「そーいや、訊くのが後回しになったんだけどさ、これって魔物産の蜂蜜だよねえ」
 しみじみとイズが言うのでエルフィリアは頷いた。とはいえ、イズならば食べる前から予想していたことだとは思うが。
「……もしかしてこれも、魔力抜いてる?」
「はい、そのまま食べられるプラント種などでも、魔力を抜いた方が美味しいですよ」
「そゆとこ、けっこう手ぇ抜かないよね、エルフィリアちゃん」
 答えを得られて、ふんふんと満足げにイズは首を縦に振った。
「といっても、イズさんにもできますよね?」
「えっやったことないよイズさん、何を根拠に」
 エルフィリアの指摘にイズは驚いた顔を見せた。エルフィリアがやっているのを見ていたせいか、完全にその可能性は排除していたらしい。
「普段のやり方ではなくて、蜂蜜は一般的な魔力抜きの手法を用いたのです。それだとイズさんにも可能ですよ」
「ええー……そーなのぉ……?」
 本人は懐疑的だが、イズが魔力の矢を操るのを見たエルフィリアからすれば、あれができるならそれぐらい軽いだろうという判定だ。魔力操作の精密さは、エルフィリアよりも上かもしれない。
 そもそもイズがやろうとも思わなかったのは、魔法が使えないからだろう。エルフィリアがやっていたので業者でなくともできるのだなという気付きと同時に、それが魔法なら無理だな、と判断したということである。
 魔法というのには種類があるのだが、使えないというと基本的に放出魔法のことを指す。一般には放出魔法のことを魔法と呼んでいるからだ。厳密には誓約魔法や魔術具の術式なども魔法である。そして、魔力の放出ができないことと、放出魔法が使えないことは実際にはイコールではない。放出魔法用の術式が扱えるかどうかに係る。つまり、発動語トリガーが使えるかどうかの一点である。イズの場合は恐らく、声に魔力が乗らないのだろう。
「でもさあ……イズさん解体しないから、使う機会ないしねえ」
「市販されている魔物肉に使うと良いですよ」
 魔力抜きが甘いという理由で安くなっている肉は、魔力を抜き直せば高級品に早変わりである。試したことはないが、恐らくは屋台で売っている串焼きなどでもいけるのではないか。鍛冶などは“完成品”になってしまうとそれ以上の手は加えられないが、料理はいったん完成してもさらにアレンジを加えたり別のものと合わせたりできるので、“完成”の判定がどうやら曖昧なのだ。
 とはいえ、最高級の肉を食べたければ自分で獲る方が確実だろう。やたらと等級の高い肉は魔力が多い。魔力抜きの手間と費用が掛かりすぎるので流通しづらく、しても高すぎるのだ。
「うーん……じゃあエルフィリアちゃん、教えてくれる?」
「はい、構いませんよ」
 いつでも、と心構えをしたエルフィリアだが、イズの行動が早い。
「ん、じゃあリモーネちゃん、何か使えるお肉あったら使わせて」
――え、はい、お肉はあります」
 魔物肉は保存を気にする必要がないので、欲しいものがあればとりあえず入手することにしているらしい。
 リモーネがどんと出してきたのはボア種の肉だった。討伐パーティに参加して自分で獲ったこともあるということだったが、これは市販の肉らしい。つまりそこそこの魔力抜きは既に施されているものである。
――あの、でもそれは、リモーネのものでしょう……?」
 使っていいとは言えなくて、エルフィリアは困ってしまった。だってそれは、リモーネが魔物肉を食べたくて買ったものだ。魔力抜きで廃棄分が出れば、いくらかは無駄にしてしまうことになる。
「出してくれたってことは大丈夫なんよ」
 イズはまったく気にしないかのようにへらりと笑って、リモーネに向き直った。
「はい、じゃあ取引ね。失敗して無駄になっちゃったら弁償するか、新しい肉を買ってくる。成功しても廃棄分が許容量を超えたら同様、で了解?」
「はい、いいですよ」
