「十層で手を打ちますか?」
「とりあえず、そこまでにしましょうか」
 本日の目標である。
 初めての迷宮は一層ずつ潜っていくしかなく、深い階層に入りたければそのまま突き進むか、帰還ポイントを見つけて何度も潜り直すことになる。エルフィリアが寮に帰る必要はもうなくなったので潜り続けることも不可能ではないが、一日の終わりにはやはり、宿に戻ってベッドに入りたいものだ。
 アルカレドが十層で、と言っているのは、とりあえずのお目当てがそこのボスだからである。
 この迷宮で、風属性のアリエス種が出ると聞いたのでエルフィリアはやってきたのだ。何に使うかといえば、後回しにしていた、馬車に乗る用のクッションである。少しは良い物で作りたいと思っていたら、なかなか素材が決まらずにそのままになっていたのだ。
「風属性か……そういえば、炎と氷は互いに打ち消し合う関係だし、雷も属性として取り上げられますが、その他の属性であまり耐性がどうとかって話にはならねえですね」
 基本的に、耐性薬として上げられるのは炎、氷、雷の三種。属性防具もそれに準じ、属性武器もさほど変わらない。風属性の武器はたまにあるという程度である。
「雷属性は水に特効があると言えますが、逆に水魔法は攻撃として使われることは多くありませんからね。水属性の魔物も、どちらかといえば土を泥にしたりなど、周辺環境を整えるために魔法を用います。だから相反する関係として挙げることはあまりありませんね。――土魔法と風魔法、これらは突き詰めて言うと物理になります」
「物理ですか」
「発生原因が土や風というだけで、起こった現象としては物理に近いのです。土魔法は壁や礫、鈍器の類なので、起こった結果に何か属性が乗っているというわけではありませんね。風属性も、何かを浮かせたり吹き飛ばしたりで補助に寄っていますし、攻撃といえば刃の形にして飛ばしますからやはり物理ですね。剣で斬ったときと結果は変わりません」
「……確かに、土や風の属性で防具を作ったとしても、それらの攻撃を防ぐという感じじゃないですね」
「そのようなわけで、対策が必要といえば基本的には三属性になりますね」
 土属性や風属性の防具自体が存在しないというわけではない。ただ、属性耐性を目的としてそれらの装備を選ぶことは基本的にはないと言っていい。相反する属性というのも定義されないのだ。
「うーん……それはそれとして、今回土じゃなくて風なのは、なんか理由があるんですか」
 どちらでもいいのか、それとも敢えて風なのか、という話である。
「根拠というよりも勘なのですけれど、風の方がいいのかしらとは思いますね。恐らく、風は衝撃を吸収しますが、土は反発してしまうと思うのです」
 あまり詳しくないのでイメージで語っている部分はあるが、土属性の素材でクッションを作ったとして、衝撃を跳ね返したりしたら嫌ではないか。と、いうわけである。
 ちなみに土や風の属性防具は、防御力が高い代わりに劣化が早いと聞く。衝撃を跳ね返すにしろ吸収するにしろ、ダメージがダイレクトに蓄積されてしまうようだ。
 属性といえば以前、別々の属性の素材を組み合わせて複数属性の装備が作れるのではという話があったが、素材は手に入れたものの手つかずになっている。実際は、作った時点で満足しそうなので保留にしているのだ。使わないとなれば勿体ないので、必要になるときがあればでいいかなという気もしていた。
 こんな話をしながら潜っているのは、半分は暇つぶしである。
 アルカレドがすとんすとんと首を落として魔物を屠ってしまうので、エルフィリアは手持無沙汰なのだ。アルカレドも、それに付き合える程度には余裕があるので話を振っているというわけである。
 彼の実力でいうと、十層までというのはかなりのんびりしたペースである。なぜそんなに遅いかといえば、いちいち素材を拾っているからだ。今までは、手間が掛かるので大物以外はあまり手を出さなかったのだが、金が必要になったので地道に稼ぐことにしたのである。
 それについては任せっきりなので、エルフィリアには黙っていても半金が入ってくるというわけだった。


――で、始末はどうします?」
 アルカレドの傍には既に、十層ボスのアリエス種がごろんと伸びている。
 これを仕留めたのはエルフィリアだ。仕留めた――というが、麻痺させただけなので実際はまだ生きている。
 初めはまた、刈ってから毛を伸ばしてムートンにしようと思っていたのだが、魔法でそれを為してしまうと肉などの素材が取れない。魔法によって悪影響が出る可能性があるからだ。それはそれで勿体ない。
「ムートンにしてクッションカバーにしようかしらと思っていたのだけれど、迷っているといえば迷っていますね」
「カバーですか……でしたらまた、別に獲りに行くことになるんですかね」
 ――アルカレドは、エルフィリアのことをよくわかっている。
