「う……っ、ウマイっす……!」
 ギルド職員の少年は、流れるようにもう一枚肉を口に入れた。
 ロック種の塩を振りかけてやったので、以前アウリセスのギルド長に振る舞ったときよりも各段に美味しいはずだ。
「肉は、最高級ランクっすね。塩は……ウマすぎるっす」
「ロック種から採れた塩です。ところで――魔物肉にはランクが存在するのですか」
「ろ、ロック種の塩って食えるっすか……!?」
 少年が興奮して身を乗り出したので、アルカレドがすかさずエルフィリアとの間に入った。
――待て、順番に話せ」
「あっ、はいっす。えっと、魔物肉はわりと普及してるんで、魔力の残留具合によってランクが分かれるっす。これは最高級なので貴族用っすね」
――え、貴族に流通しているのですか」
 エルフィリアが驚きを見せると、少年はおっと、という顔をした。
「あ、お姉さん、他国の人っす? この国は貴族も魔物肉食べるっすよ。定期的にボア種が大量発生するところがあって、勿体ないから食ってるっす。なもんで、最近は魔力抜きの技術も上がってきて、上手くいったときは貴族用になるっすねー」
 成功率にはムラがあるので、目標値を貴族用のランクに設定すると達成までの廃棄率が高くなりすぎる。そのため、ほどほどのところで魔力抜きの回数を抑え、上手くいった分は貴族用に回す、という配分らしい。
「そ、そうなのですね……不勉強で汗顔の至りです」
「えっお姉さん、大げさっす。それに、中央だとまだまだ魔物肉への忌避感強いから、食わないのも間違いじゃないっすよ」
 少年が驚いているが、エルフィリアは羞恥で顔を覆ってしまった。
 地域で違いのあることも知らずに、貴族とは、なぞとアウリセスのギルド長相手に一席ってしまったことを思い出したのだった。こういうことがあるので、知識はひけらかすものではない。
「はい……ええと、それから塩のことなのですが」
 エルフィリアは思い起こして、なんとか話の接穂に掛かる。
「ロック種の岩塩って、見た目は食えそうでも刺激物だって聞いたっすけど」
「それは魔力反発が起こっているだけなので、魔力を抜けば食すのは可能です」
「そうなんすか……えっと、それって魔物肉と比べてどんぐらい処理が必要っすか」
 うーん、とエルフィリアは考え込んだ。
 魔物の肉は、そもそもが魔力の集中する部位ではないのだ。翻って、ロック種の岩塩は魔力の塊みたいなものである。魔力濃度には歴然とした差があった。
「十倍ぐらいは……かかります、かしら……」
「それは! 採算がとれないっすー!」
 少年は、悔しそうに机を手で叩いた。
 魔力抜きというのは必ず廃棄分が出るものだが、成功するかしないかの二択ではない。魔力を移動することによって、分布を偏らせる手法である。抜け石となった魔石を接して使うことによって魔力の多くを吸わせるのだが、魔石を置いた周辺部分の魔力濃度は濃くなるのだ。そのため、一度に抜け石を大量に使うと廃棄分が増えるのである。処理を繰り返しても同様の問題がある。また、魔石を中心に濃度に差が出るため、そのことをムラと称している。ちなみにその濃度は、魔力を吸わせると色の変わる紙によって判別しているらしい。
「お姉さんは、どういうやり方で魔力抜いてるっすか!?」
「該当する魔物の魔石と高位魔法が必要ですね」
「……無理っすね」
 エルフィリアのやり方は一般的ではない。少年は、はあと落胆の息を洩らした。流通させて入手したかったのだろうか。
――お、お姉さん、今後ともよろしくっす! 何かあればいつでもお手伝いするっす!」
 気を取り直した少年が、がしっとエルフィリアの手を握り締め、無言でアルカレドが引きはがした。
――有難う。ええと、ジンシャーさん、でしたね」
「ジンシャーで構わないっす! えっと、お姉さん、は名前を呼ぶのはなんか恐れ多い感じっすね……」
 エルフィリアはにこりと笑って返答を避けた。名前自体はここまでのやり取りの間に知られている。
「ではジンシャー、賃貸の物件について相談したいのだけれど、よろしいかしら?」
「はいっ、何でも訊いてくださいっす!」
 もともと素直そうな気質の子に見えたが、これは――餌付けしたということになるのだろうか。
「調合ができる場所を借りたいのですけれど、ありますか? それとも、商業ギルドで訊いた方が良いのかしら」
