――ロック種を狩りに行こうと思います」
「ん……? 属性素材の予定じゃなかったんですか?」
 エルフィリアが宣言すると、アルカレドが首をひねった。
 ロック種とは、岩や鉱石系の魔物のことである。結晶や鉱物が体内に埋まっているので、素材が欲しければ砕いて取り出すのだ。
「いえ……属性の迷宮って準備に手間が掛かったなと思いまして」
 つまり、また準備に時間が掛かるとすぐに行けないのが不満なのだ。
「まあ、素材は買えますしね……武器の材料を取るのは諦めたってことですか」
「いえ、ロック種も材料になるんですよ」
 武器に使う魔物素材は、基本的に鉄や鋼なんかと合成するのが一般的だ。その際、ロック種の鉱物も使えるので、採りに行ってみようと思ったのである。
 ギルドに寄って情報を貰い、ロック種の居る迷宮に向かうことにする。
 そこそこの質のものが欲しいので、等級が四の迷宮を選んだ。エルフィリアの体感として、中堅の冒険者向けの迷宮はさほど苦戦しないと判断している。ちなみに、中堅向けの等級はだいたい三から五といったところだ。
 ロック種が出るからなのか、迷宮内は鉱山か洞窟のような環境だった。
 やや暗く、全体的にひんやりとしている。どこかに水が流れているのか、少しじめじめした様子もあった。
「けっこう、寒いですね……」
 息が白くなるほどではないが、上着が欲しい程度ではあった。
 エルフィリアは荷物からボレロを取り出して羽織る。これは装備ではなく普通の衣服だ。
――いました」
 アルカレドが小さな声で伝える。
 壁との見分けがつきにくかったが、エルフィリアがじっと目を凝らすと、確かに岩の塊のような魔物がのっしのっしと歩いていた。顔はないが、手足らしきものも生えている。岩だが。
 まだ浅層だからなのか、さほど魔物は大きくない。高さは一五〇センチぐらいだろうか。もっと、何倍もあるものだと思っていた。
「魔法はたぶん、あまり効かないので――
 岩というならば、火も氷も効かないだろう。雷だって怪しい。もっと、物理的な力が必要なのだ。
「アルカレド、殴って頂戴」
――剣で、ですか」
 素手で殴るわけにもいかず、手持ちの武器といえば剣しかない。
 鈍器ではないんだが、と言いかけたアルカレドに、「だけれど、斬れませんよね?」とエルフィリアは念押しする。これは、そもそも斬れないから剣は叩きつけるのに使っているというアルカレドの話を蒸し返しているのだ。
 実際エルフィリアは、武器はどうせ新調するのだから駄目になってもいいと思っている。なにしろ武器だって、アルカレドのものではなくエルフィリアのものなのだから。
 ――息を吐いて、アルカレドは魔物に肉薄する。
「わかりました、よっ!」
 剣を上段に振りかぶり、身体をぐるっと回すように叩き落す。まさしく鈍器のような扱いだ。
 金属がぶつかるような硬い音が凛然と響き、魔物はがたがたと崩れるように倒れた。
「衝撃が響くと動けなくなるみたいですね……これは、胴体を割ればいいのか」
「道具はありますので、これで叩けば割れるはずです」
 エルフィリアはアルカレドに近づいてさっと鑿を手渡した。先が真っ直ぐになっている平鑿ひらのみである。続けて、ハンマーを渡す。
 アルカレドが鑿を当ててハンマーで打つと、魔物の胴体がばくりと二つに割れた。これは、アルカレドが馬鹿力なのか割れる目というものがあるのか。中に埋まっている結晶などは、周囲を割れば容易に取り出せるようだ。
「お、魔石ですねこれ」
 アルカレドが、真ん中にあった拳大の石を取り出した。ロック種の魔石は特殊なもので、宝石のようになるので人気がある。取り出したものは透き通った紫色をしていて、傾ければ中の色濃い部分がとろりと揺れた。中に渦があったり、星が散ったようになっていたり、バリエーションや色は豊富なのだ。
