――あら」
 この日、調理場を借りようとしたエルフィリアは、先客を見つけた。
 リモーネがいるのは想定内だが、今日はそこにもう一人加わっていたのだ。
「ありゃ、奇遇だねえ」
 ひょろりとした印象の男が、ぷらぷらと片手を振ってみせた。イズである。
「……これまた」
「意外な組み合わせですね」
 思わずといったようにアルカレドの口から言葉がこぼれ、エルフィリアはそこに便乗した。
「あー、っつっても、イズさんも来たばっかりで」
「お姉さま、いらっしゃいませ。……というわけで、私もまだ話を聞いてないんですけど」
 リモーネも困惑顔であり、この場の主導権はイズに任された形になる。
「うーん、ちょっとまあ、気になる依頼書が出てたから訊いてみようと思って」
 イズはギルドの依頼書をぺらりと取り出した。これはギルドで貰える写しである。文字情報を別の紙に複写する魔術具があるのだ。ただし、専用の紙とインクしか使えないので、書類の偽造には使えない代物である。
「依頼……とおっしゃるのは、リモーネが何か情報を知っているということでしょうか」
「いやー、ってえかこれ、リモーネちゃんの依頼なんよね。たぶん受ける人出ないから確認しとこうと思って」
「えっ、ジンシャーは何も言ってなかったんですけど!」
 依頼の受付は幼馴染に頼んだらしい。その際に注意や不備があったわけではないということである。
「見せていただいて構いませんか?」
 イズから依頼書を受け取って、エルフィリアは目を通した。依頼自体はシンプルなものだ。
「魔力抜きの済んだアウェス種の骨……ですか」
 図らずもまた骨が出てきた。珍しい依頼だと思って首を傾げる。リモーネと、骨の依頼が結びつかないのだ。
「骨を何に使うのでしょう」
「いわゆる鶏ガラスープにしたいんじゃねえかと思いますが」
「……えっ?」
 アルカレドは、リモーネと魔物素材、といえば料理だろうという発想に容易にたどり着いたが、エルフィリアにはわからない。なぜなら、
「……スープ、ですか」
 骨でスープを作るということは彼女の知識にはないからだ。余り物の骨を集めて食べるだなんて、貴族からすれば貧民の食事としか思えない。当然、貴族の食卓には上がらず、生前の知識にもなかったのだ。ちなみに鶏自体は飼育数が少ないので、どちらかといえば上流階級向けの食材となる。
 リモーネから特に訂正が入らないところを見ると、アルカレドの予想は間違ってはいないようだ。
「骨は流通していないから依頼に出した、ということかしら」
「あー……魔力抜き、イズさんがやってるの見ちゃったからだろうねえ……個人でできる人がいるなら頼めばいいって感じになったのかなあ」
「あ、はい、そうです。……何で駄目なんでしょう」
 リモーネは純粋な疑問を顔に浮かべる。
 小形のアウェス種ならそこらの森にもいるので、入手が難しいということはない。迷宮の魔物にしても素材として分割しなければ持ち帰れないが、アウェス種ぐらいなら「骨付き肉」という分類で、そこまでバラバラにしなくともいけるだろう。首を落として羽をむしるぐらいの処理でいけるのではないかという感覚である。
「骨はまあ……魔力抜きが面倒だからかなあ」
「……そうなのですか?」
 声を上げたのはエルフィリアだ。魔力を抜くのは確かにひと手間だが、部位によって煩わしさが変わるなどというのは初耳だった。
「あー……エルフィリアちゃんはまとめて魔力抜けるからわかんないか。うーん、例えば普通に骨付き肉の魔力を抜いたとして、その場合は肉しか抜けないのね。骨は魔力定義が違うから、骨だけまた抜かないといけない」
 エルフィリアの場合は使い分けができる。大抵は皮やその他の素材はそのままで肉だけ魔力を抜いているが、やろうと思えばまとめて処理できるのだ。ただしそれは魔石を用いて魔力を操っているからであって、通常の魔力抜きの手法なら恐らくそうはいかない。
「骨だけ集めるのが手間ってことですか?」
 それぐらいのことは自分でしますけど、とリモーネは妥協案を探っている。どうやら、魔力抜きの持ち込み依頼をしても、分割処理の関係か、肉だけになって戻ってくるようだった。
「うーん……こないだやってみた方法がまず一般向けじゃないんよねえ……通常は、魔石をくっつけてそこに魔力を集めるんよ。……つまり、骨一本一本処理が必要かもって話」
「えっ」
 それは確かに面倒くさい。というのが、リモーネにも伝わったようだ。
「それから魔石の問題もあるかなあ。仮に一本ずつ処理としたら、その分魔石が必要だからねえ」
「魔石の使いまわしというのは難しいのですか」
 ひとつ閃いて、エルフィリアは質問した。
