――で、これ、どうやって食うんです?」
「どうしましょうか」
 仕留めたピスキス種は、骨と内臓を外して身だけになった。分類上は、いわゆる白身魚になるだろう。
 海沿いの町では、魚をスライスして生のまま食すという文化もあるらしいが、さすがに遠慮したい。魔物なので鮮度の心配はする必要がないのだが、だからといって手が出るものでもないのだ。
 やはり、焼くか煮るかが定番だろう。とはいえ、エルフィリアも言うほど魚料理を食べた覚えがないので、よくわからないというのが正直なところである。
「……あとで考えましょうか」
 余裕があるとはいえ、迷宮のさなかだ。セーフティルームでもないところでぐずぐずすることもないだろう。
 エルフィリアはとりあえず、アルカレドに命じて拡張式鞄の中に魚肉を仕舞わせた。
「そういや、鱗はどうすんです?」
「どう、とは?」
「いや、これ、素材なんですかね」
 ――ふむ、とエルフィリアは考えた。確かに、動物型の魔物なら皮は素材になる。竜も、鱗は素材として扱われる。魚の鱗というのも、充分可能性はあった。
「……もう少し硬いものでなければ、需要がなさそうですね」
 竜の鱗と比べると、薄くて脆そうである。あまり需要があるものには見えない。恐らくは、もっと巨大な個体か、もう少し上の等級のものでなければ、素材としての価値がないのではないだろうか。
「そうですか……じゃ、今回は処分ですね」
 そう割り切って、下層へと進む。
 今回はあまり道中の素材にはこだわらない。浅層では小型の魔物が多くあまり稼ぎにならないという点もあるが、そもそもの需要があまりないのではという気もする。この面倒な迷宮を乗り越えるだけの利点があるのなら、もう少し迷宮自体に人気が出ているはずだ。
 そうして結局、階層のボスもピスキス種と相成った。
 甲殻類辺りが出てくれば殻が素材になりそうだと思ったのだが、結果はピスキス種でもそう悪くはなかった。今度の鱗は一片五センチほどのサイズでそこそこ厚みもあり、貝の真珠層のような光沢がある。鱗は一度に大量に入手できるため、売れるならばそこそこ捌けそうである。こんな不人気の迷宮に来る者は少なく、迷宮外では海沿いにしか出ない魔物だとしたら、供給は少ないに決まっているのだ。
 さて、今度の魚は赤身だった。泳ぎも素早く筋肉もありそうだったので、身の方もしっかりと引き締まって弾力があるように思う。
「味見、しましょうか」
 せっかくセーフティルームにいるんだし、とエルフィリアが提案すると、アルカレドは期待に満ちた顔をぱっと上げた。
 赤身を簡素にサイコロ状に切って塩を振る。スキレットを準備して火を入れて、バターを温める。そこに投入して軽く焼いたものに、胡椒を振って出来上がりだ。
 本当はサラダや付け合わせの野菜が欲しいところだが、単なる味見なのでそこまで本格的に食事とするつもりはない。
 木製の皿によそって差し出してやれば、アルカレドはすぐに口に放り込んだ。魚肉でも肉、という認識なのだろうか。
「美味い」
「香りが良いですね……茸など欲しいところではありますが」
 獲りに行こうかな、とエルフィリアはちらと考える。キノコ類は魔物でもそこそこ見かけるので、薬草摘みのついでに獲りに行っても良い。ちなみにプラント種に分類されているので、冒険者のいい加減さも知れようというものだ。
「イズにはこれを食わすんですか?」
「そうですね……ステーキというのも芸がないので、揚げ物にしてみようかとは思っていますが」
 赤身と白身とどちらもフライにしてみれば、食べ比べもできて良いかもしれない。
「あー……あんた、揚げ物はできるんです?」
「経験はありませんが、できますよ」
 実際にやったことはないが、生前の記憶ではきちんと経験している。アルカレドは疑わしげな表情だが、手順も実践も心得ているから大丈夫だとエルフィリアは胸を張った。
