「アルカレドの戦い方だと、大剣にした方が良さそうですね」
 素材も手に入れて次の週、武器屋に向かいながらエルフィリアはアルカレドに話しかけた。
 これから、素材を持って行って加工を依頼するところだ。
「まあ、斬るより叩く感覚の方が使いやすいですかね」
「アルカレドは力押しの傾向がありますからね……そのわりにはよく力加減を間違えている気もしますが」
 アルカレドは勢い余って力を入れすぎることがあるが、それがエルフィリアにはどことなく納得がいかない。彼は考え無しではないし、自分の実力を客観的に把握できているはずなのに、力具合がわかっていないのかという疑問だ。
「……こういう戦い方をする機会も、まあなかったんで」
 そう言われれば、そうかと思ってしまう程度ではあった。
 以前の環境では、剣をぶん回して戦うという機会がそうあったとも思えない。
 その点では、エルフィリアも似たようなものであった。実戦の経験がほとんどないので魔法の威力を把握しきれておらず、時々やりすぎてしまうのだ。
「足腰も鍛えた方が良いのでしょうね」
 少し混ぜっ返すようにエルフィリアは言う。
 先日、ロック種との戦いでひやりとする場面があったのは、足の踏み込みが浅かったせいらしい。腕の力加減が甘かったという点もあった。ロック種が想定よりも硬かったので仕留めきれなかったのだ。最大限まで振り抜けば良かったのだろうが、そこまですると逆に剣を折りかねない。
 そういう意味でも、剣の新調というのはちょうどいいタイミングでもあった。
 切れ味の鋭い剣なら、振り抜いても折れずに切れるからだ。大剣ならなおさら、ロック種でもいけるだろう。扱いにくい点といえばそのサイズと重さだが、アルカレドなら懸念することもなさそうである。
――まあ、そういうわけで、適度に訓練しておいて頂戴ね」
「はいはい――っと、そういう言い方は、またしばらく来れなさそうな感じですか?」
「なかなか鋭いですね、アルカレド」
 エルフィリアは苦笑した。
――来れない、というよりは、大人しくしておきたい、という方ですね。目立つ行動をとりたくない時期なので、しばらく来ないかもしれません」
 冬の間に卒業の時期が来る。
 どの陣営に付くべきか、水面下で情報がいろいろと飛び交っているはずなので、エルフィリアも注意を引くようなことは避けたい。いまは次兄に見逃してもらっている状況だが、まかり間違って父か長兄がエルフィリアをどうにかしようとする可能性はある。
「それから、結局は国を出ることになりそうなので、その準備も必要ですね」
 初めは国を出ることまでは考えていなかったが、最終的にはその方が良いという結論に至った。生家や他の貴族から何かしらの横やりが入ることが予想できるからだ。それがなくとも、噂に煩わされる未来が見えて面白くない。
 少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは別の国に退避した方が良さそうである。
 準備といっても実際は、拡張式鞄の中にすべて入っている。
 金も食料も衣服もその他の細々した道具も、一通りは揃っていた。身分証と馬車さえ用意できれば、国を出ていくことに支障はないのだ。
 必要な手続といえばまず、順調に冒険者の身分証を手に入れることだ。そうでなければ国外に出ることができない。現状のまま出国許可証を取ることもできるが、事前申請が必要なので家に勘付かれると差し止められる可能性がある。
 ただし国籍を捨てるのは卒業後に限るので、時間的余裕があまりない。ギルドへの根回しも必要だし、他に伝手も作っておきたい。
「……大丈夫、剣が出来上がる頃には一度来ます」
 エルフィリアはそう約束して、足取りを確認するように歩を進めた。


――婚約破棄について、合意を進めておく必要があると存じますが」
「そうだな、時期は卒業式のあとで良いのか」
 学院内の談話室にて、エルフィリアは王子ウィンフレイと会う時間を取っている。話の内容はともかく、会合自体はいつものことだと思われているので、周囲に知られても問題はない。
「そうですね、そのあとは出国を考えております」
「……すまない」ウィンフレイの表情が曇る。
 エルフィリアにとっては願ったり叶ったりの状況なのだが、ウィンフレイ視点では彼女を追い出したことになるのだ。
