「そーいや、さっきから思ってたんだけど、そのコートかっこいいね」
「こちらですか? 有難うございます。本当は、男性向けのデザインなのですけれど」
 迷宮に向かいながら、ぽつぽつと会話が交わされる。
 エルフィリアが着ているのは二重マントだ。コートにケープがセットになっているデザインである。余計な装飾はない。
「うん……なんかその黒、見たことあるような……」
「あら、お気づきになりまして? イズさんと行ったときに獲ったエクス種です。色が可愛くないので、女性的なデザインだと合わないと思いまして。いっそ無骨にした方がシックでよろしいかと」
「あー……なんていうかやっぱ、エルフィリアちゃんって見た目重視なんだね……」
 そう言われて、エルフィリアはうん? と首を傾げた。
「機能で選んでおりますよ。こちら、氷耐性のコートですから」
 氷属性の迷宮で着用しても、なんら遜色のない装備である。無意味に服を増やす趣味はないのだが、自分で獲った素材となれば話は別だ。要するに、楽しんでいる。
「あ……うん、そうね……」
「薄くて軟らかいので普段使いにも良いですし、冷気を遮断するので温かいですよ。――ということは、炎耐性の素材で服を作ったら、夏用のものが出来上がるということになりませんか?」
 平民ならば高価な素材を普段使いにしようとは考えないのだが、そのことにエルフィリアは気付いていない。冒険者なら可能だとはいえ、通常は高級素材を使うのは冒険者用の装備だという固定概念に引っかかるのだ。金貨五枚の服なら背伸びできても、金貨五十枚の服を普段着にするのは葛藤がある。可能不可能の話ではない。アルカレドにも「あまり服を与えると俺の金銭感覚が死ぬんでやめてください」と言われたが忘れている。自分で素材を獲っている時点で節約になったという解釈なのである。奴隷だった生前のエルフィリアも、自分の金というものを持ったことがなかったのでその感覚はとんと当てにならない。
「や、ほんとに、着眼点が冒険者じゃないねえ……」
――そもそも、食料の保存箱を作るために迷宮に来るってところが普通じゃねえからな」
 しれっとアルカレドが会話に混じってくる。
「え、でも、食料を無駄にしたくないので保存の仕方を考える、というのはとても一般的な視点ではありませんか?」
――だからその、解決法が一般的じゃねえんだって話ですよ」
「まあねえ、貴族的視点だとしても、食料袋に発想がいくんじゃないかなあ」
 食料袋というのは、細菌の働きを止めて長期的な食料保存を可能にした魔術具である。本来は傷痍保護用の布としての技術であり、それを転用したものだ。負傷者用の品を高額に設定するわけにはいかないのでそちらは比較的安価で手に入るが、その補填のために食料袋の方はべらぼうに高いのである。
 高価なものを持っているのはある種のステータスになるので貴族が買ってもおかしくはないが、実用的な意味で入手する貴族はあまりいないだろう。食料の傷みを気にすること自体が、貴族の見栄と相性が悪い。とはいえ、食糧難が起こればそうは言っていられないので、緊急用としての購入はありそうだ。
「……食料袋は、個人で持つには機能の割に高価すぎますね。別の方法を考えた方が健全だと思います」
 エルフィリアは合理主義でもあるので、こういう意見も飛び出すのである。
「……こういうとこがちぐはぐで、わけわかんねえんだよな」
 とアルカレドがぼやいたところで、迷宮に到着した。