 単純に考えれば、小の魔石ならすぐいっぱいになってしまうが、大ならば容量に余裕がある。満杯になるまで使いまわせば良いのではという意見である。
「うーん、それも微妙かなあ……通常の方法だと、魔石のサイズに合わせて廃棄分が増えるってことになるから」
 魔石の周辺に魔力濃度の濃い部分が集中するので、それは当然、魔石が大きくなればその分範囲が広がるのだ。
「そもそも、一本ずつだとしたら廃棄分も増えるし、その分割るか切るかの手間が要るでしょ。さらに魔石の数も増えるとその分の請求も増えるし、そもそもの廃棄率がちょっとはっきりしないからねえ。ちゃんと払ってくれる依頼主だとしても、細かい交渉を面倒がってまず受けないと思うよ、これは」
「ええー、そんなあ……」
 リモーネは、見る間にしょんぼりした。
「詳しいですねイズさん」
「まーね、こないだやってみてからいろいろ聞いてきた」
 エルフィリアが尋ねると、勉強熱心な答えが返った。
 個人で魔力抜きができるということは、他にやっている者もいるのではないかと思って探りを入れたようだ。自分でやるならどの程度まではできるものなのか、業者に頼む場合はどういう違いがあるのか、費用の相場など、である。
「じゃあなんで依頼通したのよぅ」
「そりゃ、あわよくばだろ」
――あわよくば?」
 アルカレドの指摘に、リモーネはきょとんとした。
「もし依頼が達成されたらおこぼれにあずかろうってはらだろ」
「あー、そっかあ……その後の話ってわけね」
 依頼が達成できるかどうかではなく、依頼が達成されたあとの自分の利益を優先したということだ。リモーネの目が据わり、ジンシャーには分けてやらないと宣言した。確かに、どういう理由があろうと仕事に私情を差し挟むのはよろしくない。
「そっか……でも結局、依頼自体が難しいってことなんですよね」
「うん、それなんだけど……イズさんやってもいいよ?」
――あっ、えっと」
 イズの提案に、リモーネは即答しなかった。
 ――そこでやっと、エルフィリアにもわかったのだ。リモーネは、ただ善意を受け取るだけの子ではないということが。
 先ほどの話を聞いて、コストが掛かりすぎることをリモーネは理解した。だからこそ、安易に頼むことを躊躇しているのだ。ここで、その分報酬を積むという手もあるが、リモーネにはそれだけの元手がない。
「頼んじゃっていいのかなあって思ってるでしょ」
「う、はい……」
 依頼書には、必要経費は払うとなっているものの、報酬は業者に肉の魔力抜きを頼んだときの値を基準に多少色を付けた程度である。それでは安すぎたという結論だ。
「うん、だから条件のすり合わせをしようかなと。確かに通常の方法だと難しいんだけど、イズさん魔石をくっつけないやり方使えるから、実際はそんなに手間じゃない。まず、抜け石のお代は必要経費だから払ってもらう」
――はい」
「獲物はイズさんが獲ってきた方が早いかな。その代わり、解体はリモーネちゃんがすること、出来上がったスープはイズさんにも味見させてくれること、で、どう?」
「えっ、はい、いいんですか……?」
「その上で、一食くわせてくれるなら、残りの肉も進呈しましょう!」
「お願いします!」
 戸惑っていたリモーネも、最終的には勢いで乗せられてしまった。技術料を考えると、かなり破格の条件である。
「ん、じゃあここ、条件の詳細追加するから、合意のサインしてね。それで、ギルドの受付持ってって受諾手続するから」
「イズさんは、その条件で充分ということですか?」
 リモーネ本人は訊きにくかろうと、エルフィリアが尋ねてみた。
「うん、だってイズさん料理できないから、上質の魔物料理食べるならいい機会でしょ。確かに、お店の料理の魔力をあとから抜くことはできるんだろうけどさ、それは作った人に失礼だからあんまりやりたくないかな」
――あ、はい、それもそうですね」
 エルフィリアは便利だからいいやという思考だったが、確かに、作った料理に勝手に手を加えるのは、料理人をないがしろにした行為である。
「あ、そーいや、エルフィリアちゃんはどうしてここに?」
 いつもの作業場ではなく調理場の方に来たということは、何か料理を作るということなのだろう。そう判断したか、イズの灰色の目が期待で輝いた。
「私も骨絡みなのですけれど、これを作ってみたので試そうかと思いまして」
 エルフィリアは荷物から白い粉の入った瓶を取り出した。
「……骨? そのまま粉にしたってわけじゃないんだよね?」
 単に粉にしたものを料理に使うとは思えない。見慣れないものを前に、イズはきょとんと首を傾げたのだった。


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2023 07 24