エルフィリアは卒業まではと迷宮行きを自重していたが、実際、外出の機会は二度訪れた。
 一度目は薬草などの確保のためだ。
 この際、調合剤を作って売ろうと思い、素材を買い込みつつ薬草は採集しつつ調合も、という次第である。
「ずいぶんまとめてやるんですね」
 アルカレドの言葉に、エルフィリアは寮事情をこぼす。
「部屋で調合できれば楽なのですけれど、火も使う上に臭いも出るとなったら騒ぎになりますからね」
 となると外出したときにまとめてやるしかない。迷宮に行かずとも調合のために外出を重ねるのでは意味がないからだ。
「長期的に売ると出回るので良くないでしょうが、国外に出るならちょうど良いかと思いまして」
 エルフィリアが言っているのは、例の属性耐性を付ける調合剤を売ろうと決めたことである。
 商業ギルドに持って行ってどんな反応なのか確かめたいという気持ちもあった。
 実質的なところでいえば、これを機に商業ギルドに顔を売ろうかと思っている。国外に出る際、馬車の手配などで手を借りることができるかもしれないからだ。冒険者ギルドの方で使える馬車もあるが、手は多い方が良い。
――しかし、属性素材はこのランクで構わねえんですか」
 さすがに属性素材を獲りに行く暇はないので、商店で適当に買い込んである。さほど格の高いものはなく、中程度かそれ以下といったところだ。そこそこの金は使ったが、調合で取り戻せる。
「質を上げすぎると目を付けられるという点もありますが、――まあ、需要が減るからですね」
「そうなんですか?」
「利便性は高いとはいえ、そもそもが代用品なのですよ」
 手軽ではあるが、質では属性素材で作ったものに及ばない。
 高ランクの装備を求めている者ならば、金を出して買うか自分で素材を狩る方を選ぶ。それほどの現場に行くということは、それだけの実力を有しているからである。
 ――つまり、代用品を買うような者は中低位の冒険者ということだ。だからそれに見合った質のものを作るべきなのだ。
 イズに渡したもののように、ある程度の素材を使って質を上げること自体は不可能ではない。
 しかし、それでも属性素材そのもので作った装備と比べるとかなり格安になる。加工用の調合剤なら一つの素材から複数の装備を作り出せるからだ。
 そのとき、似たような性能のものを、あまりにも違った価格で店頭に並べておけるだろうか。
 勿論、調合剤で作った方の値段を吊り上げるという手もある。しかし、技術者のプライドがそれを許すだろうか。質の高い素材と技術で作った自信作と、単なる調合剤で作ったものを同じ扱いにできるだろうか。
 ――その辺りをないがしろにすると、なかなか面倒な問題に発展する。
 そのため、中程度の質のものしか売らないとエルフィリアは決めているのだ。
 そうして出来上がった調合剤は、定着液とセットで加工業者用として商業ギルドに持ち込んだのだった。


 二度目は無論、新調したアルカレドの武器の受領のために外に出た。
 属性素材はそこそこ下層に潜って獲ってきたようなので、想定以上の質のものが手に入っている。
 鉱石の方も魔物素材を使ったため、なかなか質の高い大剣になったようだ。魔物素材の方が切れ味が上なのである。質が良いと曇りや刃こぼれもしづらく、修理の頻度も少なくて済む。
――さあアルカレド、これで力加減を気にしなくとも斬れる剣が手に入りましたよ」
「そうですね、素材のこととかごちゃごちゃ考えねえでも、全部首を落としちまえばいいので楽ですね」
「……そういう話だったかしら」
 エルフィリアは指先を頬に当てた。――考える頭はあるのに、物事を単純化したがる従者だ。
「今後の予定ですが……西に行くことになりそうです」
 季節柄、北へ行くとより寒さが厳しくなり難儀する懸念がある。西なら、隣国ランドイットが大国なので商人の行き来が多く、紛れやすいだろう。王子なら、その辺りのことを考えて出国許可証を手配すると思うのだ。
「西――ですか」
 ふとアルカレドが考え込む様子を見せた。
――もしかしてランドイットに縁でもありますか、アルカレド」
「いや、縁もゆかりもねえですが、もしかすっと知り合いがいるかもしれねえな……ってぐらいです」
「そうなのですね」
 それが誰なのかまではアルカレドは言わなかったが、西に行ったことぐらいはありそうだ。
 そのうち話してくれることもあるかもしれないが、エルフィリアが聞き出すようなことではない。
 ちなみに、どの国へ行ったとしても大陸内なら言語に困ることはない。元々同じ言語から分かれた言葉だから、という理由もあるが、冒険者が国を問わず行き来するので近年ではだいぶ言葉が混じっている。発音や一部の単語に違いはあるが、理解できない範囲ではない。
「この後はギルド長に用事がありますので、アルカレドは帰っても構いませんよ」
 エルフィリアがそっけなく言うと、アルカレドは眉間にくっと皺を寄せる。
「なぜです? ……これでも従者なんで、ついていきますよ」
「個人的な話があるので、同席しなくともよいと言ってもですか」
「そ――う、です」
 待たされると知っていて、アルカレドは文句も言わず頷いた。


