エルフィリアは早速、持参した白い粉の正体を明かす。
――こちらは、ゼラチンです」
「ゼラチン」
 意外だったのか、イズは惚けたように口を開ける。
 エルフィリアはゼラチンのことを思い出して作り方を調べてはみたものの、濾過や酸漬けまたは石灰処理などがややこしいと判断したので、業者に丸投げしたのだ。羊の場合は牛や山羊と処理が同じだったはず、と思ったがそれも定かではないし、第一魔物だと原理が違うのかも知れない。特殊なことは専門家に任せるべきである。
 ただし、費用はそこそこ掛かった。そもそも、基本的に持ち込みによる処理を受け付けていない上に、こちらは継続的な契約が見込める相手でもないのだ。商業ギルドを通して業者を紹介してもらったが、話を受けてもらえただけで御の字といえよう。
「私はゼリーぐらいしか使用例を思い付かないのですが、リモーネなら他にもご存じかと思いまして」
「そういえば、ゼラチンは知ってたんですね、貴族にしては」
 アルカレドが口を挟んだ。――骨を使ったものなのに、というわけだ。
「ゼリーはありましたからね。貴族的に分類としては別なのだと思いますよ。残り物を集めて食べようとしたわけではなくて、ある特徴を利用するため抽出した結果、という考え方なので」
 目的の違いだろうか。前者は余った骨をどう利用するかであり、後者は初めから骨が目的だ。
 ゼリーは冷やすタイプのデザートだが、冷蔵箱がなくとも氷は使えるし、氷魔法を使える使用人を雇うこともある。生前の記憶の方ではそこまではいなかったが、生家である公爵家にはいたかもしれない。魔法士になるほどの威力はないが魔法は使える、という平民もちらほら存在するのだ。火種魔法だけは使える冒険者がいるのと同じようなものである。その場合、緻密さはまったくないので、調薬に使えるかといえば怪しいところだ。
「ジュースを買ってきたのでゼリーは簡単に作れますが、今度また、吊り果実を採りに行ってみましょうか」
 手持ちの果実はすべてジャムにしてしまったので、残しておけばよかったという若干の未練がある。魔物食材は生では食べないという考え方が浸透しているので、果実をそのまま使っても食べてもらえないかと思って加工してしまったのだ。
「それもいいですね。――で、リモーネはなんかアイデアあんのか」
 話を逸らしてしまったのは自分だからなのか、アルカレドは軌道修正をする。
 問われたリモーネは、えっ、と一瞬固まってから考える姿勢を見せた。
「ううん、お菓子以外でも使えるんじゃないですか……? 冷やした液体が固まるならスープも固められますよね。ちょっと固めて肉とか混ぜて包んで、揚げたり焼いたりしたら中からスープがじゅわーっと出てくる食べ物になるんじゃ」
「えっ、いいなあ、イズさんそれ食べたい!」
「……なるほど、でしたらリモーネにもゼラチンをお分けしますね」
 小分けにした瓶を差し出すと、リモーネは戸惑ってしまった。
「え、ええっと、お姉さま……これも高価なものなんですよね? あんまりあれこれ貰ってもどうしたらいいかわからないんですけど」
「ええと、そうですね……基本的にこれらの食材や調味料というのは、実際は半分持て余しているようなものなのです。好きで獲っているものではあるのですが、使い方をあまり思いつかないので」
 エルフィリアは、下ごしらえなどの作業は慣れていたし料理を作ることはできるのだが、メニューの組み立ては得意ではない。食材があっても、組み合わせのバリエーションがあまりないのである。
「ですから、使っていただけると楽なのですが」
 実際問題、使い切らなかった食材の残りがどんどん溜まってしまうことになる。魔物食材ならいくらかはまとめて売れば良いが、売るほどの量でなかったり、通常の食材であったりすると少々困るのである。お嬢様のエルフィリアが、節約の仕方などを知っているわけもなかった。
 そして、提供を持ちかけられるのも今だからこそである。施しが良くない結果を引き起こすという思い込みは、そもそも生前のものだ。比較対象が孤児なのである。貴族令嬢としても、そもそも対等の立場で物をやり取りしたことがほとんどない。基本的には契約の対価、もしくは貴族の慣例によるものだった。
――私、人に物をあげるということがよくわかっておりません。ですから、リモーネで試そうという下心はあります」
