――属性素材の方は、依頼を出すという手があります」
 等級の高い素材は、供給が少なくなる。冒険者は上位になるほど割合が減るからだ。
 そうなると、高級な素材は市場に転がっているものを探すよりも、依頼を出してしまった方が確実である。
 素材依頼を出す手順というものも確認しておきたかったので、エルフィリアはそちらを選ぶことにした。
 素材依頼というのは、ある程度まとまった金が必要になる。報酬が少なければ、冒険者は素材を自分で売った方が利益になるからだ。つまり、買取価格よりも多い報酬を出す必要がある。それから、手数料が二種類掛かる。実際はギルドで一括処理するので一本化されているのだが、ギルドに払う分の手数料と、国に税金として納める分の手数料が要るのである。
 ギルドというのは、滞在している国にそこそこ金を納めているものだ。
 そうでなければ国に益がない。ギルドや冒険者に国内の金が吸い上げられてしまうからである。素材の買取り、加工などは上手く利益が循環しているし、宿屋や食堂などは冒険者が金を落としていく。一見問題ないように思えるが、高価な素材や財宝などはごっそり金が取られるので、桁が違ってくるのだ。
 国は確かにギルドがいなければ困るが、冒険者にしかできない仕事というのは基本的にない。ただ、すべてを国でやろうとすると手が足りないのでその辺りの需要である。居てほしいが、居れば収支がマイナスになっていくのでは本末転倒である。
 そんなわけで、追い出されない程度には国や領地に金を納めている。土地代などは当然として、主なものは迷宮の使用料、そして商売の手数料も支払っている。
 このあたり、手数料については素材の売却にも関係している。装備や食料などの加工業者が素材を仕入れる際は、売る側に手数料が発生するのだ。個人が個人に売る場合、または店側が建物を持たない露店売りなどの場合はこれに当たらない。なぜそういう制限があるかといえば、加工業者に直接素材を売り込むものが増えると収拾がつかなくなるからだ。供給が多い物はギルドから買う方が確実だが、供給が少ない物は直接高く売りつけようとする輩が出るものである。
――すみません、素材依頼の手続きを申し込みたいのですが」
 ギルドの受付でエルフィリアは声を掛けた。
 ロック種の素材はまた狩りに行く予定なので、その間に依頼しておくとちょうどいいと思ったのだ。
「属性素材が欲しいのですけれど、どれがいいのかわからないので、特定のものを指定しない依頼でもよろしいのでしょうか」
「それなら、ご相談にのりましょうか。――そういえば、ギルド長が伝えておきたいことがあると言っていたようなので、呼んで参りますね」
 そんなわけで、いつも通り別室へとご案内だ。
「ほーお、素材依頼をしたいと」
「属性武器を作りたいので、それ用の素材が欲しいのです。鉱石は自分で採りに行くので属性素材の方を依頼したいのですが、等級は四以上のものが欲しくて」
「属性は何でもいいのか?」
「そうですね……炎か氷ならいいかもしれません」
 どの属性でも構わないといえば構わないが、炎なら氷、氷なら炎への特効があるので使いやすい。
 属性武器は、通常の武器よりも威力が高い。属性素材そのものに魔力が多いので、質の高いものになりやすいのだ。属性武器の欠点は同じ属性への攻撃が通りにくいことだが、その場合は魔法で対処しても良し、予備の武器を持たせても良し、なのでエルフィリアはあまり気にしていない。
――それなら、指名依頼でもするか? イズがちょうど、氷の属性の迷宮に行く予定だぞ」
「あら、それは聞いても構わない情報なのですか?」
「別に、秘密にしてるわけじゃないんでな」
 特定の対象を内偵しているというわけでもなし、どの迷宮を調査しているかは知られて困る情報でもないらしい。
「……依頼の報酬というのは、お金である必要がありますか?」
「金が一番成立しやすいから普通は金だが、契約が成立するなら何でもいいぞ。その代わり、受け取り確認が要るから物品である必要がある」労働を対価にする、などは適当ではないわけだ。「今回はついでだし、そんなに上乗せ請求されないとは思うが」
 上乗せ、というのは素材の価格とは別に手間賃が掛かるという考え方をするからだ。素材の価格だけならば、自分で売ればいいだけなので依頼を受ける必要がない。
「それなら、ちょうどイズさんが欲しがりそうなものをご用意できます」
「そうなのか? まあとりあえず、依頼書を書いて――
「いえ、詳細は直接交渉したいので声を掛けておいていただけます? 土の日の朝にまた来ます」
「お、おう」
