「素材と素材を組み合わせれば、複数の耐性を持った防具を作ることは可能だと思います」
「んー? でも調合では混ざらんでしょ?」
 エルフィリアの仮説に、イズが疑問を呈す。
「確かに、素材を混ぜるという方向では難しいですね。でも、そう――例えば雷属性のコートに、襟と裾だけ氷属性の毛皮を縫い付けるというのはどうです?」
「あー……それは、まあ、可能性はありそうだねえ」
 試してみる価値はありそうだという感覚には、イズも乗ってくれた。
「そう――そういうわけで、イズさんにお願いする素材のついでに、毛皮も取ってきていただきたいのですが」
「え……えーっ、イズさん、解体はできないんだけど?」
 急に依頼内容が増えて、イズはうろたえた。これは、厳密には契約違反とも言える。合意をとったあとに契約内容を変更したことになるからだ。
「ええ、ですから――アルカレドを連れて行っていただきたいと」
「俺ですか?」
 エルフィリアがアルカレドを指名すると、双方から疑問の声が上がった。
「えっ、それは逆に、イズさんに都合よすぎなんだけど? アルカレドくん、戦闘にも参加してくれるんでしょ?」
――くん付けはやめろ」
「あっ、はい」
 イズの言う通り、アルカレドが同行するとイズの負担はぐっと少なくなる。素材の解体も運搬も任せられる上、魔物狩りも手を出す必要がない可能性すらある。イズの仕事が、単なる引率に成り下がってしまうのだ。
「いえ……目的にはかなっています。私が依頼したい理由は、自分で行く時間がなかなか取れないからなので」
 エルフィリアは、学業があるため週に一度しか迷宮に潜れない。
 一度で目的を遂げられない場合、さらに週を重ねる必要がある。週末を二日費やすことは物理的に不可能ではないが、学院内のことを考えるとさすがに目立ちすぎる。一度制限を外すと、次もということになりかねないからだ。
「アルカレドは単独では動かせないので、却って助かります。それに、帰還ポイントの使用権が得られると私にも益がありますから」
 奴隷は冒険者の付属品扱いなので、アルカレドに権利が発生するとエルフィリアにも適用されるのである。
「うーん……そういうことなら、そうしようかな」
「よろしくお願いしますね。アルカレドの食事代についてはお渡ししますので、必要があれば使ってください」
 今の探索の仕方は、エルフィリアの時間に合わせている。そのため、長時間潜るということになると、アルカレドの宿の食事時間とずれるのだ。その際は、エルフィリアが食事を用意するか帰りに買って持たせることにしている。
「それは、イズさんが出してもいいよ? 報酬貰いすぎで気になるし」
「いえ、これは必要経費ですし契約違反にもなりますから。……余ったらギルドに預けていただけると手間が減るかと思います」
「お嬢さんって豪快なタイプかと思ったら、わりときちんとしてるよねえ。奴隷に対しても、すごーくきっちり線引いてる感じ」
――ええ、まあ」
 イズの指摘に、エルフィリアは頷いた。
 確かに、アルカレドに対して制限を緩めてはいない。金は直接本人には渡さないし、拡張式鞄も預けたままにはしないのでイズと行くときは別の鞄を使ってもらう予定だ。その線引きが曖昧になると、なれ合いになってしまう。
 エルフィリアは、それを許すつもりはなかったのだ。


――とりあえずまあ、行ってきましたよ」
 次の週、アルカレドからあっさりと報告があった。
 属性素材の牙と毛皮は、首尾よく入手したようである。
 迷宮には二回に分けて行ってきたそうだ。どことなく機嫌が好いので、楽しんできたらしい。そういえば以前もこのようなことがあったな、とエルフィリアは思い返した。ギルド職員に買い物の付き添いを頼んだときのことだが、彼女がいない方が羽を伸ばせるらしい。もしくは、同性相手の方が気が楽か。
 ちなみに、イズはその後も同じ迷宮に潜っている。
 調査のために深層まで行くようだが、恐らくは帰還ポイントが使えるのに一層ずつ潜っているようだ。何を調査するのかは知らないが、いろいろと面倒な制約があるのだろう。
 ギルドにて依頼完了の手続きをした後は予定がなかったので、エルフィリアはツリー種の果実だけ採りに行った。
