装備用の素材を求めて、エルフィリアは三等級の迷宮へとやってきた。
 レプティレ種の生息している迷宮である。
 ちなみに迷宮の等級は、入構から最初の帰還ポイントまでの攻略難易度を基準に定めることが多い。潜れば潜るほど段階的に敵が強くなる迷宮もあれば、ほとんど変わらない迷宮もある。迷宮の負荷も帰還ポイントごとに設定されているようだ。駄目だった場合はその先に行こうとすると負荷が掛かる。
 ここでは十層のボスが大蛇だったが、あっさりと戦闘が終わってしまった。
 氷系の魔法で動きを止めて――などとエルフィリアは思っていたのだが、そうするまでもなくアルカレドが頭を落として終わりだった。膂力りょりょくがあるので捕まると危険な魔物だったのだが、動きが読み易い上に斬れば良い場所が明確だったので苦労はなかったのだ。
 形も単調な魔物なので、解体までもあっさりと終わってしまった。
「レプティレ種は食えますよ」
「えっ、肉食獣型なのでは……?」
 アルカレドからの意外な情報に、エルフィリアは驚いた。肉食系の魔物は食用にならないという認識になったばかりだったのに。
「獣型じゃあないんで、例外なんじゃないですか? わりと食いやすいって話も聞きましたが」
「えっ、食べてみたいです」
 いつもの通り、エルフィリアはいそいそと準備をする。軽く炙ってみたが、今まで獲ってきたものよりも脂が少なく見えた。
 口に入れると、弾力はあるがあっさりとしていて、エルフィリアでも多く食べられそうだった。
「美味いけど、物足りないですね」とはアルカレドの言だ。
「物足りない……というわけではないですが、確かに単独では弱いですね」
 ソースが欲しくなる。このまま焼いたり塩漬けにしたりする用の肉ではなく、料理用の肉だなという感じがした。食べたことはないものの、タレをつけて焼くという串焼きにも意外と合いそうに思う。
「煮込むのも良さそうですね」
 他の食材と喧嘩せず、良い味が出そうである。
 アルカレドの話では、市場価格はあまり高くないようだ。冒険者にはもっとがっつりした肉の方が人気なのである。
――で、素材はこれで良いんですか?」
 今日の目当ては肉ではなく、皮である。レプティレ種の皮は扱いやすく、比較的安価でもあるので、装備品に使っている冒険者は多い。薄い分、軟らかくて使いやすいという長所にも、衝撃を吸収しにくいという短所にもなる。
「この皮で防具を作ったら、今までのものよりも性能は上がりますよね……」
 そう思うのだが、どことなく納得がいかない。
 これで防具を作るとなると、結局ビスチェになるだろう。それだと今までのものとあまり変わりないので、新たに仕立てるという高揚感が削がれる。ジャケットのようなものにもできるが、普段の見た目が大きく固定されてしまう。
 ――つまり、エルフィリアの不満はいつも同じような恰好をするのは嫌だという贅沢なものなのだ。
 今まではまず節約をする必要があったし、冒険者とはこういうものだという感覚もあった。しかしそろそろ懐具合には余裕がある。似たような恰好だと飽きるという感覚は、エルフィリアにとっては三食同じスープだと飽きるというものと同じなのだ。
 基本的に合理性重視とはいえ、可愛くない恰好はしたくないものである。
「……お嬢様?」
 ただの確認のつもりだったのがエルフィリアが考え込んでしまったので、アルカレドは声を掛けた。
「この皮で防具を作るのはやめます」
――は?」
「新たに素材を取りに行きます」
 そんなわけで無駄足だったが、この日は残り時間が少なくなったのでお開きになった。


 次の週末、エルフィリアは湿原へと出かけた。
 馬車で二時間ほどかかったので、普段よりも遠方である。粗末な馬車ではなかなか揺れが辛かったので、そのうちクッションでも作る必要があるなとエルフィリアは思った。
 この辺りは、レプティレ種が生息していると聞いている。
「ヘビ型の魔物……でしたっけ」
 アルカレドはそう言って息を吐いた。エルフィリアの目的にいま一つ考え及んでいない。結局また似たような魔物を探している理由がわからないという顔になった。