 その間アルカレドは口を挟まなかったが、――また始まった、という苦い顔をしていた。
――そういえば、私に何か伝えるような情報があったとお聞きしましたが」
「……ん? いや、イズに会ったからそれをちょっと言っておこうと思っただけなんだが」
 伝言を頼んでいたので、その件だったらしい。
 ――それはそれは、とエルフィリアはにこりと笑った。
「そうですね、やはり依頼書は先に書いておきます。書き方を教えていただけますか」


「お久しぶりです、イズさん」
――あ、お嬢さん、お久しぶり。一ヶ月ぐらいかなあ?」
 週末にエルフィリアがギルドに行くと、伝えたとおりにイズが待っていた。
 依頼ボードの手前には飲食店のように椅子とテーブルが何脚か置いてあって、パーティでの相談などに使えるようになっている。イズはそこに座っていたのだ。
 どうぞ、と促されたがエルフィリアは座らず、立ったまま話を進めた。
「これから目的の迷宮に向かいますが、イズさんは一緒に来られますか? 行けるなら行きましょう、話はそこでします」
「えっ、んっ? あ、はい、イズさん行けるけど、え?」
 行けると言われたので、エルフィリアは背を向けてギルドを出た。イズは混乱したまま後ろからついてくる。
 迷宮行きの馬車の手配をして乗り込む。基本的に乗合馬車なので、ここで目的地が同じ人たちがいれば同乗することになる。
 今回はエルフィリアたち三人だけだったので、話してもいいものかとイズが恐る恐る口を開いた。
「えー、と、イズさんが今日は駄目だったらどうするつもりだったの……?」
「その場合は静かな店にでも場所を変えましたね。どちらにせよ、ギルドでは騒がしいし人が多いと話しづらいので」
 がたごとと馬車が揺れる。本当に、クッションが欲しくなるなとエルフィリアは思う。
「あ、トーゴさんから指名依頼のこと聞いたんだけど、その素材の獲れる迷宮に行くの……これから?」
 イズは混乱した声を吐いた。目的が合致しているのであれば、イズに依頼せずとも自分で行けばいいのではないか。ちなみにトーゴとはギルド長の名前である。
「いえ、別件といえば別件です。イズさんへの報酬は、属性耐性の付いたマントでいかがですか」
「えっ、こないだのやつ? 欲しい欲しい」
「厳密には別のものですが。これから作ります」
「えっ」
 どうやら報酬には満足してもらえたので、依頼は成立するものとエルフィリアは見なして今後の予定を説明する。
「まず、本日の目的はマント用の素材を手に入れることです。手に入ったらマントを加工しますので、それをイズさんに渡して受領のサインをいただきます。その後、別日で構いませんのでイズさんが武器用の素材を手に入れて、ギルド経由でいただくということで」
「うわー、ずいぶん変則的だねえ……」
「手間が省けますので」
 依頼報酬が物品の場合、両者が直接やり取りをする必要がある。あくまでギルドは制度を提供しているだけという立場だ。ギルドが報酬を預かるとなれば、なかなか取りに来なかったり、約束した物と違うことがあったり、言いがかりを付けられたりするようなことが起こり得るからである。
 依頼物も厳密にはそうだが、素材依頼の場合はよほどの物でない限りギルドを介しても問題はない。ものが明確なので取り違えが起きないのと、仮に紛失などがあってもギルドの方で補填できるからだ。
――と、いうか、まだ依頼も貰ってないんだけど」
「はい、ご依頼申し上げますのでよろしくお願いいたします。依頼書はここに」
「……受付印もまだだねえ」
「ええ、まとめて済ませようかと思いまして。契約のところにサインいただけます?」
 依頼、契約、手数料、報酬受領の手続をギルドにて一括で済まそうという魂胆である。
「ええー……いいのかなあ……」
「禁止事項にはありませんでしたよ」
 書類より先に契約を済ませてしまうことも、報酬を先に渡してしまうことも、禁止されてはいない。する者がいないだけである。ある種お役所的な手続きなので、最終的に書類に不備がなければそれでいいのだ。
 ちなみに、冒険者と何らかの契約を交わす際はギルドを通すことが原則になる。これは、冒険者の実績に計上されるという理由もあるが、不当な報酬の発生を防ぐためだ。主に、冒険者側が力で圧を掛けないための防止策である。
 契約のサインを入れて、イズは窮するようにぼやいた。
「あっ奴隷くんの言ってた意味がわかるぅ!」
 ――つまり、「お嬢様はいつもアレ」だ。


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2023 05 09