 迷宮に潜る日ではなかったが、比較的学院に近いこの迷宮だけはすぐに帰ってこられるので、時折潜りに行っていたのだ。ジャムを煮詰めるのは多少手間だが、これが一番金に換えやすく自身のストックも増えるので都合が良かったのである。
 ――そうしてさらに週末に、エルフィリアはロック種を狩りに出かけた。
 今日のエルフィリアは、ビスチェ風の防具を締めてアリエス種の毛糸のストールを肩に巻いている。以前獲った羊毛で毛糸を作っておいたのを思い出して、編んだのだ。このままではいずれ、手持ちの衣服が皆魔物産になるかもしれないなと思う。それはそれで、冒険者っぽくて楽しそうだ。
「今日の目当ては緑青鋼ろくしょうこうです」
 ロック種から採れる鉱石だ。緑青とは金属に付く緑色の錆のことだが、緑青鋼は実際に錆びているわけではなく、そういう色から付けられた呼び名である。
 属性素材と相性が良く、需要の高い素材だ。その分値段も相応なので、属性武器の値段が撥ね上がる一因でもある。
「修理用にも確保しておきたいので、採れるだけ採りましょう」
 実際は、鉱石だけ採るのはほぼ不可能なので――狩れるだけ狩りましょう、だ。
 大抵の場合、装備は修理すると劣化する。それは、通常は修理用に使う素材の格が落ちるからだ。
 属性素材と魔物鉱石で武器を作った場合、同じ素材を修理に使うことはほとんどない。属性素材の格を落としたり普通の鉱石を使ったり、属性素材自体を使わないことすらある。それは、特殊な素材しか使えないと修理の度に金や手間が掛かることになるので、大抵は間に合わせのもので妥協してしまうからだ。
 そのため、修理するごとに性能が少しずつ落ちることになる。そのうち新しく装備を作り、前の分は中古に回るというわけだ。そんなものでも、下位の冒険者にとっては有難い性能なのである。
――武器はまだ大丈夫ですか」
「あー、まあ、折れはしねえと思いますけど」
 先日もロック種の殴打に使ったので、既に刃はぼろぼろらしい。といっても修理するだけ高くつくのでそのままだ。殴るだけなら持つだろうという話である。
 そのままでは困ると思い、イズに付いていかせるときに予備の武器を買い与えていた。だからまあ、元々の武器は使い潰しても構わないだろう。そもそも新しい武器の素材を採りに来ているのだ。
「では、任せますね」
 魔法が効かないので、エルフィリアはほぼ見学の予定である。
――あ、緑青鋼のやつ」
 先を行くアルカレドが目当てのロック種に目を付け、すぐさま躍り掛かった。
 ――が、
――アルカレド!」
 ぐあん、と揺れるような音がしてアルカレドが吹っ飛ばされた。一撃では上手く仕留められなかったらしい。足で衝撃を殺すようにずさっと降り立ったが、体勢を崩して手をついた。
 前後の区別がない魔物だからか、ロック種はそのまま回転するように腕を回してアルカレドに肉薄する。
 エルフィリアは慌てて、頭に浮かんだ術式を唱えた。
「《楯と成せ》!」
 ――かかん、と跳ね返るような乾いた音が響き、ロック種の腕がぼろりと砕けた。勢いのまま前のめりに、丸ごとどおんと崩れ落つ。
――あー……いまのは?」
 よっ、と立ち上がったアルカレドが、エルフィリアに尋ねた。ロック種は割れてしまったので絶命と見ていいだろう。
「いえ……防御魔法が必要かと思って構築を模索していたのですが、上手くいったみたいですね」
 空気の層を圧縮した楯である。実戦で使ったのは今のが初めてだったが、ぶつかった衝撃でロック種が砕けたという展開になったようだ。
「実用に足るにはとにかく速さが要なので、術式を短くしなくてはいけなくて」
 エルフィリアはどうやら焦っていたらしいと自覚する。平常心に戻ろうと、言葉を多く尽くしてしまうのだ。
「あー……その辺の細かいことは言われてもわかんないんで。とにかく、助かりました」
「はい……まあ、良かったです」
 防御魔法だが、術式を短くするために物理防御用と魔法防御用とに分けたのだ。その分、選ぶ方を間違えると無意味になるという欠点がある。
「これを使えば魔法でも倒せますね、ロック種」
「はあ、そうっすね」
 そんなわけで、エルフィリアも狩人に加わったのだった。


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2023 05 18