「調合っすか。作業場付きの住居を探してるわけじゃないっすか?」
「作業場だけで構いませんが、住居に付いている場合、誰か住んでいたら困りますね……他人の生活に踏み込みたいわけではありませんので」
「うーん……俺の知り合いが店をいくつか持ってるんすけど、その中に住み込みで作業ができる薬屋があったと思うっす。本人が住んでるわけじゃないんで、使わせてもらえるかと。訊いてみるっすね」
 どうやらジンシャーの伝手で紹介してもらえそうである。
 確認しておくので数日後にまた訪ねてほしい、ということで話がまとまった。
 納入の手続きも済ませ、入口まで戻るために廊下を歩いていると近くの部屋のドアが開いた。そこから見知った顔が覗く。
「あっ」
――イズさん」
 イズがここにいるということは、またギルドの用事でもこなしていたのだろうか。
「あれっ、お知り合いだったっすか? あっそうだ、イズさん、お姉さんたちこれから氷属性の迷宮に行くみたいっす。心配なので、付いて行ってもらえないっすか」
――ん?」
――え?」
 ジンシャーはエルフィリアの実力を知らないので、どうやら純粋に心配しているということらしい。新人だということに加え、属性の迷宮というのがまた不安要素なので、サポートを付ければいいと思ったようだった。肉を狩ってきただけでは信用に足りなかったのだろうか。
「あー……うん、イズさんは行けるけど? 属性対策も、こないだ貰ったマントがあるし」
「ええ、では、お願いしましょうか……」
 必要ないと告げるのは簡単だが、それは少年の気遣いを無にしてしまうようで、目配せしつつ二人は合意したのだった。
――で、今度は何を獲りに行くの?」
 ギルドの建物を出てから、イズは軽い調子でエルフィリアに尋ねる。
「武器の材料を獲りに行こうかと」
――えっ、氷属性の武器、もう持ってんじゃん? 予備でも作ろうってこと?」
「いえ、小ぶりのナイフでも作って、実験に使おうかと思いまして」
「実験」
 イズは絶句した。食料が凍るかどうか試したいというところで、ますます言葉がつかえている。
「うーん……そういう理由で、属性素材獲りに行こうとする人初めて見た……」
――それで、イズさんどうなさいます? 一緒に来られるなら、好きな素材を解体して差し上げますけれど」
 ――アルカレドが、という口にしない台詞が後ろに乗っかっている。
「あ、それは行こっかな。アルカレドの武器、氷属性でしょ? 攻撃利かなくて苦労するだろうから手伝うよぉ」
「ああ、それはやはり駄目なのですね」
 武器の切れ味には関係なく、同属性だと攻撃が利きにくくなるものらしい。攻撃時に魔力が発生して、同属性だと中和してしまうような現象が起きるのかもしれない。魔物の魔力というのは特殊なものだ。そもそも、人間の魔力自体には属性が存在しない。属性というのは術式で定義するものなのである。
――どしたの、アルカレド。なんか考え事?」
 黙っていたアルカレドに、ふと気付いたイズが声を掛ける。
「……あー、いや、酒場での話で、ちょっと考えたことがある」
「酒場、というと、何の話でしたか」
 エルフィリアが水を向けると、アルカレドはやや言いづらそうに彼女の方を見た。
「冒険者の階位を上げる理由ってやつですが。やっぱ普通は、必要があって上げるんですよ」
 はい、とエルフィリアは少し期待しつつ返事をする。単に疑問だったので、答えを得られるというのは興味深い。
「金が欲しけりゃあ、実入りの良い依頼をこなすのが一番簡単なんですよ。そのために階位を上げる。お嬢様にその必要がないのは、そもそも視点が違うんじゃねえかと」
――視点ですか」
「言っときますが、流通だの加工だのを考えるのは、業者の視点なんですよ。あんたの視点が、そもそも冒険者のものじゃない」
 だいたい、報酬にこだわる必要があるかなどと問う時点でずれている。それは、他に金を得る手立てのある者が言う台詞だ。
「……反論ができません」
 しかし、それですとんと納得してしまった。冒険者の視点ではないから、冒険者の目指すところが理解できないのか。
 ――そして、いつも業者のような流れになってしまう理由も。


next
back/ title

2023 06 20