毛を刈り終わると、エルフィリアはアルカレドに解体を任せた。
 その間に、魔物産の羊毛を水球に入れて洗浄する。この際、削った石鹸とあるプラント種の葉を入れておくと綺麗に汚れが落ちる。乾燥が終わるとシートの上に広げて、毛に絡まっていたごみ取り作業をする。あとは袋に仕舞って口を縛り、鞄に入れて一段落である。
 糸にするのは加工業者の仕事なので、そこまでは手を付けない。しかしある程度きちんと処理しておくと、評価も買取価格も上がるのだ。解体費用が高いのは、そういう手間賃も入っているからである。丁寧な処理を心掛けない者が我流で解体すると、二度手間が発生するのであまり高く買い取ってもらえないことがある。そうしてますます冒険者たちは解体に手を出すことに気後れし、それができる一部の人間が重宝されるという図になるわけだ。
 冒険者たちはまず強いこと、敵を倒すことに重点を置きがちなので、事務的なことや細かいことはおろそかになりやすい。事務処理のために奴隷を買う者もいるぐらいである。子供のころから奴隷というわけでなければ、読み書きぐらいはできる奴隷は多い。そしてある程度なら計算ができるのも技能というほどではないので、一般奴隷の範疇で買えるのだ。
 高位の冒険者になってくるほど、こういった方面はカバーされている。強い魔物に対抗するために細かい戦術を立てられる者、綿密な下準備ができる者だけが上に上がっていける、という一面もあるのだが、サポート型の冒険者を育てる、というやり方がある。サポートに適した冒険者に早めに目を付けて、投資するのだ。高位の冒険者ほど、使える金はあるのである。
 大抵はパーティ単位の話であるが、そういった冒険者が後からパーティを抜けるということはほとんどない。そもそもサポート型の冒険者が単独で入れる迷宮には上限があって、より等級の高い迷宮に入構しようと思うとパーティを組むしかない。
 迷宮は、個人で魔物を倒せないなら負荷が掛かるという単純な強さの判定ではなく、サポート型ならばどれだけパーティに貢献できるかということもきちんと量っているものであるらしい。
――では、お味見を」
 今回もエルフィリアは、肉を食べる算段である。
 周囲の魔物は蹴散らしたし、迷宮にも慣れた。短時間ならわざわざセーフティルームに戻るまでもない。魔物が寄ってくればアルカレドが感知するはずだ。
 エルフィリアは魔力を抜いた肉を削いで、火で炙る。慣れた手順でアルカレドにも一切れ渡し、もぐりと咀嚼した。
 アリエス種の肉は、臭みがなく、想像以上に軟らかい。
「……ラム肉並みの質はありますね。これだけ軟らかいと、皮の方もかなり上質かも知れません」
「魔物肉ってやっぱり上等なんですね」
 感心したようにアルカレドが言う。上質だと感じるのは、魔素が多いのと魔力を抜いているからだ。
「とはいえ、市場価値はあまり高くはありませんけどね」
 その分、売値も低くなる。通常は魔力を抜くのに手間が掛かるので、売りに出ているのはほどほどのところで妥協したものだ。
「ジャムと同じようにはできないんですか」
「方法だけで言うなら可能ですが」
 通常の魔力抜きの手法でも、重ね掛けで効果が高まる。しかし、動物型の魔物はプラント種よりもかなり魔力が多いので、完全に抜こうとすると手間と費用が倍々に掛かるのだ。
――採算が取れないのでやらないでしょうね」
「貴族に売るのも無理ですか?」
「貴族には人気がないし、高級路線の販路がありません。貴族の側から依頼を出すのが現実的かと」
 流通に乗せても、高級肉として買われるほどの需要がない。個人からの依頼とするあたりが落し所である。
「……そういえば、牛の肉は高級だと聞いたことがあります。オクス種の肉なら可能性はあるのでは?」
 今日は何故だか、やけにからんでくるアルカレドである。肉の話なので興味が湧いているのかもしれない。
 エルフィリアはあまりアルカレドに肉を食べさせないのだ。彼女が肉で腹を満たさないので、アルカレドも相伴できないという話である。その分、菓子などは食べさせているのだが。
「牛は……難しいのですよねえ」
