「アルカレド、先に角を頂戴」
 解体を始めるアルカレドに、エルフィリアは声を掛けて角を受け取った。
 今回は皮も取れそうだ。オクス種の革よりは傷が付きやすいが、属性素材でもあるし上着に仕立てても構わないだろう。色がこっくりとした黒なのが可愛くないので、アルカレド用だけにしておこうかとエルフィリアは迷った。
「再確認しますが、イズさんへの報酬はマントで構いませんね? この魔物の素材でも良いですが」
「いや、マントでよろしく」
「はい、わかりました」
 こんな魔物などイズならいくらでも狩れるだろうが、素材の入手は少々手間になる。イズは単独で活動しているので、パーティ内に解体士がいるわけでもない。皮が欲しくとも解体魔法では取れないので、この機会に求められてもおかしくはないはずである。
 ――しかし、その線は薄いだろうなとエルフィリアは思っていた。
「さて、わざわざイズさんを同道させた理由ですが。……作り方を見せるのも報酬になるのではないかと思いまして」
「えっ、見てもいいの?」
 イズが嬉しげに距離を詰めてきたので、エルフィリアは慌てて一歩下がった。
「ええ、しかし平民だとあまり調合を秘匿しないものだと聞きましたが」
「それは、基本的なものと薬に関しては、だねえ。まあ知ってるだけなのと見るのとでは違うし、そうでなくても属性付与の調合っていうのは珍しい部類に入るよ」
「興味を持っていただけて安心しました。良い素材を使うので、前回のマントよりは質が上になりますよ」
 それは単に、属性素材のことだけを言っているわけではない。魔力が乗るものが良いと聞いたので、そもそものマントを魔物素材で用意したのだ。キャプラ種の革だが、革の中では比較的軟らかい。
 ちなみに値段は前回のマントの十倍はするのだが、素材依頼を出すよりはかなり安くつく。自分たちの分も作るつもりなので、マント自体はともかくも素材分はついでで済むのだ。
 塗布剤の材料となるスライムも、湿地に行った際に確保した。媒介用の植物は、これに限らず基本的に抽出液を作っておくことにしている。扱いやすいという点もあるが、魔力が馴染みやすい。
 エルフィリアが風魔法で角を粉砕していると、イズが声を上げる。
「あっそうか、魔法でやっちゃうんだ」
「やはり、魔法士は調合を行わないものなのですか?」
 手元でコントロールを維持するというのは技術が要るのでエルフィリアと同じことはやらないにしても、魔力は使う作業なのである。それなのに、魔法士が調合士を兼ねるという話は聞いたことがない。
「魔法士だとまあ、普通に冒険者やってる方が稼げるからねえ」
「そうだとしても、素材加工もございますし。そのあたりのご職業の方は、魔力をお使いになるでしょう?」
「武器屋とかだねえ。その辺は調薬や調合する人も一緒なんだけどさ、放出魔法使えない人がやるんよねえ」
 基本的な放出魔法というのは、攻撃魔法であり属性魔法だ。アルカレドは放出魔法を使えないが、魔力を練ることはできる。同様に、魔力を練ったり込めたりする――要するに、魔力の扱い自体は得意な者が、鍛冶や調合の道に進むらしい。
 前回と同じように、エルフィリアはシートの上に塗布剤を塗ったマントを広げておく。
「ああ、馴染ませるからジェル状なんだねえ。これは何を使ってんの?」
「これはスライムの形状ですよ」
「スライムかあ……ああ、なるほど、確かにお嬢さんは規格外だわ」
――なぜです?」
 ありふれた素材なので扱いが難しいわけではなく、発想も飛躍しているわけではない。エルフィリアが首を傾げると、イズは苦笑して教えてくれた。
「スライムがどうっていうわけじゃないけど、とりあえず魔物素材を使っちゃえっていう考え方は珍しいよねえ……魔物素材って同時に扱う数が増えるほど魔力を食うし、魔力操作も難しくなるでしょ」
「……ああ、言われてみればという感じですね」
 エルフィリアには実感が薄い。彼女の魔力は桁違いに多く、また魔力操作は高位魔法の方がよほど難しいので、微々たる差という感覚なのだ。
「平民用の調薬でベースが植物なのはそういう理由もあるんだよ」
――となると、鍛冶をする方々の方が練度が高いわけですね?」
