて、エルフィリアは力強く頷いた。
「魔物産の糸があります。それで、簡易な補強などが作用するかどうか試してみたいですね」
「結果を保証しなくて良いなら、やるだけやってみてもいいけど」
「……あんたほんと、手広いですね」
 アルカレドも呆れ顔である。エルフィリアは、面白そうなことにはとりあえず手を出す、という方針に則っているのだ。
「有難うございます。……ところで、報酬はここに」
「早っ!」
 本日二度目の報酬である。突発事項なので、あらかじめ用意していたというわけではなく、ちょうど良く予備の発生しているものがあったのだ。
 さくっと取り出したるは、例のクッションである。
「魔物素材で作った、馬車用の羽毛クッションです」
「えー、やったあ!」
「えー、ずるい!」
 そこに割り込んだのはリモーネである。
「見たところカバー付きでお姉さまのお手製……イズさん、それ売ってください!」
「えっ、やだ」
 カバーの刺繍により、手製だと見て取ったらしい。エルフィリアは自分の服にも針を入れているので、それで推測したのだろう。渡した途端、目の前で攻防が始まってしまった。
「……リモーネ、予備はもう一つあるので、アルカレドのお下がりでよければ譲渡しますよ」
――ちょっと何ですかそれ、詳しく!」
 リモーネはどっとこちらに突撃して、エルフィリアではなくアルカレドの胸倉をつかんだ。
 顕著な反応を示さないところを見るに、アルカレドはリモーネの言いたいことをよくわかっているらしい。辟易したような顔をして、一つ息を吐いたのだった。


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2023 08 27