――ティータイムである。
 一通り午後からの用事も済ませ、宿に戻って寛いでいるところだ。
 それらに付き合っていたアルカレドが、軽く息を吐いてエルフィリアを見る。
「……お嬢様って、用事を一度に済ませたがりますよね」
「そうですね……」
 せっかくなのでまとめて済ませるようにする、というやり方には陥りがちだ。すぐ、合理的にと考えてしまう癖もあるのだが、それだけではない。
「今までは制限がありましたからね」
 冒険者として外に出られる日も決まっていたし、最終的な期限も決まっていた。だからできるだけ無駄のないように動こうとはしていたはずだ。
「今後はまあ制限はなくなったわけですが――
 かといって毎日迷宮に行くわけでもないのだ。そこまではエルフィリアの体力が持たない。だからやはり、出掛けるのはほどほどになりそうだし、一度で済む用事は一度で済ませたい。
「うん――あまり変わらないかもしれませんね」
 外に出ないなら出ないで、読書や刺繍や調合でもしていればいいが、アルカレドを持て余していることになる。以前のようにギルドに行かせてやることもできるが、その間はエルフィリアが一人になってしまう。従者がいなくとも外出できないわけではないので、息が詰まると言うならそうしてやってもよい――という話をしたのだが、意外にもアルカレドはそれに乗らなかった。
「いや、どうせ――元々、番犬として買われた身ですからね。お役目ぐらいは果たしますよ。あんた、一人で放っとくと危なっかしいんで」
――どういう意味ですか?」
「……一人でギルド行ったときに、ちょっかいかけられてたって聞いた」
――あら」
 確かに以前、見知らぬ男に声を掛けられてギルド長に助けてもらったことはある。そんなことをよく知っていたという意味の「あら」だったのだが、どう思ったのか、アルカレドは話を打ち切ってしまった。
「そんなことはどうでもいい――そういや、あのガキには魔物肉やらなかったんですね」
 ――あのガキとは、と少々思考が追いつかなかったが、魔物肉というところでリモーネのことを言っているのだとわかった。
「私と似たような歳の子ですよ」
「お嬢様は……お嬢様なんで」
 どうもリモーネにはあまり敬意を払う気がないらしい。まあまだ出会ったばかりだから、とエルフィリアは気にしないことにした。
「お近づきの印としては塩を渡しましたし、それ以上は難しいですね。今後とも会うというならなおさら」
 塩だけでも、値段を付けられないという意味では高級品なのだ。これきりだというなら肉もやってよかったが、会う度に期待されてしまえばわずかだとしても負担になる。
「安く売ってやる、というのもなしですか」
「うーん……ですから、難しいのです」
 イズのように互いに利のある関係なら躊躇しなくて済むのだが、現状ではリモーネとはそういう関係ではない。対価がなければいけないというのなら売ればいいのだが、それで問題がないというわけでもない。
「難しいのは、私は業者ではない、ということですね……」
 業者ならいっそ話が簡単なのである。何度も買ってくれるなら、お得意様だから安く売ってあげる。これで済む。しかしただの個人の趣味なので、値段がどうあれ売ること自体が負担になる可能性がある。
「……ああ、少し、わかりました。私が依頼を受けたくない理由というのが」
 他人に行動を縛られるのが嫌なのだ。自由が手に入ったというのなら縛られたくはない。
 自分が既に持っているものを譲るのは構わない。誰かの指示で入手しなくてはならないという状態が負担なのだ。指示されたわけではなくとも、無言の圧力があるなら同じである。
 この葛藤というのを、普通の冒険者は報酬と上昇志向でもって乗り切っているのだろう。それがエルフィリアには対価にならないので、気が乗らないはずである。
 だから、リモーネにも便宜を図るつもりはない。冷たいように聞こえるかもしれないが、身内でもないのに一方的に与えるのはただの施しだ。エイムリムも、調理場を貸すまでのことはしても、住居までは手配しないのはそういうことなのだろう。
 何でも与えればいいというものではない。


――アルカレド、蜂蜜を採りに行きましょう」
「あー、あの……蜜取り、でしたっけ?」
 アウリセスで蜂蜜が採れたインセクト種と同じ魔物が棲息している迷宮があると聞いたので、そこへ行こうという提案だ。例の魔物の通称は蜜取りというらしい。
 アルカレドもあのときの蜂蜜は美味しく頂いたので、反対する理由はないだろう。
「また蜂蜜が食いたくなったんですか?」
「いえ……ええ、それもありますけれど、私も魔力抜きを試してみてもいいかもしれないと思いまして」