「どうしても、国から出る必要があるのか?」
「先にも申しましたとおり、国内にいると利用される懸念がございますし、次の縁談を早急に組まれることも避けたく思っております」
 そうか、とウィンフレイは頷いた。ただの確認なので追及してはこない。
――できるだけのことはさせてもらう。路銀と馬車と護衛、出国許可証があれば良いか」
 相手に準備してもらうことは考えていなかったので、エルフィリアは目をぱちくりとさせた。
「……いえ、借りになりますので路費は辞退させていただきたく。その分、我が家への賠償金をお願いいたします」ウィンフレイの罪悪感を減らすために、婚約破棄による賠償金はきっちりと貰っておく必要がある。「馬車と護衛は、殿下が手配したことによって注視される可能性がございますので、当方に任せていただきたく存じます。許可証は――
 ――必要ないと言いかけて、エルフィリアははたと思い至った。
 ウィンフレイのことだから、無事に出国できたかどうかあとで記録を確認するだろう。護衛を付けることができないのなら、見届け人もいなくなるのでなおさらだ。
 そうなったとき、出国記録がなければ事態がこじれる可能性がある。冒険者になってしまえば、エルフィリアとしての記録が残らないからだ。ギルドに照会するなら別だが、それはないだろうしされても困る。
「……家に知られないように手配していただけるのでしたら、頂戴いたします」
「うむ、わかった。――婚約破棄は書状にて送付するということで良いか」
 ウィンフレイは次の議題へと移る。
「その件なのですが――
 エルフィリアは頬に手を当て、困ったように息を吐いた。
「公衆の面前で言い渡していただくわけには参りませんか?」
――な」
 ウィンフレイは思わずといったように声を詰まらせる。興奮したのか、頬が紅潮していた。
「なぜ、そのような――君は、自身の評判を地に落としたいのか」
「さような所思ではございませんけれど。周知の時期がずれる可能性があるとの愚見でございます」
――なるほど、そうなるか……」
 ウィンフレイは大きく息を吐いて思考している。
 書状による通達の問題点は、いつ破棄が成立したのかがわかりにくいことだ。
 一つ、エルフィリアの生家であるユインスタッド家がごねる可能性がある。事実、当主のサインを得るまで明確には婚約破棄が成立しない。ウィンフレイの意志が揺らがないので結果は変わらないが、納得させるためには時が必要だろう。
 もう一つ、婚約破棄の成立日が後ろにずれて誤認される可能性がある。これはユインスタッド家がすぐに納得したとしても、周囲には遅れて認識される可能性が高い。周知に日数が掛かるからである。
 どういうことかというと、前者にしても後者にしても、エルフィリアがいつ出国したかということが争点となる。婚約が成立している間に逃げ出したとなれば、エルフィリアに咎がいくことになるのだ。彼女自身にはさほどダメージがなくとも、残された家族の評判に関わる。
 一番良いのは婚約破棄が周知された後の出国だが、悠長に待っていると家に軟禁されて次の婚約者をあてがわれてしまう。家の介入前に周知させて逃げ出すという荒業が必要なのだ。正式な書類は後だとしても、周知されれば事実として認識される。
――では、もう、式の日に皆が集まっている前で言い渡すしかなくなるのだが」
「ええ、しかしそうなると、また別の問題がございますね」
 晴れがましい卒業式の日に、人前で一方的に婚約破棄を言い渡す。ということは、
 ――王子の評判が地に落ちる。
 この時期にそんなことになると非常にまずい。求心力が落ちてしまっては、エルフィリアを排除してシャーロットを手に入れる算段が、完全に裏目に出てしまうからだ。
――わたくしから願い奉る、というのが一番丸く収まりそうに思います」
 格下のエルフィリアから破棄することはできないので、王子から言い渡す必要はある。
 ――が、婚約破棄してくださいと公衆の面前で彼女が願い出ればいいのではないだろうか。
 卒業の高揚と混乱と学生たちの未熟さに賭ければ、なんとなく勢いで事態が進むのではないかと楽観するエルフィリアであった。


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2023 05 21