 牛は、一部の領地で飼育している家畜である。平民が勝手に飼育することはなく、扱えるのは貴族から許可を得た者のみだ。その分管理も徹底しており、貴族向けの高級食材とされる。
 つまり、貴族が権利を持っている商品なのである。
 牛乳も高級品にあたるが、そちらは安価な代替品がある。通称ミルクの木と呼ばれる木があって、その実の硬い殻の中に詰まっている水分が牛乳と似たような成分なのである。風味は少し落ちるが、ミルクとして一般向けに売られているのだ。
「オクス種を高級食材にすると、領分を侵すことになるので嫌がられると思いますよ」
 貴族が買わない理由というものがある。
 ちなみに、一般的な肉といえば兎、猪、鹿、羊あたりである。鳥は種類によりけりといったところだ。一般肉よりも高くなると魔物肉は買われない。しかし近頃はエルフィリアが納入しているので、潜在需要は高まっているらしい。品質と費用の折り合いがつくところで、質の良いものも出回るようになっている。
「平民に馴染みがあるのは羊ですか。こちらも塩漬けにすると、きっとオクス種とは違う味になりますよね。パンに挟んだら美味しいのでしょうか」
「パン……サンドウィッチですか」
「それです。食べたことがないので気になっていて」
 串焼きなどもそうだが、手に持って食べるという経験がない。つまり、はしたないという貴族の感覚である。エルフィリアも、出店で買って路上でかじるということには抵抗があるが、興味自体はある。
 サンドウィッチというのは、二枚のパンにいろいろな具材を挟んだものだ。これを考案した人は毎食食べるほど好きで、一日に三度、という意味のサンドイチから派生してそう呼ばれるようになったらしい。元々は、パン挟み、とかそういう名前だったはずだ。ちなみに、サンドイチというのは東の国で使われていたスラングである。
 サンドウィッチは、種類も豊富で携帯食に最適だという。エルフィリアも、料理人に作らせてピクニックに持って行ったという話は聞いたことがあるが、一口大にカットしたものをピックで食べたということだったので、平民とは作法が違ったのだろうと思う。パンも、白くて軟らかいものを使っていたはずだ。
「……試してみてもいいかも知れませんね」
 寮で作るにも体裁が悪いので、また外に出かけた日ということになりそうだ。とりあえずは肉を塩漬け加工しておこうと、エルフィリアの予定が決まる。
――さて、それではもう一体ぐらい羊毛を刈っておきましょうか」
 このときは、あまり供給がなさそうな素材なので一体分だと少ないかな、と思っただけだ。
 片づけを済ませて辺りを探しに行くと、もう一体アリエス種が見つかった。このアリエス種は眠り羊とも呼ばれていて、相手を酩酊状態にさせて襲う魔物だが、真正面に立たなければ脅威ではない。不意打ちで充分倒せる魔物なのである。
 先ほどと同じように、エルフィリアは雷撃で麻痺させる。アルカレドが近づいたところで、
――少し待って」
 と声を掛けた。
「何でしょう」
「魔物を殺さずに、毛を刈ってみて頂戴」
「また、何を考え――いや、承知しました」
 これは言っても無駄だな、という顔になって、アルカレドはおとなしく作業を開始する。
「十分経ったら、念のためもう一度雷を撃ちます」
 エルフィリアは荷物から魔術具を取り出してセットした。五分や十分を計れるタイマーである。懐中時計も所持しているが、決まった時間を計るときはこういったものの方が使いやすい。
――終わりましたが」
 結局、一体目でコツをつかんでいたらしく、十分掛かることはなかった。
 エルフィリアは刈った羊毛をひとまず鞄に仕舞う。麻痺が解けるとまた襲ってくるので、処理には場所を移すつもりだ。
「では、目印をつけて……」
 エルフィリアは髪から緑色のリボンを解いて、魔物の角に固く結びつけた。
「……何をしてんです?」
「少しばかりの実験を試みようと思いまして」
 先ほど思いついたばかりだが、試してみたいことが出来たのである。


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2023 04 03