 イズがいたこともあって、結果的にはあっさりと目的を達した。
「そんで、具体的にはその素材をどう使うの?」
「ええと、まずは手に取ったときに冷たくないようにと冷気を逃がさないように、熱を通しにくい素材で箱を作ります。その中に氷属性の武器を設置して、冷気が行き渡るようにならないか……という」
――作るのは武器なんだ?」
 着想の元が大剣だったということもあるが、エルフィリアは武器を作るという前提で考えていた。
「他にもっと適切な加工を存じないということもありますが……恐らくは、武器の形状が理にかなっているのではないかと」
 武器とするのが、素材の性質に沿った形状に思える。素材の性質というのは加工後の性能に影響するのだ。それをどう巧く引き出すかが、鍛冶屋の腕の見せ所といえる。爪や牙などは攻撃に使う部位なので、武器への加工が相性がいい、といった具合だ。
「一般的には、食料の保存というのはどう工夫しているものなのですか」
「持たせたいなら基本的には保存食、あとは冷暗所に置くってぐらいしかないかなあ……お店とかは冷やしてるかも。つっても、氷を作る魔術具があるからそれで氷作って冷やすとかじゃない?」
 魔術具とはいっても、何でも凍らせるようなものを作るのは難しい。というわけで、それは純粋に水を氷に変える魔術具でしかない。魔術具というのは基本的に、魔石の中の魔力を使うものなので制約が大きいのだ。誓約の類は当人の魔力を使って刻み付けるものなので、また少し違うのだが。そっちはそっちで、利用される魔力量にも恐らく制限がある。
「凍らせるよりも、単に冷やすだけの方が使いやすいのでしょうか。両方試してみるとか……」
 ふむ、とエルフィリアは考え込む。その場合、同じ素材で両方作れるのか。
「素材のランクを落とせばいい気がしますね。――二等級の迷宮にも行ってみようかしら」
「そんぐらいなら、売ってるんじゃねえですか」
 ――それもそうか、とエルフィリアは思った。二等級程度なら、値段もさほど高くはない。
「そういや、結局、アルカレドの報酬ってどうなってんの?」
――半々、ということにいたしました。とはいえ、私はあまり依頼を受けるつもりがないので、納入品も含めることにしています」
 ギルドに納めるものについては利益を半々にする、ということである。
「へえー……太っ腹だねえ」
「そうでもないと思いますよ。獲ったものをすべて納入するわけではないので」
 ギルド長のユーニスにも女神のようだと揶揄されたが、実際は納入せずに加工に回すものも多い。調合剤などは売っても丸ごとエルフィリアの利益になるのだ。服や装備などは与えているのでアルカレドにも利はあるのだが、そこは主人の義務だと思っているのであまり気にしてはいない。
――調合といえば、私、商業ギルドへの見返りとして製法を一つ渡さねばならないのです」
「あっ、国を出てきたときのやつ? 約束だから仕方ないけど、あんまり利益の出るやつ渡さない方がいいよ」
――そういうものですか?」
 頑張ってね、程度の言葉を貰えると思ったのだが、予想が外れてエルフィリアは驚いた。
「緊急じゃなけりゃ、相応の対価を払って終わる話だからねえ。永続的な利益ってのは、ちょっと取りすぎじゃないかなあ」
「そうですね……しかし、助かったのも事実です。関係性を良好にしておくのも重要ですし……まあ、今後、自分で作ることがあまりないようなものでしたらよろしいかと」
 自分で作ってよく使うようなものの利益を吸われるのは面白くないが、そうでないならまあいいかな、という程度だ。お金はあれば良いとは思っているが、エルフィリアはあまり欲深くはない。
「宿代が入る程度のものは自分用としても開発しておきたいのですが――そういえばアルカレド、手を痛めたりはしていませんか」
――は? なんでです?」
「また力加減を間違えているのではないかと思いまして」
 今日は大剣を使えなかったので、切れ味の悪い粗悪な剣を使っている。せっかく大剣に慣れてきたところなのに、勝手が違って力の入れ方が変になってはいないかと思ったのだ。
 そのことに思い至ったのは、調合から連想して薬のことを考えていたからである。
 別に、と言って上げたアルカレドの手を、エルフィリアは両手でぐっと捕まえた。
――ちょっ……!」
「まあ、アルカレド。あなたの手、状態が思わしくありませんね、手入れは?」
「……手入れなんかしませんよ。傷があるわけじゃなし」アルカレドは嘆息したが、
「え、でもこんなにがさがさして、硬くなっていますのに」
 エルフィリアは納得しない。指でなぞると、引っかかりがわかるぐらいなのだ。
――撫でるな!」
「ねえ、これ、イズさん止めた方がいい?」
 見ていたイズが、困惑した声を上げた。アルカレドは奴隷なので、自分からは振り払えないのである。
「手入れは、しないものなのですか?」
 エルフィリアの注意がやっとイズの方に向いた。
「うーん、まあ、放っとくけど、冬だと割れやすいしねえ……火傷用の油を塗って乾燥しないようにしてる人はいるかなあ。つっても、血が出てきたら普通に薬は使うよ」
「私の邸では、回復薬を使っておりましたが」
「えっ、回復薬? なんで?」
 イズが驚いているので、あまり知られていない方法なのかと思って、エルフィリアは説明した。
「水仕事だと皮膚が割れやすいので、回復薬に浸けるのです。幅広い器に底が浸るぐらいにして、手を入れます。手がかさついた時点でやっておくと予防にもなるので、使用人にさせておくのですが……?」
「……やんないやんない、そんなこと」
 イズがぶんぶんと手を振った。
――ということは、予防薬とか手入れ薬とかもないということですか? ハンドクリームなどは?」
「貴族が使ってるようなクリームってこと? ちょうど安価なのがないってのもあるけど、水仕事するなら塗っても流れちゃうしねえ。興味はあっても、勿体ないから買わないって感じじゃないかねえ」
――なるほど」
 エルフィリアは納得の声を上げた。
 これで、方向性が見えたような気がする。


next
back/ title

2023 06 23