 エルフィリアが魔力を抜く方法は、一般の魔力抜きとは違う。一般のそれは魔力の抜けた魔石、つまり抜け石を使って魔力を移動させる方法だ。
 エルフィリアの使うものの方が精度が高いので、一般的な方法に頼る必要はないはずである。それ以前に、
「蜜取りの蜜は魔力抜かなくても食えたはずですが」
「その後、吊り果実の実を試しましたよね? あれもそのまま食せましたが、魔力を抜いた方が美味しかったでしょう」
 つまり、より美味しくなるはずなので魔力を抜いてみようというわけだ。
「っつうことは、魔力抜きじゃなけりゃ、密取りの魔石が必要になってたってわけですか」
 定義が厳密であれば、何百という魔物の魔石が必要になるところだったのかもしれない。
――と思ったのですけれど」実際はそれどころではない。「誘引香花の魔石が必要だった可能性があるんですよね……」
 蜜蜂が集めてくるのは花の蜜なので、その理屈でいえば混じっている魔力は花の魔物の方だ。
「あー……そりゃちょっと、無茶ですね……」
「ええ、ですから」
「それで魔力抜きだと」
 この手の話はアルカレドの理解が早い。
 ――そういうわけで早速、目当ての迷宮に潜りに行くことになった。
 多数の蜜取りを巣から追い出すために、以前はいぶした煙を使ったが、今回はキヒロヒの葉の抽出液をミスト状に撒くことにする。無論、人体には影響のない成分なので、巣に残ったところで問題はない。
 巣からは充分離れたところから魔法を使ったが、油断せずに越したことはない。
――お嬢様、俺から離れねえようにしてくださいよ」
 以前は、仕留め損ねた魔物に刺されて傷口を開くことになったので、それを覚えているアルカレドは警戒しているのだ。
「《火をここに》!」
 エルフィリアは、今度は難なく火を放つ。魔物の相手をするのにも慣れたので、以前のようなへまはしない。まとまったところに火を放って取りこぼした経験により、今度は周囲から中心に渦巻くように火で絡めとった。
――よし」
 アルカレドが構えていた剣を下ろす。彼には周囲の魔物を察知する能力があるので、警戒を解いたのならもう大丈夫だろう。前回失敗したのは油断である。さすがに、集中していない状態で小さな魔力を見るのは難しい。
 その後はナイフで巣を切り取りつつ、巣蜜を瓶に詰める。今ではもう拡張式鞄があるのでいくらでも荷物を持ち込めるのだが、作業量というものがあるので、三十瓶でやめておいた。瓶のストックは、煮沸消毒した上で山ほど持っている。
「では、アルカレド。これを持ってみてください」
 エルフィリアはアルカレドに瓶を持たせた。少々試したいことがあったのである。
 訝しげに眉間に皺を寄せたが、アルカレドはおとなしく従った。
「魔石いくつ分ぐらいです?」
――ああ、そういうことですか」
 アルカレドはエルフィリアの狙いを読んだ。
「二瓶で小一個、っつうところですかね」
 エルフィリアが測らせたのは、蜜に含まれる魔力量だ。動植物の微細な魔力差も、手に持てばなんとなくわかると言っていたのはアルカレドだ。それを思い出して瓶越しでもいけるのか試してみたのである。
 小と答えているのは魔石のサイズのことである。魔石のサイズは魔物の強さに比例しており、含有魔力も基本的に比例している。大きさは大、中、小に大まかに分類できるが、大は魔術具に使うこともほとんどなく砕かれてしまうことも多い。大に合わせてしまうと使い勝手が悪くなるからだ。プラント種などの魔石は小以下になることもあるが、そちらはあまり需要がない。
――では」とエルフィリアは瓶を並べて対応する抜け石を用意する。「杖を使えば、接触させなくともいけるでしょう」杖で魔力を誘導しようというわけだ。
 通常魔力抜きで廃棄する分が出るのは、魔力が魔石の隣接した部分に集まるからだ。抜け石に詰め込んだ際に、余剰分が周囲に溢れるのだと思われる。濃くなった部分は定着してしまって剥がせなくなるため、廃棄となるのだ。では魔石の数を増やせばいいのかというと、増える分だけ魔力操作が難しくなる。つまり、上手く操作できなかった分がまた零れるということになる。そのバランスが上手くいけば少ない回数で綺麗に抜けるはずだが、そもそも元々の魔力含有量が正確に測れないので勘と慣れでやるしかないというのが実状だ。
 この国では魔物肉が多く流通しているので、どの魔物にどれぐらい魔石を使えばいいかの経験値が溜まっているのだろう。エルフィリアはその経験値を、アルカレドで代用しようとしているのである。
――さて、始めてしまいましょうか」


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2023 07 01