「これは……何だ」
 アルカレドが結晶を摘まみ上げた。
 このロック種から出てきた結晶は光沢がなく白っぽい。よく見ると、ところどころスモークピンクのくすみがある。ころころとした小石のような結晶が山となり、エルフィリアはとりあえず素材として瓶に詰めた。二瓶ほどになる。
 一つ残した結晶を、エルフィリアは手に乗せて観察した。
「これは……岩塩に似てますね」
――待て待て、食う気ですか」
 仮に岩塩だとしても、これを一つ食べきるのは辛い。舐める程度でわかるだろうか。魔力反発が起こるかどうかは、口内で噛み砕くか飲み込むまでしなければ判別がつかなそうだ。エルフィリアが掌を見ながら考え込んでいると、アルカレドが結晶をひょいと取り上げた。
「……俺がちょっと、確認するんで」
 その訝しげな表情を見るに、エルフィリアがこれを丸ごと食べるぐらいのことはすると思っていそうだ。
 アルカレドは鑿を使って、その結晶から爪の半分ほどの欠片を割った。それをひょいと口の中に入れる。まずはゆっくりと舐めて、それから確かめるように歯ですりつぶそうとしているように見えた。
「あー……確かに塩で――うぐっ!?」
 奥歯を使うように顎を動かしたと思ったら、アルカレドは口の中のものをべっと吐き出した。言ってくれれば紙か何か渡したのに、とエルフィリアは思う。
「うわ、あー……これ、反発が結構きつい」
「結晶だからでしょうか」
 今まで食べてきた肉や果実は魔力の集結する部位ではなかったので、違いが大きいのかもしれない。
「それとも、ロック種の結晶だから、かもしれませんね」
 魔石がかなり特殊なことを考えると、素材の方も他の魔物よりも魔力が濃密に詰まっていてもおかしくはない。ロック種の結晶というだけで魔力が高い可能性は充分にある。
「……ということは、ぜったいにおいしい」
 エルフィリアの脳内を、一瞬でいろんな料理が駆け巡った。魔力が高いということは魔素が濃いということだ。魔素が濃いなら美味しいのだ。今まで獲ってきたもののせいで、エルフィリアの頭の中はその方程式がすぐに成立する。
「……なるほど。めちゃくちゃ美味い食い物の元になる、と。これは貴族が買う商品になります?」
「なり得るけれど供給が難しい、といったところだと思います」
 貴族は個人で食材を消費しない。ディナー用の高級食材ならともかく、調味料なら屋敷用だ。そうでなかったとしても家族や来客、パーティ用など、消費量が多いのである。そのため、一度に少量しか買えないのでは意味がない。さらに定期的な供給も必要となる。
――そのわりに、たぶん、これを採ってこようとする冒険者は少ないと思うんですよね」
 大量に供給するためには、一体だけではなく大量に倒す必要がある。しかしそういう稼ぎ方をするのは低位の冒険者だ。そういう冒険者にとって、ロック種は難易度が高いのである。それができるなら、ロック種の岩塩ではなく鉱石の方を狩っているはずだ。鉱石は装備の修理にも使うので需要が高いのである。
 結果として、貴族ではなく料理が趣味の個人用か、せいぜい飲食店の限定メニュー用だろうか。エルフィリア以外の供給では魔力抜きの費用も上乗せされてしまうので、なかなかお高い商品になる。
 さらに、使う前に砕くという手間もいる。商品化の際に加工するならその分の費用も掛かる。エルフィリアなら、瓶の中身を丸ごと魔法で粉砕してしまえば済むが。
 とはいえ商業ギルドなら、加工済みのものを持っていけば物好きに高く売りつけてくれるかもしれない。
 ――それはともかく。
「これ、もっとストックが欲しいので狩りましょう」
 結局、その日は岩塩のロック種を狩って終わったのだった。


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2023 05 06