「ギルド長、ご挨拶に参りました」
――と、いうと」
 エルフィリアがスカートの端をつまんで挨拶をすると、ギルド長は片眉を上げるようにした。
 今日はお願いして別室を用意してもらっている。
 ただの挨拶だとは思っていないだろう。ギルド長は、アルカレドを連れていないことにも気付いて訝しげな顔をしている。
「もしかすると、これが最後の機会になってしまうかもしれませんので」
「……なんだ、国を出る算段がついたのか。昇格はどうするんだ」
「出るのはもう少し先なのですが」とエルフィリアは卒業式の日を伝える。「それより前にここに来る時間が取れそうにないのです。登録については、出国記録の問題が起きそうなので隣国で手続きを取ろうかと」
 一度登録した記録はどのギルドからでも照会できるので、別の国に行っても登録や記録が取り消されるわけではない。仮登録から半年以内に、必要な依頼をこなせば昇格できるというルールは同じだ。
「……それで、ギルド長に紹介状をいただきたいと思いまして」
「紹介? ……あー、どの国に行くんだっけか」
「西のランドイットです」
 そうか、とギルド長は考えるように顎を撫でた。
「ほーん……じゃあ、首都の本部長宛てにでもしておくか。仮登録中に国から離れんのは不自然だから、口添えをしてほしいという趣旨で合ってるか」
「ええ、そうなりますね。お願いいたします」
 それから、エルフィリアは今後の話をする。
 しばらくは――もしくは何年も、この国には戻ってこないこと。
 隣国に抜けた後は本登録として冒険者に昇格し、貴族ではなくなること。
 出立は、できれば卒業式の日にしようと思っている、夜になる可能性もあるということ。
「事前に馬車の手配はしておきたいのですが、妨害に遭って所定の場所に行けなかったり待ち伏せされたり、ということがないとは言えません。むしろ、来た馬車に乗ってしまった方が先回りされにくいと思いますので、馬車の営業時間だけおそくまでとっておいていただけますか」
「ああ、まあそれぐらいなら構わん」
 エルフィリアが望んでいるのは、夜に駆け込んできたときに乗る馬車があるということだけだ。
 ギルドには近くに馬車の停留場があり、迷宮に行く際の乗合馬車の利用がなされている。ただし夜の出立は危険なので普段は許可していない。その日は営業時間を制限しないということにしておけば、乗れるのではないかという話である。
――で、あの若造のことはどうすんだ」
「アルカレドのことですか?」
 ふいに話を振られ、エルフィリアは問い返した。
「連れていくのか。――知らねえ土地で人ひとり養っていくのは大変だぞ」
 冷たいようにも聞こえるが、彼女にはギルド長が心配していることがわかった。
 貴族令嬢という立場もあり寮にも入っていたので、今までエルフィリアは自分の面倒は看なくて済んでいた。それが、今度は自分の世話も加わるのだ。屋敷の使用人がいるわけではなく、パーティの仲間がいるわけでもないので、アルカレドのことはエルフィリアが一人で引き受けなくてはならない。
 若い娘にとって、男一人分は負担が大きいという話なのだ。誰かに譲渡するということもできなくはなかった。
――その件でひとつ、ギルド長にお力添えいただきことがございます」
 実は、この件こそが本題だったのだ。
 そうしてエルフィリアは、ギルド長に一つ頼みごとをした。


next
back/ title

2023 05 24