――アルカレド、イズさんにコロウの情報を尋ねても構いませんか」
「あー……はい、まあ、そうですね、いいですよ」
 エルフィリアが故国についてアルカレドに確認すると、歯切れの悪い返答がなされた。とはいえ、嫌がっている様子もまたない。求めてはいないが、拒絶する理由もない、といったところか。
 この問いには、複数の意図が含まれている。それを、アルカレドの方も汲んだということだ。
 トリルの町について、イズには迷宮のことと聖女とトラブルがあったことは報告している。ダジルについては、聖女の仲間にも絡んでくる男がいたと告げたまでだ。
 要するに、アルカレドの事情については話していない。
 それを、情報を得るためにイズに知らせてもよいかという問いである。そして、故国の情報を仕入れるということは、アルカレドが知らぬままに保っていた状況を崩すということだ。それらをまとめて、まあいいかという承諾を受けたのである。
「アルカレドについてですが――
 エルフィリアの方から、先日知り得た情報をイズに開示する。
 捕まってばらばらに売り飛ばされたとは何とも陰惨のようにも思えるが、アルカレドのけろりとした様子を見ていると、そんなに大した事がないような気もしてくる。なにしろ、当初は犯罪奴隷でもなかったのだし、その点では自由はなくとも人道的な扱いは保障されていたのだ。
――そのような事情ですから、コロウについて何かご存知でしたら教えていただけないかと」
「うーん、詳しくは知らないけど、二年近く前に王様が崩御したって話があったなあ」
「……なるほど、それだけ聞けば充分だ」
 アルカレドはあっさりと頷いた。それで未練はなくなったということらしい。
「えー、ほんとに? 他に知りたいことあったんじゃないの?」
「何かあるなら知っておきたい程度の心持ちはあるが、積極的に仕入れたい情報ってのも別にねえんだよな。あの独善者が死んだなら基本的な問題は片付いたようなもんだし、ダジルが自由に行動してる余裕があるなら、後始末もそこそこ済んでるなって感じもあるしな」
「そうは言っても、知りたいこともあるでしょう。あなたの故国ですし、ご家族のことも――
 問いかけて、ふとエルフィリアは言葉を止めた。家族の話を持ち出すのは踏み込みすぎではないか。でもここではっきりさせておかなくては、他に機会がないのではないか。そう考えると、何も言えなくなってしまったのだ。
「あー……いや、ほんとに、家族はもうないものとしてたんで」
 その葛藤に気付いたのか、言いづらそうにアルカレドは弁明した。
 アルカレドが生まれたのは、小さな村落だったらしい。両親は揃っていて、三兄弟の真ん中だった。長男は結婚し、子供も生まれる予定だった。そうなると当然、食い扶持を稼ぐ必要がある。働いて家に貢献するのは当前のことだった。
 しかしその頃のアルカレドの年齢は中途半端だった。成人はしていないが働ける年齢ではある。育ち盛りで、食事は一人前に必要だ。しかし稼ぎはそこそこでしかない。
 食い扶持を減らすために、家を出るのが一番の解決策だった。しかし、村では子供が一人で借りるような物件も無ければそのための資金もない。住み込みの仕事でも探すのが一番良かったが、それは村を出ることを意味したのだ。手伝いを条件に、流れの商人の馬車で連れ出してもらうほかなかった。
「結局は軍の入隊テストに受かったんで、寝床も食事も賄えてちょうど良かったですね」
 将来を見越して見習い用の宿舎に入れてもらえたらしい。他にも似たような境遇の少年たちがいて、成人までは雑事をこなしていたようだ。
 淡々と話すアルカレドの顔には、寂しさのかげりすら見出すことはできなかった。
「ええと……村に帰ることはなかったのですか」
「いや、村を出るってことは、もう共同体の一員じゃないってことですからね」
 つまり、家族の縁を切ったと同義になるらしい。この執着の無さを見ても、家族の情は薄かったようだ。エルフィリアも人のことは言えないのだが。