 自分の目論みを、エルフィリアははっきりと告げてみた。
 通常ならば失礼な行為になることぐらいは、彼女にもわかっている。要するに、あなたを利用しますという宣言だ。それでも、黙って利用するよりは告げる方が誠実なのではないかと考えた結果であった。
「なるほどわかりました、お姉さまのお眼鏡に適うように頑張ればいいのですね」
――え?」
「見事に、需要と供給が噛み合ってるねえ」
 感心したような声を上げたのはイズだ。
「本当はけっこう難しいんよね。自分が欲しいけど手の届かない物が、相手にとっては要らない物だったり簡単に上げられる物だったりってのは。相手と自分の立場が決定づけられちゃうし、それこそ施しだからねえ。一回きりならともかく、常態化しちゃうと自尊心をがりがり削られちゃうか利益を求めた残飯漁りになっちゃうのが落ちだけどね。リモーネちゃんの場合、エルフィリアちゃんから貰えたら何でも嬉しいみたいだから」
「いいんじゃねえの?」
 アルカレドが端的にまとめて、とりあえずは良いようだった。
「あっ、でしたら、お肉もあるのですけれど」
「そうやってすぐ供給過多になるのは良くねえんですが」
 ――とはいえ、加減は覚える必要があるようである。


 エルフィリアが部屋でちくちく刺繍を施していると、アルカレドがそれに目を留めた。
――それ、魔力の入った糸ですか?」
「はい、先日獲ったアリエス種ですよ」
 風属性のアリエス種だ。クッション材にと求めたものだったが、後日、さらに等級の高いものを獲りに行ったのである。その残りを糸に加工したものだ。
「そろそろ春ですし、冬用の防具も着なくなりますからね」
 エルフィリアの言うものは、防具というよりもコートである。革のビスチェなどは所持しているものの、彼女はあまり防具らしい防具は身に着けない。
「ん……ということは、それ、防具代わりなんですか?」
 エルフィリアが針を通しているのは、ただのワンピースにスカーフだ。どう見ても、防具ではない。
「お試しではあるのですが、属性が付与されないかと思いまして」
 エルフィリアが施している刺繍は、風属性だ。衝撃を吸収する属性なので、ちょうど良いかと思ったのだった。布ならば割れるものでもなし、衝撃がうまく分散されるのではないかと考えたのである。
「夏用には、炎属性の刺繍で暑さをしのげるか試してみたいものですね」
――布って、普通に防具として売ってねえもんですかね」
 通常の属性防具は革製のものか鎧などだが、布が存在しないというわけではない。インセクト種の糸は高すぎるので一旦置くとして、アリエス種やキャプラ種の糸で作った布というのは一応ある。
 ただし飽くまで「防具」としてなので、ワンピースのような型は明らかに存在しないし、実用性重視のため色のバリエーションもないのだ。さらにいうと、風属性は需要がないので売られていない。属性素材なので高すぎるのである。炎や氷のように属性攻撃を防ぐというわけでもなく、それなりの値段だけはするのだ。これは、需要がないなら安くすればよいという単純な話ではなく、属性素材を加工する用の道具が高いのである。
――というわけで、ありませんね」
 欲しければ、自分で素材を獲ってきて加工業者に頼むのが手っ取り早い。魔物素材の加工を請け負う業者というのはそこそこあるのである。
 手数料を取られるので素材として直接売り込むことはないが、加工だけならそれなりに需要と供給が成り立っている。ただし一か所ですべて賄えるとは限らず、加工ごとに別の店に持っていったり、武器などは加工のために複数の素材が必要だったりするため、面倒がる冒険者もまた多い。その場合は仲介人に金を払って代わりにやってもらうか、諦めて完成品を店で買うか、である。手間を惜しむごとに金が掛かるのだ。
「お嬢様は、糸を布にはしないんですか」
「そこまですると素材を消費しすぎるというのもありますが、染色もしたいし、一着だけだと満足できないので……と、きりが無くなっていく気がします」
「……なるほど」
 単に装備を揃えるだけなら金も充分にあるので、さほど手間ではない。
 しかしエルフィリアの欲しがるものは普段着に近いものなので、いろいろと通常の運びにならないのだった。


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2023 07 27