 ちなみに魔物の巣というのは、見つければ必ず殲滅してしまうというものではない。上位種の魔物を狩りすぎれば下位種が増えて人間が襲われやすくなったり、上位種が増えれば下位種が減って人間や食料を狙う、または下位種が逃げ出して人間の住処までやって来る、などということが起こり得る。曲がりなりにも生態系があるので、あまり乱すわけにもいかないのだ。
 そんなわけで村や町の近く、もしくは増えすぎると間引きするようマークされているような巣は、ギルドの方も情報を把握するようにしている。エルフィリアも今回、この場所のことはギルドに聞いてきたのだ。
「今回は少々、強行策で行こうかと思います」
「……はあ」
「そういうわけでアルカレド、レプティレ種の巣に突入してきて頂戴」
――は?」
「待っている間に何か、軽食を作っておいて差し上げます」
「待て待て待て」
 何もかも突っ込みどころしかないので、アルカレドは頭を抱えた。ここで理由を説明しろと言っても、恐らくしては貰えない。息を整えて、アルカレドはもう一度口を開いた。
「あー……俺が何をするのか、もう少し具体的に言ってもらえます?」
「そうですね……ええと、アルカレドは魔物の気配を察知できますね?」
「はい、まあ、近くにいれば」
 周囲の魔力が何となく感知できるので、それを利用すれば近づいてくる魔物の気配がわかるともいえる。
「では、見つからないように魔物の巣に入れますね?」
「でき……いや、やったことはねえですが」
 勿論、エルフィリアはできると思っているのでここで撤回などはしない。
「それで、脱皮した抜け殻を巣から取ってきてもらいたいのです」
「……脱皮?」
「では、お行きなさい。殻が手に入れば良いので、倒さなくても構いませんよ」
 それどころか、下手に戦闘すれば血が血を呼んで収拾がつかなくなる可能性がある。
「あー……はい、承知しました」
 これ以上は情報が出てこないと見て、アルカレドは承諾した。巣から何かを取ってくるだけならば、そこまで難しくはない。
 そして湿原から離れて森際の木陰を拠点にしたエルフィリアは、アルカレドを見送った。
 今回こんなところまで来たのは、恐らく迷宮では脱皮は行われないと見当を付けたからだった。魔物の怪我やそれに準ずる状態がリセットされてしまうというのは、巻き戻しが行われているというよりは維持だと考えられる。初めの状態を維持するように迷宮内の魔素が働いているのだ。そこから外れると修復され、消滅の際は再度生成されるという手順である。迷宮では魔物の間引きが必要ないことを鑑みても、明らかに数がコントロールされている。子供が増えず、成長もしない。巣作りや捕食活動などの習慣的行動はしても、成長のための脱皮はしないはずだ。
 詳細も言わずにアルカレドを放り込んだが、いつものことである。懇切丁寧に扱わないことで奴隷と線引きをしているのだが、ある種のストレス発散とも言えた。
 実際、エルフィリアが自由奔放に振る舞っているのは、外においてだけである。確かに交流も増えたし研究熱心にもなったが、些細な変化に過ぎない。シャーロットとの交流が増えたので、不自然に思われないようそれ以外との交流を増やした。図書館へ行く頻度は増えたが、講師の部屋へ行ったのは数回だけだ。兄が情報を掴んだのは目立つ行動のあった何度かだけであり、それ以外はほとんど変わらぬ学院生活を送っている。
 そもそもの、規範に従順で優秀な令嬢からはあまり逸脱していないのである。
 だから周囲はエルフィリアが婚約解消するとは思っていない。彼女に何の益もないからだ。この婚約は政治的な判断であり、第一王子としてもエルフィリアという駒を手放すことはできないはずだ。シャーロットは対抗馬にはなり得ない。だからこそ周囲は無責任な噂を口にすることができるとも言える。いまや、シャーロットと仲良くすることで婚約者としての余裕を見せつけているのだと思っている者すらいるのだ。
 ゆえに、エルフィリアはおとなしくしていれば何の問題もない。
 それなのに、いろんな楽しみを覚えてしまった。自由を覚えてしまった。それを普段押し込めているから、外に出ると奔放になってしまうのだ。
 ――そんなこと、アルカレドは知る由もないのだが。


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2023 05 02