 劣化や汚れによってそのうち取り換える必要が出てくるだろう、ということもあるのだが、エルフィリアならば、恐らくは――飽きる。
 使わない物を見栄のために揃えるのは無駄だ、という貴族らしくない感覚はエルフィリアにあるものの、使う物ならば金を惜しむ必要はないという思い切りもあり、平民の感覚ともかけ離れている。そこそこ贅沢に慣れてしまってはいるのだ。
 何の変哲もない灰色のクッション。手触りも質も良いはずだが、外出の度にそれを使うとなれば飽きてもおかしくはない。
 そうなれば同じものを仕立て直すというわけにもいかず、また別の素材でクッションを求めることになるだろう。どうせ替えるのなら、わざわざムートンというひと手間を掛けなくても良いのでは、ということなのだ。
「しかし、他の魔物素材といっても革ぐらいですし……革のクッションをいくつも仕立てるというのも……ううん、キャプラ種やアリエス種の革なら確かに柔らかいのですが」
「あ、お嬢様、長考ですか?」
 ――いつものだな、と慣れてしまったアルカレドは邪魔をしないように口を閉じた。ここで下手に意識を逸らせたところで、結果的にはより時間が掛かるだけなのである。
「布があればちょうど良いのですが……羊毛で糸を作ってそれから布に……それだと少々弱いでしょうね」
 糸にすると、その過程で含有魔力が目減りしてしまう。無くなるわけではないので属性が消えることはないのだが、魔物の等級自体が低いと求める品質には届きそうもない。
「このままじゃ使えねえってことですか」
「ええと……このままではカバーにはなりませんよね」
「いや、カバー以外には使えねえんですか」
 ――ん、とエルフィリアの思考がアルカレドの言に一旦止まる。
――あ、そうです、そうですよね……それで構いませんね……」
「お、解決しました?」
 エルフィリアの様子に、とりあえず方向性が定まったのだな、とアルカレドは判断する。
――はい、羊毛だけで構いません」
 なんのことはない。
 カバーから作ろうとするから行き詰っただけの話で、中身だけにすれば解決するのである。中のクッション材として羊毛を使えばいいのだ。それなら加工する必要がないので、素材の魔力が逃げることもない。飽きてもカバーを取り換えるだけなので、そのまま使えることになる。
 この迷宮は潜るほど魔物の等級も高くなる。より格の高い素材が欲しければ、再訪時に深層を目指せばいいのだ。属性付きの迷宮ではないものの、風属性のアリエス種が棲息してる環境があるのだから、さらに下の層にもいる可能性が高いだろう。
「ん、じゃあ、残りは解体でいいですね」
 手際よく毛刈りを済ませてエルフィリアに羊毛を渡すと、あとは血で汚れても構わないとばかりに、アルカレドは止めを刺して解体を始める。
「そういえば、血や内臓はともかくとして……骨も役に立たねえ部位ですか」
 角、皮、肉などを素材として切り取った残りはそのまま廃棄することになる。内臓は食べられなくもないのだが、内臓というだけで魔物食のゲテモノ感が一気に上がる。はっきり言うと、需要がないのである。中には工夫して獣肉と同じように食べる試みもあるようだが、ほとんどは趣味の範疇であり、解体屋で出る屑で間に合っているのだ。迷宮内のものまで解体して持ち込めば、供給だけ増えて値が付かなくなってしまうのでさすがにアルカレドも手が出ない。
「骨……は、よほど魔力がない限りは、需要がないかと思います」
 そもそもが、優先的に魔力の詰まっている部位ではないため、中途半端なのだ。
 エルフィリアだって竜の骨の杖を使ってはいるが、竜は魔物ではない。分類上は獣であるが、魔獣と呼ばれている。魔物と違って魔石は取れないが、相応の魔力を持ち、ときに魔法をも使える獣を魔獣と称すのだ。その魔力は上位の魔物並みであり、竜までいくと災害級の魔物、等級でいえば最大数の十に匹敵する。骨を利用するならば、少なくとも等級が八は欲しい。
「通常の獣の骨は粉にして肥料に使うと聞いたことはありますが……まあ無理でしょうね」
 そのまま使えばやたらと魔力の多い土地になってしまう。肥料どころか、植物が負けてしまって育たないだろう。魔力を抜けば使えなくもないだろうが、たかが肥料にそこまでコストを掛ける意味がないのである。つまり、需要はない。
「ふーん……じゃ、基本的にボスであろうと骨は要らんってことでいいんですかね」
「ええ、そうですね……いえ、待って」
 骨といえば、もう一つ、別の利用法がエルフィリアの頭に浮かんだ。詳しい作り方は知らないが、調べてみればわかるかもしれない。
「……試してみてもいいかもしれませんね、持って帰りましょう」


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2023 07 21