「いま思えば、狩人には向いてたんですが、当時は武器なんて持ったことなかったから気付かなかったんですよね」
 アルカレドは単に事実を述べただけのようで、残念そうにも見えなかった。当時から、勘は鋭かったのだろう。
「……それでそんなに、他人への情が薄いのですね」
 幼少期に家族との関係を上手く構築できず、軍に入ったあとは結局騎士団へと所属替えをしている。誰かと密に付き合う機会があまりなかったと見える。
 ――その評は、エルフィリアにも当てはまるように思える。実は結構、似た者同士なのではないかとエルフィリアは納得しかけていた。
「……お嬢様、その訳知り顔はなんです? 俺はあんたほど世間知らずじゃねえからな?」
 アルカレドは、仲間意識を持たれても困るという顔になった。
 なかなか手ごわい従者である。
「あー、うん、エルフィリアちゃんが心配なら、ある程度イズさんが調べとこうか?」
「えっ」
 意外なところから手が差し伸べられたものだ。とはいえ、イズの方も暇ではあるまい。
「いやー、もちろん、家族のことまでは調べないよ? アルカレド、嫌がりそうだし。その他の大まかな情報ならこの国にいても調べられそうだしねえ。――ってえか、ギルドの嘱託請けるのもそろそろやめようかなあってのもあって、暇ができるかもってことで」
「ギルドからの仕事、辞めんのか?」
「うーん、完全になくす必要はないかもしんないけど、まあそんなにやんなくていいかなーって。エルフィリアちゃん見てるとさ、確かに、冒険者の階位を上げるのも上級の迷宮に潜るのも、やんなくても生活できんだよねえ。正直、お金は余ってるぐらいだし」
 イズは贅沢を好まないようなので、金を費やすことがあまりなさそうである。宿も高級宿ではないし、武器も迷宮産なので、装備に金を掛けることもないのだろう。
 仕事を請ければ無論稼げるが、もっとのんびりしていても良いはずだという結論に至ったらしい。
「有難いが……正直言うと、あんたに借りは作りたくねえんだよな」
 意外にも、アルカレドは渋っている。
「えっなんで? イズさんそんなに信用ない?」
「いや……実を言うとその逆だから困ってんだわ。のちのち、あんたに頼みたいことがあったんだが……ここで世話になるとやりにくいって話」
 イズは目をぱちくりとさせて、話の後半の方に食いついた。
「え……っ、頼みたいことって?」
「別にいいだろその件は……いま聞いたって意味ねえって話だよ」
 鬱陶しそうにアルカレドは横を向く。
「ええと……では、手が空いたらで構いませんので、私から依頼するということにします」
 話が脱線していってしまうので、エルフィリアは軌道修正をした。結局、イズが初めに言った通りの筋だ。
「えー、別に、依頼とかはいいかなあ……冒険者と何か契約を交わす際は、ギルドを通す必要があるでしょ」
――冒険者同士の場合は省略が可能、でしたね?」
 面倒だからと規則を持ち出すイズに、エルフィリアは同じく規則で返す。
 そもそもギルドが間に入る必要があるのは、横暴な冒険者から依頼者の権利を守るためだ。当事者が冒険者ならば好きにしろということである。
「えっと……よく勉強してるね」
「あー、お嬢様。本当に、情報がないならそれで、俺は構わねえんですが」
「くどいですよ、アルカレド。どちらにせよ、私が気になるので調べます」
 単にそう決めると、エルフィリアの気持ちはすっきりした。アルカレドのことを慮って、調べない方がいいのではないか、エルフィリアが横やりを入れるのではなく自分で依頼させた方がいいのではないか、などと気をもむのは無駄だと突如悟ったのだ。
 ――自分が気になるから調べる。それで良いのだと思う。
――とはいえ、イズさんが欲しがるような報酬って何でしょうか」
 金でも構わないが、即物的すぎるし欲しい物ではないだろう。
 エルフィリアは、首を捻ったのだった。


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2023 08 15