 ――とはいえ、腕にいくつも火傷の痕があったな、ということも思い出してしまい、やや心もとなくなってしまう。
「ええと……リモーネに手伝ってもらいましょうか」
 エルフィリアの妥協を聞いてやっと、アルカレドも頷いたのだった。


「うっ、お姉さま、有難うございます……」
 リモーネが魔物魚のフライをもぐもぐ食べながら、涙を拭う仕草をする。実際に泣いているわけではないが、それぐらい感激しているというサインだろう。
「いえ、お手伝いいただけて助かりました」
 こちらこそ、である。エルフィリアの返しに、リモーネはこくこくと頷いた。
 いつもの調理場で、一緒にピスキス種のフライを作ったのだ。
 リモーネが礼を述べているのは食事に同席していることについてだが、むしろ手伝わせておいて食べさせないという選択肢はないので、エルフィリアは不思議な心地である。
「美味しいもんねえ……」
 イズが、噛み締めるように声にした。
 出来上がったフライは二種類で、白身にはタルタルソース、赤身は中心をレアに仕上げた上でロック種の岩塩を振ってある。タルタルソースは代替ではなくきちんと正規の卵を使用したものだ。
 魔力を完全に抜いた魔物肉のことを鑑みても、かなりの高級料理なのである。
「イズさんへの報酬は、このようなものでよろしいでしょうか」
「うん、充分充分」
 調べ物の対価についてだ。念のため確認を取ると、イズはあっさりと了承した。次は、リモーネである。
「……それで、リモーネへの報酬はどうしましょうか」
「えっ」
 驚いたようにリモーネの手が止まる。
「あの、食べさせてもらえてるだけで充分で、私、報酬が欲しいなんて思ってないんですけど」
「駄目ですよ」
 慌てて辞退するリモーネを、エルフィリアはやんわりと否定する。
 無為に施しをするのは良くない、それと同様に、善意だからといって労働力を搾取するのも良くないことだ。
「……そうですね、単に頼みごとをして、それに応えてくれただけならば構いません。けれども、私は今後もあなたにこういったことを頼みたいし、頼むでしょう。その際に、奉仕される関係を望んではならないのですよ、お友達でいたければ」
「おっ、お友達!」
「リモーネちゃんなら食いつくよねえ、その単語に」
 苦笑したイズが、以前のように簡単に話をまとめてくれた。
「単純にお金で払うこともできるけど、使用した食材の残りを分けてあげるっていうのが一番簡単で角が立たないんじゃないかなあ」
「まあ、それは分かりやすいし問題もありませんね」
「えっ、そ、それは有難いんですけどお……」
 エルフィリアは多様な魔物食材を手に入れられるし、魔力を抜く処理もできる。リモーネが入手できるような食材は種類も値段も決まってくるので、それ以上のものを出せるとなれば悪い取引ではないはずだ。
 なぜ渋るのかわからなくてエルフィリアが首を傾げたところに、アルカレドが口を挟んだ。
「単に、もらいすぎでビビってるだけですね」
「あっ、あー……そうなっちゃうか」
 それを聞いてイズが納得の声を上げた。
 つまり、エルフィリアが取ってくる素材は高級すぎて、ちょっとした手間賃としてはつり合わないということである。
「そうでしょうか……けれども、こちらとしても素材を使ってしまわないと溜まっていく一方ですし。売るにしても中途半端な量だと売りづらいのです。というわけで、助けると思ってもらっていただけると嬉しいです。図らずとも在庫処理を押し付けてしまうとなると心苦しいので、現金での支払いが必要なときは遠慮なく言っていただければ対応します」
 駄目押しにぎゅっと手を握って懇願すると、リモーネはあっさりと陥落した。
「はい! お姉さまの言うとおりに!」
 そんなわけで、取引はさっくりと成立したのである。


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2023 08 23