「そうだねえ、魔物素材の武器は媒介も使うから、同時に扱える技能が必要だね。だから武器って高いし、儲かるから技能のある人は鍛冶に行っちゃうんだよ」
「……なるほど」
 結局はそういうものなのだ。需要があるかどうか。そして、対価が得られるかどうか。
 調薬の技術が頭打ちになるのは、こういうところなのだろう。
「うーん……ではやはり、調薬の材料を魔物素材に置き換えることはあまり行われていないのですね」
「ってえと?」
「魔物産の蜜蝋を使ったり……獣脂も使えるはずなので試そうかと」
「うわー、すごくいいねえ! 作る人増えないから一般化はされないだろうけど」
「それですよねえ……」
 その辺りを詰めていけば、かなり効果の高い薬は作れそうである。ただ、同じ作り方ができる者がいないのであれば、一般には広まっていかない。
「しかしイズさん、かなり詳しいですね。魔力操作が得意だからですか?」
「あっ、そう思う?」
「ええ、魔力操作、かなりお上手ですよね」
 これで攻撃魔法を使えないというのは勿体ないが、だからこそ魔術具のクロスボウを使っているのだろう。
 魔物に止めを刺したとき、イズの放った矢が曲がったのだ。
 それは、自分の放った魔力を操作したということなのだが、一度手を離れたものを操作するのは難しい。魔力も技術も高水準で必要になる。エルフィリアも、精密な魔法操作には杖を使うのだ。
 ――つまり、イズの実力はかなり高いと言えるのだった。


――お嬢様、エクス種なので食いますよね」
 解体作業から戻ってきたアルカレドが、エルフィリアに声を掛ける。肉もしっかり確保してきたようだった。
「ご苦労様。今日はお肉、用意してきましたけれど……物足りなかったらエクス種を食べてもいいですよ」
「ってえか、氷属性の肉ってどうなんよ?」
 気になったイズが口を挟んだが、確かに、言われてみれば想像がつかない。
 雷属性は刺激がありそうな気がするし、炎属性は辛いか熱いかというイメージだ。
「とりあえず、試してみましょうか」
 エルフィリアはアルカレドに魔石と肉を出させ、魔力を抜いた。
 その後はいつもの通り網をスタンドにセットして火をつけ、薄く削いだ肉を炙る。刺激がある可能性のため、味見役はアルカレドに譲った。
「うん……? うーん、ただの肉ですね」
 アルカレドが首をひねったので、エルフィリアも肉を口にしてみた。
 脂は多いがさらさらしていて、さっぱりと食べられるタイプの肉だ。刺激は感じないし、口の中が冷たくなる様子もない。
「そうですね……あっ、そうです、魔力を抜いているから」
「あー、それですか」
 アルカレドも納得したようだ。つまり、肉に溜まった魔力を抜いているので魔素しか残らない。属性が乗らないのである。
「……っつうか、いま思い出したんですけど、前に雷属性の肉食いませんでした?」
「……そういえば、あのときは肉食獣型が食べられるかどうかにしか意識が向いていませんでしたね」
 一口試したきりなので忘れていた。そのときはイズも、魔物肉自体に懐疑的だったのでそこまで気が回らなかったのだ。
 促されて、イズも恐る恐る口にする。
「ん、んー……美味しいね。これ、魔力残ってたらなんか刺激あったんじゃないかなあ」
「それを調べてみるのも興味深いですけれど……それはそれで魔力反発が強くなるので食べられませんね」
「それは試さないでねえ……あっそうだ、今日は別のお肉があるって言わなかった?」
 嫌な予感がしたのか、イズが話の矛先を変えた。
「ええ、そうです。串焼きというものに興味があったので準備してきたのですが」
「串焼き? その辺の屋台に売ってんのに食べたことないの?」
「ええと……往来でお肉にかぶりつく、という行いに抵抗がありまして」
「あっ、あー……貴族だとそうかあ」
 イズは納得したように息を吐く。貴族の対応には詳しくても、感覚的なものはあまりわからないようである。
 エルフィリアは密閉容器から串に刺した肉を取り出した。ぶつ切りにしたレプティレ種の肉と、玉ねぎを串に刺したものである。ピーマンを刺したものもあった。
 下準備ぐらいは寮の部屋でできる。拡張式鞄を手に入れてからこの手のことはやりやすくなり、汚れるものや匂いの出るものでなければそこそこ可能になったのだ。火が使えないのが不便なぐらいである。
