エルフィリアはギルドへの出入りを控えることにしたが、アルカレドには自由にさせておいた。
 訊かれたら、主人は忙しいと答えさせるようにしている。夏季休暇の間もしばらく来られなかったので、不自然ではない。
 二週間もすれば、エルフィリアのギルド仮登録は期限切れで取り消しになるはずだ。
 その理由は依頼をこなしていないからだが、多様な素材を試すことに熱中していておろそかになっていた、という言い訳ができる。さすがに期限直近に出入りしていて依頼を受けないのは不自然なので、訪問を控えることにしたのだ。
 取り消しを看過するのは勿論、本登録の時期をずらしたいからである。
 その間は少し、薬の研究でもしてみることにした。材料を変えたり、魔力の有無を変えてみたり、いろいろと試行できることはある。ギルドに行かなければいいだけなので迷宮に行くのは構わないのだが、それはそれで試したいことが増えていくだけなので自重することにした。
 結果的に、一ヶ月ほどじっくり時間を取ることになった。
 その間、校内の図書館に出入りしたり、社交もいくらかこなしたりしていた。ギルドの方に比重が偏りすぎると、その他のことがおろそかになって不審に思われるのでは、という理由だったのだが少しばかり遅かったようだ。
 その日、子爵令嬢のレアンドラ、伯爵令嬢のシスティーナと共に茶を嗜んでいたのだが、その際にシスティーナに指摘されてしまったのだ。ちなみに、場所は学院内に設置されている喫茶店である。
――近頃、殿下との仲は滞りなくいらっしゃるのかしら」
「どういった趣旨の発言なのか、お聞かせいただける?」
 エルフィリアは元々、社交に熱心な方ではない。同派閥ではないシャーロットとばかり懇意なのも不自然なため、他に第二王子派のシスティーナに声を掛けたというわけだ。レアンドラの家は中立派であるし、個人に偏らなければ印象は分散する。
「……いえ、シャーロット様とのことが少し気になっただけですわ」
「何も変わりありませんわ、と申し上げたら満足でいらっしゃる?」
 エルフィリアとウィンフレイとの仲は、実際にさほど変わってはいない。仲違いしたわけでも会わなくなったわけでもないのだ。今までと変わりはない。
 しかし、確かにウィンフレイとシャーロットとの間には変化がある。急速に距離を縮めているわけではないが、目を合わせたときの親密感が上がっている。
 ほとんど公然の秘密といっても良いぐらいであったが、実際に指摘できる行為は何もないため、皆が沈黙を守っている状態だ。
「システィーナ様、少し不躾なのではなくて?」
「そうですわね、――申し訳ありません」
 気に掛けたレアンドラがシスティーナをたしなめると、彼女はそれ以上踏み込まずに言葉を収めた。
 どういう立場の発言なのか少々気になって、エルフィリアは尋ねてみることにした。
「システィーナ様は、ご婚約者はいらっしゃったかしら」
――いえ、まだなのです。ですから、他の人の話題が気になってしまって……」
「そうでしたのね」
 婚約は、家と家との結びつき、利害によってなされることが多い。家々の勢力図がどう変わるかわからないので、幼少期から婚約を結ぶというのはあまり一般的ではないのだ。
 特に現状では立太子が済んでいないため、どの派閥に付くか決めかねて婚約が済んでいない子女も意外といるのだった。派閥を乗り換えるほどではなくとも、派閥内の序列が変わってしまうということはある。
 さすがに卒業したらそう猶予はないので、一気に勢力図が塗り変わってしまう可能性もあった。
――あら、そういえばシスティーナ様は仲の良い幼馴染の方がいらっしゃるというお話ではなかったかしら」思い出したようにレアンドラが言えば、
――はい、あの、実は父がまだ渋っておりまして」と表情を曇らせる。
 どうやら、情勢が変わるかもしれないということで父親が婚約を許してくれないようだ。
 もしエルフィリアが婚約を解消されてしまえば界隈が荒れるので、それが心配なのかもしれなかった。
 貴族というのはやはり、面倒なものである。


 その日のエルフィリアは、アルカレドを連れて商業ギルドにいた。
 冒険者ギルドの方は既に登録の取り消しをされている頃合いなので、誰かに見られるのを心配することもない。あとからのんびりと手続に行く予定である。
 商業ギルド内の鑑定受付の方へ足を向けると、別室へと案内された。稀少なものを持っていることが知れたり、一度に多くの鑑定依頼を持ち込む者がいたりするので、基本的には個室で対応することになっているようだ。
 鑑定には成分分析用の魔術具を使う。
 ――鑑定士とは、その数値を解釈できる者のことをいう。無論、専用の資格が必要である。
 鑑定士の前に、エルフィリアは最近作っていた薬を十五種類ほど並べて置いた。基本的には切り傷や打ち身用の薬である。すべて軟膏容器に入っており、それぞれ番号を振ってある。
 番号ごとに材料や製法をノートにまとめてあるので、エルフィリアは順番に説明を受けて情報を書き足した。
「なるほど。やはり魔物素材で差が出ますね……」
 天然素材と魔物素材では、魔物の方が効能が高い。しかし、加工前に魔力を抜くと効能が下がるのだ。材料を熱したり混ぜたりすることによって薬となる状態に変化するのだが、その際には魔力が必要だということらしい。魔力が高いほど、高い水準で均一に混ざる。
「こちらは、お持ち帰りになりますか」
――そうですね、引き取っていただけますか」
 こんなにたくさん薬を持っていても使う機会がない。一つぐらい残しておいても構わないが、どうせまた作るのである。
 鑑定後はその場で商業ギルドに売れるので、持ち帰らない選択も珍しいものではないようだ。価値がなかった場合もそのまま回収してもらえるらしい。
「鑑定料は相殺になりますか」
「いえ、値段が付きますので、超過分はお渡しします」
 結局、まとめて大銀貨一枚になった。
 鑑定料は高くつくこともあるのだが、薬の場合は安く設定されているのだ。
「良かったら、また売りに来てください」
 どうやら、エルフィリアの作ったものは合格点をもらえたらしい。質のあまり良くないものも混じってはいたのだが、彼女の様子から試作していたことは理解されていたようだ。
 そもそも、薬を売るのは免状がなければ許可されない。それも、一年ごとに査定を受けて更新する必要がある。エルフィリアは、現状だと貴族の名前になる上に、作成ノルマもあるので取るつもりはない。
 ただし、店を構えて売ったりどこかに卸したりしなければ、対面で薬を売ることは許容されている。旅の途中で傷病者に行き会って、というケースも考えられるからだ。
 それ以外のケースというのが、この商業ギルドだ。
 鑑定後の薬は商業ギルドに売ることが可能なのである。そのため、薬の鑑定料は安い。
 今後何か作ったら、ここに持ち込むのも悪くはない。冒険者ギルドで買い取るのは基本的には素材なので、加工品ならば商業ギルドの方が適しているのだ。ジャムの場合は製法込みで販路も確保してきたため特殊な例だったが、例えば毛皮をコートに仕立ててしまった場合などはこちらだろう。
 揚々と商業ギルドの建物を出て、エルフィリアはアルカレドを振り仰いだ。
――さて、お待ちかねのギルドに行きますよ」


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2023 04 07