――おう、久しぶりだな」
「お久しぶりでございます」
 出てきたギルド長にエルフィリアは頭を下げた。
 ギルド長を呼び出してもらい、いつも通り別室にての対談である。
「要件はおわかりかと思いますが、再登録に参りました」
 登録用紙を受け取りながら、エルフィリアはギルド長の顔を見る。――おわかりですね、という確認だ。
「はー……ああ、俺に保証人を頼みたいんだったか?」
「ええ、わたくし、ギルド長のお役に立てていると自負しておりましたが、違いまして?」
「……違わねえな」
 少し焦らしてやろうと思ったらしいが、エルフィリアがやり返したので諦めたようだ。
 以前言われていたとおり、再登録の際には相応の保証人を必要とするのでギルド長にお願いしようという心積もりだ。働きを考慮して引き受けるという話だったので、相応の働きは見せただろうというやり取りなのであった。
 保証人の欄を向けて、エルフィリアは用紙をギルド長に返す。
 魔術具による血の測定も再度行った。情報は既に一度目の登録の際に記録されているが、今回は照会のための測定である。システム上、手続は必要なのだ。
 前回と同じように回復薬を含ませた布を渡されたが、エルフィリアは血の滲む指先をじっと見て呟いた。
――これ、残しておいたら薬の治験に使えるのではないかしら」
「いいからちゃんと治してください。ご友人方に見られたら変に思われますよ」
 珍しくアルカレドから横やりが飛んだので、
「仕方ありませんね」とエルフィリアは頷いておいた。
 今日は納入の品もない。手続が滞りなく済んだので、エルフィリアは入口の方に戻ってきた。
「せっかくなので、依頼を見ていきましょう」
 今度は本登録を目指すので、最終的には依頼をこなす必要がある。とりあえずどんな依頼が出ているのか、確認がてら依頼用のボードを眺めていく。
 ボードには各依頼書がピンで留めてあるが、大きく三つに分けられている。
 まず一つ目はエルフィリアにも関係がある、見習い用の依頼だ。一番手前、そして一番小さなボードである。主に仮登録者がこなす用の依頼や、新人が受けられる簡単な依頼が並んでいる。ちょっとした薬草などの納入、畑の手伝いなど、子供でもできるようなものが多い。無論、報酬は微々たるものだ。この辺りは無制限にしておくと簡易な依頼で溢れ返ってしまうので、ある程度ギルドによって数は調整されているらしい。
 二つ目は、冒険者の階位別に分けられた依頼だ。依頼の期日順に並べられており、自分の階位より上の依頼は受けることができない。パーティ用の依頼もここだ。魔物の討伐依頼などが多く、解体業者の顧客となるのはこの辺りを受ける冒険者であるらしい。一般的には迷宮の魔物狩りなどは依頼しないからである。
 そして三つ目が、納入用の依頼。基本的に、依頼は途中で破棄するとペナルティがあるので、納入用は依頼品を入手してから受けることが多いようだ。ギルド職員の補足として入手できる迷宮や目安になる階位の情報が書かれているが、基本的に誰でも受けられる依頼である。他の冒険者に先を越されたくない場合は入手前に依頼を受ける手もあるようだが、その際は目安の階位より下だと受けることができない。
「……一つ、目星をつけてしまいましょうか」
 どの依頼かを定めて、とりあえず依頼品を取りに行く。その結果、先を越されてしまったらそれはそれということである。なにしろ急ぐ必要がない。
――あ、これ、面白そうではありませんか?」
 ――求む雷牙獣の牙。雷の迷宮二十層のボス、フェレス種。解体魔法での入手可。
 雷牙獣というのは確か、サーベルタイガーのような魔物だったように思う。
「……面白そうとは、どういった意味で?」
「属性の迷宮は初めてなのと、属性素材が手に入りそうなので興味深いですね」
「……なるほど」
「では、こちらを目標に準備をしましょう」
 そう決めて、エルフィリアはぽんと両手を合わせた。
