――金貨二十枚でいかがでしょうか」
「えっ」
 商業ギルドのカウンターである。
 エルフィリアはフード付きのマントを売りに来たのだが、想定外の金額を提示されて動揺してしまった。しかも一枚についての値段だ。
 中古品は、街中の買取店で普通に取り扱ってはいる。彼女が商業ギルドの方に来たのは鑑定のためだ。通常だと品物の素材までしか確認されないので、このマントだと単なる布の外套としての価値しかないことになる。
 商業ギルドの方であれば、売却の際にまず鑑定が入る。鑑定料はしっかり取られるが、耐性付与の方も評価されるに違いないという腹ではあったのだ。
 ――それが、思ったよりも高く評価されすぎて驚いたというわけだ。
「ええと……中古品ですよ?」
「ええ、しかし劣化はほとんどないですし、耐性付与があるので買い手はすぐ付くでしょうからね」
「……とは言っても、属性素材と比べるとかなり落ちるのでは」
 さすがに属性素材のものより高いということはないが、何故か思ったほどの差は付いていない。鑑定士ならば、属性素材より劣る部分も承知しているはずなのだ。
「評価したのは利便性ですね。需要があるのもそこです。他に何を着ていても羽織るだけで済みますし、折り畳めるので荷物にもならない。手入れが楽だというのも有難い」
――あ」
 なるほど、盲点だった。あくまで装備品なのである。
 エルフィリアのように、見た目だの着心地だのとファッション品のようには考えないのだ。何枚も買うようなものでもないので、手軽に洗えるのも利点となる。
 それに、冒険者がみな拡張式鞄を持っているとは限らない。嵩張らないかどうかも、ときには重要だ。イズが言っていたように、その都度必要な装備を売り買いしている者もいるのである。それは基本的には金の問題だが、荷物の問題としても恐らく小さくはない。
「しかし、こんな珍しい品、どこで手に入れたんですか?」
「え……効果付与はそんなに珍しいものでもないと思いますが。持続魔法というものもありますし」
 例えば、杖に硬化魔法を掛けたり、財布に紛失防止魔法を掛けたりすることはある。通常の放出魔法とは違い、魔術具の仕組みと同等のものらしいのでエルフィリアは詳しくはない。そういうものが存在しているのだから、道具に何かしらの効果を付与するという考え方も珍しいものではないと思っただけだ。
 エルフィリアが塗布剤を作った手順も難しいものではなく、既存のアレンジの範疇である。
「持続魔法の依頼というのは非常に高額ですから、その辺りの品に使うものではないと思いますよ」例えば、貴族が作らせた一点物とか。「それに、調合などによる効果付与も珍しくはありませんが、もっと魔力が馴染むものがベースでないと」こんな、ただの布とかではなく。
 ――何か変なことをしてしまったんだな、ということがここでエルフィリアにも飲み込めた。
「……とある手段で手に入れたものです。では、その値段でお売りしますね」
 ささっと手続を済ませて、エルフィリアは商業ギルドの建物を出た。ちなみに、鑑定料は大銀貨二枚ずつ掛かった。
「……なるほど、高価なものでもなく特殊な素材でもないものに、付与が掛かっていると変なのね」
 しかし、使い勝手のいい汎用品ほど需要はある。
 マントは特殊なものではなかったのだが、恐らくは塗布剤と定着剤との両方にエルフィリアの魔力が混じっていて、それが良いように相互作用したのではないかと思う。
「……お嬢様、調合剤で商売ができるのでは」
「私もそういう気がします」
 付与そのものが珍しいのではなく、通常付与が付かないものに付いているのが珍しいのだ。それが、ただの布にでも可能となれば。
――しかし、個人で調合剤を売るとなると、恐らく恨まれるでしょうね」
「恨まれる?」
 アルカレドが眉を顰めたので、エルフィリアは説明する。
 自分の持ち物に簡単に耐性が付与できるとなると、冒険者には有難い。しかしその分、耐性付きの装備を売っている店が儲からなくなるのだ。高価な分、安価な手段を広められると困るのである。
「……となると、付与した物を売るということに」
 仕入れて、加工して、売る。
「……私は、業者になりたいわけではないのですけれど」
 結局、そういうことになる。いくらか稼ごうとするたびに業者への道が見えるのは何故なのか。