「タレに浸けておくのが定番かと思ったのですが……もしや、お塩で食べる方が美味しいのではないかと」
「塩? ロック種のやつですか?」
 アルカレドが目を輝かせたのでエルフィリアは頷いた。
「ロック種の塩? 何それ?」
「ロック種から採れた岩塩です。魔力を抜いたので美味しいはずですよ」
「はぇー……それは初耳。興味はあるねえ」
「レプティレ種はあっさりしていて恐らく塩だけだと弱いので、お好みでこちらを」
 エルフィリアは塩の瓶の他に、スパイスの瓶とハーブの瓶を渡した。
「アルカレド、焼いていて頂戴。その間に、私はマントの仕上げをしておきます」


――ではどうぞ、イズさん。撥水加工も施しておきましたので、汚れにくいはずですよ」
 エルフィリアは、出来上がったマントをイズに渡した。その流れで受領のサインも貰う。
「うわーい、ありがとう。確かにキャプラ種だとすごい柔らかい……布だと強度に困るもんね」
 魔物素材で作る布といえば、羊毛が主だが強度はさほどでもない。糸に加工する際にいくらか魔力が逃げてしまうからだと言われている。
 鋼も通さぬような布は、糸を吐くタイプのインセクト種から作れるが、その糸の収集が手間なのだ。死んでしまっては糸を取り出せないが、迷宮からは生きたまま連れ出すこともできない。魔物の吐く糸を根気強く巻き取るという、コストの高い素材なのである。魔物の蛹から糸を取り出す方法も存在してはいるが、そもそも蛹状態の魔物に遭遇することがレアなので商品化されてはいない。
「お嬢様……塩、美味いです」
「あら」
 珍しくアルカレドが前のめりだ。ロック種の塩は魔素が濃い分、味に反映されているらしい。
――あ、美味しい」
 エルフィリアも串焼きをかじってみて、声を上げた。
 岩塩だからなのか、味に深みがある。塩だけだと物足りないかと思ったが、そもそもエルフィリアはあっさりした肉の方が好きなので充分だった。串焼きを食べているという体験も高揚を生んでいる。
「あー美味しい……魔物の肉って全部一緒かと思ってたけどさ、ちゃんと違いがあるんだねえ」
 イズがしみじみとこぼしながら肉を味わっている。
「魔力が残っているとそういうことになるみたいですね」
 魔力反発とそれをごまかすための濃い味付けで、似たような味になるのだろう。きちんと魔力を抜けば、両方ともなくなるものだ。ただし通常はコストが掛かるので、今後一般化されるものかどうかはよくわからない。
「味に飽きるかもしれないと思って別のソースも用意していたのですが、要らなかったかしら」
 気付けば、ほとんどアルカレドが食い尽くしていた。エルフィリアはそれほど肉を食べないので構わないのだが、二人はそれで足りるのかと思う。
「別の味ってどれです? あー……肉はエクス種も食うので貰えると嬉しいですが」
 アルカレドはまだ食べるつもりらしい。呆れながら、エルフィリアはソースの瓶を取り出した。ソース自体は、エルフィリアも試してみたいという気持ちがある。
「市販の甘辛ソースです。恐らくこれにマーマレードを少し混ぜても美味しいですよ」
「違う味気になる。イズさんも食べる食べる」
 結局、イズもそこそこ追加で食べた。男にはやはり、肉が必要なようである。
――そういえば、そのマントは当然氷耐性になりますよね。耐性を混ぜるってのはできるんですか」
 アルカレドが肉を焼きながら尋ねた。まだ胃に入るとは健啖家だ。
「別々の属性の素材を調合すると打ち消し合ってしまいますね。属性が残るとしてもひとつだけです」
 だから、複数の属性を付与した装備というものは作れないとされている。
 エルフィリアの方は既に食後のティータイムだ。ミントティーに蜂蜜をひと匙入れたもので寛いでいる。
「そうですね……例えば上着、腕輪、ペンダント、などで別々の属性のものを身に着けるということはできますよ。その場合は上着の属性が――
 思考が走ってエルフィリアの口が止まる。
「……お嬢さん?」
「……気にすんな。これはお嬢のいつものアレだ」
「そっかー……」
 イズはあははと乾いた笑いをこぼした。


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2023 05 15