 その様子を見るに、条件自体は初めから付けるつもりだったらしい。
 エルフィリアが付いていけなくて唖然としていると、イズは苦笑を返した。「あんね、友達同士だったらこういうので大丈夫だから」と言ってこめかみを指でつついてみせる。臨機応変に対処しろというサインだ。
 エルフィリアの知識にないやり取りだった。
――ええと、まずは原理を説明しますね」
 魔物の魔力というのは、つまりは他者の魔力なので直接操作できるわけではない。エルフィリアの普段のやり方は、魔物の魔石を媒介にして操作を可能にしているというものである。しかし抜け石を使う方法ではそれができない。
 そのため、自分の魔力でもって魔物の魔力を押し込むというような方法になる。間接的に操作するというわけだ。だから魔石は対象に接しておく必要があるのだが、もう一つ別の方法がある。それは自分の魔力で魔物の魔力を包んで動かすという方法である。先日エルフィリアが使ったのはこちらで、その場合は魔石を接しておく必要がない。その分魔石とのパスを繋ぐので魔力操作が精密にはなるが、上手く抜けた場合は廃棄分が出なくて済む。
――と、いうことなのですが、イズさんは魔石を離しても魔力操作できますよね」
「えっ」
「回数も一度で大丈夫ですね、その方が質が良くなるので」
「えっ待って、イズさん初心者なんだけど!」
 エルフィリアだって一度で成功したのだ。まったく心配をしておらず、エルフィリアは抜け石をごろごろと用意した。対象は肉なので、蜜のときよりもかなり魔力はあるはずだ。使用する魔石が足りないと余剰分の魔力が溢れて戻ってしまう。かといって数を増やしても、その分魔力操作が難しくなるというわけである。
「ええと……あっそうです、アルカレド!」
――はいはい」
 アルカレドは心得て、魔物肉のブロックに手を触れた。
「うーん……まあ、中五個ってとこですかね」
「えっアルカレドわかんの」
 目を丸くしたイズに、便利でしょうとエルフィリアが得意顔になった。念のため、魔石は六個にしておく。
 ――さてあとは、実践あるのみである。
――あ、うん、いけたね」
 結果としてはあっさりと成功した。
 試してみたイズは、成功したのに未だ実感のないような顔をしている。
「これ、簡単に言うけど、かなり複雑な操作してるよ。こんなもん、一般化できたら高級肉なんか流通しまくるけど、エルフィリアちゃんわかってんのかな」
 魔石を接しない手法のことだ。魔石が多いと操作が難しいということは、魔石を減らせばいい。つまり、小分けにしてから処理すれば一度に扱う石が減り、理論上は廃棄分が出なくなるということになる。
「アルカレドと組んで加工業者やれば、すごい儲かりそうだねえ……」
「やんねえぞ、俺は」
 単なる戯言に、アルカレドは律儀に返答している。
「そう言う……アルカレドさん、はこの作業できないんですか」リモーネが尋ねるが、
――は? おまえにそう丁寧に呼ばれんの気持ち悪ぃんだが」
 そちらにはアルカレドは刺々しく言い返していた。
「私だって別に、丁寧に対応したいわけじゃないんだけど! お姉さまよりもぞんざいに扱うわけにいかないから仕方ないでしょ」
 どうやら、エルフィリアが自分の奴隷に丁重な物言いをしているので、気が引けるとみえる。
 それと気付いて、はっ、とアルカレドは鼻で笑った。
「ぐぬ……あ、えっと、じゃああなたの愛称は?」
「……アルク」
「……そう。じゃあ、アルクさんって呼びます」
 というわけで、アルカレドの呼称問題は解決したようだ。
「……最初に愛称呼ぶのがおまえかよ」
 アルカレドは、残念そうに息を吐いた。
 ちなみに、リモーネの質問への答えは「魔力が安定しねえ、っつーか放出できねえから無理」だそうである。


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2023 07 15