「落としどころとしては、商業ギルドに卸して加工業者に売ってもらうといいのかしら」
 自分で作った物に付与するなら、業者の方も適正な値で売るだろう。
 一番簡単な方法としては、製法を商業ギルドに登録してしまうことだが、今回は難しい。特別な手順ではないのであまり独創性がないのと、調合剤の出来が魔力操作技術に依存するからだ。直接的なそれではなくとも、例えば素材の粉砕一つにとってもそうである。手作業での粉砕と魔法での粉砕では、粉のきめ細やかさと均一さがまったく違う。再現が困難となると使用料が入る見込みがない。登録する旨味がない上に、エルフィリアの名前だけが広まってしまう可能性がある。商業ギルドは貴族とも付き合いがあるので、あまり使いたい手段ではなかった。
「では、また気が向いたら作ってみることにしましょうか」
 結局、気まぐれに商業ギルドに売るしかないようである。
 そう割り切ってみると途端に、別の属性で作る場合、魔物素材の等級を変えた場合でどんな差が出るのか、そういうことが気になってくるのだった。


「装備の新調を考えています」
 次の目標について、エルフィリアはそう宣言した。
 よくよく考えてみると、装備がおろそかになっている。初めからして中古品だったので、新品で買うよりは性能の良い物が手に入ったが、それでも予算の許す限りだったという注釈が付く。収入があってからはアルカレドの剣をもう少し良いものにしたが、それだけだ。
 なんだかんだで、いままでは等級の低い迷宮か浅層辺りしか潜っていなかった。それを改めるのなら新しい防具は必要である。エルフィリアは魔法士のため後衛型で、ほとんど攻撃を受けることがないので失念していた。せいぜいが蜜を採りに行った際に手を刺されたぐらいのことだ。アルカレドも迷宮で怪我を負ったことはなかったと記憶している。
 ――しかし、問題は今後だ。防具を新調したところで攻撃が利かなければどうしようもない。武器と防具、どちらを優先すればいいのだろうか。
――アルカレド。雷の迷宮は結局四等級だったわけですけれども、武器に不足はありましたか」
「……そう言われると返答に困るんですが。別に武器の性能は良くないけど何とかなってる、って感じですかね」
――つまり、根本的に武器の性能が不足しているということ?」
「そうです」
 そもそもが、剣の切れ味というものがあまり良くない。高級素材になればまた別だが、中級以下のものなら似たようなものだ。まだナイフの方が切れ味が良いぐらいである。使う材料が少なくなるため、同じ値段ならば性能の良いものになるからだ。
 研磨石があるので多少は研ぐが、表面だけである。元々の質が良くないのにやりすぎると、すぐに薄くなって折れやすくなってしまう。
 ではどう戦うのかといえば、刃物というよりは鈍器として扱っている感覚に近い。斬っているのではなく、叩き割っている、とでも言おうか。斧と同じだ。
 ――つまりは、ただの力押しである。
――そういうわけで、多少性能を上げたところで使い方は変わらないんで」
 今更いい武器を買ってもあまり意味はない、ということらしい。斬れなくとも咽喉笛か心臓に刺すことができるならば用は為せるのだ。
 ついでに解体時については性能の良いナイフがあり、切れないところはそれ用の鉈だの鋸だのがあるので不便はない。
「防具はどうでしょうか」
 アルカレドは前衛なので、エルフィリアよりも危険性は高い。
「んー……今のところはあんまり困ってないですね。衝撃は殺せばいいし、かすったときに破れなきゃそれで」
 敵の攻撃は避けているし、そうでなければ剣で力を逸らす。ぶつかってきたときは反対側に飛んで衝撃を軽減している。そういう戦い方なので困ってはいない、ということだ。
「別に、構わねえでいいですよ。お嬢様優先にしてくれれば」
――では、レプティレ種でも狙いましょうか」
 そういうわけで、とりあえずエルフィリアの防具優先になった。彼女の武器は無論、新調する必要はない。
 エルフィリアが優先順位を付けようとしている理由は、明らかである。
 買うのではなく――獲りに行くに決まっているのだ。


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2023 04 29