 頭の中の算段は始まっており、心は既に高揚している。


 ――そうして現在、森の中である。
「準備って、森でするんですか」
「そうですね。……と言いますか、スライムが欲しいのです」
「……スライム?」
「はい、これに入れて頂戴。靴で潰すのは禁止します」
 エルフィリアはアルカレドにバケツを渡した。三匹も入れればそこそこ溜まるだろう。
 靴を禁止したのはぐちゃぐちゃに潰れて飛び散るのと素材が汚れるからだ。そのためアルカレドは、そこらの枝を切断して殴打用に準備している。剣を汚すのはやはり嫌であるらしい。
 森で狩る必要はないのだが、スライムのためだけに迷宮に潜るのもどうかと思った結果こうなった。どうせ同じなら、開放感のある場所の方がいいというものである。
 ちなみにスライムは、不定形種という分類になる。泥状の魔物など、形がよくわからなくて分類しづらいものが放り込まれている種であるようだ。基本的に、冒険者の分類というのは大雑把なのだ。種の名付けも、言いやすいものが残った結果なので統一感もない。
「おっ、いましたよ」
 弱い魔物なので道の真ん中などには出てこない。茂みの下や、陰になっているところに潜んでいることが多いのである。ダンゴムシでも探すつもりになっていると見つかる魔物だった。
 アルカレドは、ひゅんと枝を振り回してスライムに叩きつける。
 ――ばちゅん、という音を立ててスライムは千々に飛び散った。
「……あれ? ……スライム弱すぎんな」
 どうやら力加減を間違えたらしい。何度か繰り返した挙句、アルカレドは枝を使うことを諦めた。棒状のもので殴ること自体がよろしくないという結論に至ったようだ。
「とりあえず、衝撃を与えりゃあいいんですよね」
 アルカレドはスライムを鷲掴みにすると、バケツの底めがけて叩き込む。べしゃん、と滞りなく着地したあと、スライムは平たくなって動かなくなった。
「これでいけます」
 相変わらずの力業である。
――で、結局、これで何すんですか」
「まず、属性対策をしようかと」
――はい?」
 間の説明を飛ばしたが、エルフィリアが荷物から雷属性の角を取り出すと、アルカレドはああと納得の声を上げた。彼女はいくつかの店に寄り道して買い物をしてきたのだ。狭い店では店舗前に待たせていたので、アルカレドは何を買ったかを把握していない。
「つまり、耐性効果のあるものを作ろうと」
 そう言いながら首をひねったのは、スライムの役どころがよくわからないからだろう。
 魔物の角は魔力を集約させる効果がある。属性を持った魔物が角から魔法を放つのはよくあることだ。そしてまた、角は魔力を引き寄せる。薬の魔力抜きに使うのはその作用である。
「調薬の知識とは、傷薬が作れるかどうかよりも、こういう調合に役立てるものという気がしますね」
 エルフィリアは器の上で角を粉にする。叩き割るのではなく、初めから粉砕するのなら魔法を使う方が簡単だ。杖の先に風魔法を凝縮させて、削っていけばいいのである。
 これに、巣を作る魔物の牙を砕いて混ぜる。牙から注入する特殊な液に、魔力を弾くような効果があるものだ。
 媒介となる植物の根を刻み入れて、最後にスライムである。
「スライムは繋ぎというか、欲しいのはこの形状ですね」
 特に、魔物素材なので魔力が多いのが都合がいい。素材が混ざりやすいからである。
「これを塗布することによって、耐性が付与できると思うのです」
 スライムを少しずつ混ぜて、粘り気のある液を作る。液というか、ジェルだった。
 シートの上に、防具屋で買ってきたフード付きマントを二枚広げる。
 そこに調合剤をヘラですくって伸ばしていく。表と裏と、浸すようにして塗った。
――これは一旦、馴染ませておきましょう」


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2023 04 09