「……いいですね、これ」
 エルフィリアの作った軽食を口に放り込みながら、ぽつりとアルカレドがこぼした。
 媚びるのが嫌で普段はあまり褒めないのかと思っていたが、今日のものはお気に召したようだ。腹に溜まるタイプの甘味だったので、気に入ったのかもしれない。
 本日の軽食は、黄金トーストだ。
 スライスしたパンを牛乳と砂糖を入れた卵液に浸け、たっぷりのバターで焼いたものだ。食べる機会がないので、エルフィリア自身も楽しみにしていたものである。さすがにまたパンを一斤というのも躊躇われて、長パンを用意してきた。
「今回はミルクも卵も代替品なので、本来ならもっと美味しくできたはずですけれど」
「いや、味に不足はないです」
 完璧なものにはならなかったが、学院に通っているうちは消費が不規則になるので仕方がない。代替品の方は正規のものより保存が利く。特に卵は、魔物食なのでまとめて買っても問題はないのだ。
 正規の卵は鶏卵であり、ほとんど貴族専用と言ってもいい。牛のように権利問題はないのだが、平民には売れない。代替品よりも高くて保存が利かないからである。
 ちなみに代替卵は朝告烏というアウェス種の魔物の卵である。朝方に烏のような声を上げるので、そう呼ばれるらしい。孵して育てるのは一度に一羽のくせしてあちこちに卵を産み散らかすので、拾って食用にしているのだ。何箇所かお気に入りの場所に産むので、把握すればそこまで手間でもない。要が作られる前なので魔力の問題もなく、代替品としてちょうどいいのだ。魔物食では最も一般的なものだが、浸透しすぎて魔物の卵であることを忘れられている傾向にすらあった。魔力が通っていないことが関係しているのか、味は正規品と比べるとやや淡泊である。
「採ってきた卵が勝手に孵ってしまうということは起こらないのかしら」
「聞いたことないので、ないと思いますよ。親鳥が魔力を与えないと育たないとか、なんかそういう制限があるんじゃないですか」
「……なるほど」
 魔物の生態は、知られているようで知られていないので、なかなか興味深い。
 そもそもどうやって増えるのかわからない魔物も多いのだ。どうやら雌雄の番は必要なようだが、妊娠期間もなくいつの間にか増えている。魔力を混ぜ合わせて生成するとか、そういう仕組みなのかもしれないと曖昧に想像するのがせいぜいである。さらに根本的な話をすると、人間には雌雄の区別すらつかない。たまに姿が二種類ある種があって、雄と雌がいるんだろうなと思われているだけだ。
「……ところで、今日の用事はこれで終了で良いですか」
 勿論アルカレドは、軽食前にエルフィリアに頼まれた抜け殻を渡してはいる。必要数がわからなかったので、ごそっと五枚ほど採ってきたようだ。多少は破れているが、加工時にどうせ切ってしまうので許容範囲だった。
「……しかし、それで防具を仕立てるのはちょっと心もとなくないですか」
 脱皮したものは皮というよりも、薄布に近い柔らかさだ。これで何かを作ろうとすると、確かにビスチェとは違うものになるだろう。
「さすがにしっかりした防具が必要なときには使いませんよ。とりあえず、という程度のときに軽く着るものを作ろうと思っているだけです」
「はあ……軽く着るものとは」
「肌着です」
――へぁ? ……いや、答えなくていいです!」
 掘り下げるとまずい話題だと思ったらしく、アルカレドは慌ててエルフィリアを止めた。
 ――そう、エルフィリアはこれを肌着に仕立てようと思っている。
 外に着るのが嫌なら中に着るものを作ってしまえばいいのだ。薄く柔らかくほどよく伸びて、引っ張っても破れない生地になるのでちょうどいい。薄すぎて透け感があるが、そこは布を縫い付けて二重にしてしまえば肌触りの問題もついでに解消できる。
「欲しいのなら、アルカレドにも仕立ててあげますよ」
――いーや要りません絶対に要りません揃いの下着とか冗談じゃない」
「……まあ」
 普段文句は言っているにしても、アルカレドの明確な拒絶というのは珍しい。
 そんなに嫌がるならやめておこうかなという判断はエルフィリアもしなくはない。確かに言われてみれば、下着がお揃いという言い方もできようが。
 ――過剰反応だなあとエルフィリアはのんびりと思ったのだった。


 湿原に行った日は結局、エルフィリアはすぐには帰還せず薬草を摘んで帰った。
 湿地帯に生える薬草というものがあったのだ。
 資料を見ていて気付いたが、平民用の薬にはあまり高価な素材は使われていない。稀少なものも同様だ。病気の治療薬でも顕著なので想像してはいたが、思ったよりもそうだった。骨折や大きな裂傷など、重症用のものにはもっと格の高い素材を使っていてもいいはずである。
 そうでないのはやはり、価格が問題なのであろう。魔力操作の問題もあるかもしれない。高価な素材を使い、試作する余裕があるのは研究者ぐらいだ。金持ちの道楽ということもなくはない。しかしそれは恐らく、個人的または限定的なものであって市場には下りてこない。高価な薬草は煎じて飲むなどの使用目的で売られているようだが、これをさらに加工して売るとなると原価が掛かりすぎるのだ。
 そういう意味で最も可能性があるのは冒険者である。高価な素材を入手する余裕があり、価格を抑えるのなら自分で採りに行くという手も使える。さらに薬を必要とする理由もある――のだが、冒険者は自分で薬を作らない。何故かというと回復薬を買うからだ。上級回復薬などは買った方がずっと高くはなるのだが、冒険者にとっては「すぐ治る」ことの方が重要なのである。
 そんなわけで、意外と研究が頭打ちになっている分野のようだ。商業ギルドで調べれば、研究者たちが高価な素材で作った製法を登録しているのが見つかるかもしれないな、とは思う。それを量産するためには魔力操作技術の高い者――つまり貴族が作らなければならなくなるだろうが、貴族はそんなことをしないので実現はしない。
 技術的に不可能というよりは、技能と資産を両方持ち合わせている平民が少ないということだろう。
 その点では調合も同じなのかもしれない。製法は一般的でも、高価な素材を試す余地があるという意味である。
 ちなみに貴族は平民の状況に対処しているのかという話だが、薬が安く買えるように商業ギルドや治療院などに補助金を出してはいる。平民用の薬を代わりに開発するようなことはしないというだけだ。
――次は武器を新調しましょうか」
 次の目標に迷っていたエルフィリアはアルカレドに声を掛けた。
「俺のですか?」
 エルフィリアの武器ではなかろうと思っているだろうが、確認として返答しているようだ。
 ちなみに防具はさらに別日の方でことを済ませている。レプティレ種の皮――ワニ型だったが――を採取してジャケットに加工注文済みである。
「そうです――多少攻撃力を上げるぐらいでは意味がないのでしょう、ならば、いっそのこと思い切って質を上げるといいのでは? 属性武器を試してみるのはどうですか」
「あー……つまり、新たな調合を試したいってことですか?」
「いえ、私は武器を作れませんので……でも、渡した素材の組み合わせで何かが出来上がってくるのは楽しいですね」
「……新たな刺激が欲しい、の方だったか」
 そうなるとエルフィリアは少し上の等級の迷宮を目指したい。防具もきちんとしたものが必要になるだろう。
 ――要するに、肌着の仕立てが上がってくる前に素材を獲りに行きたいのだ。
 だって、出来上がってすぐに新しいファッションを楽しめないなんて、詰まらないではないか。


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2023 05 04