週末に、さて今日はどこの迷宮に行こうかとエルフィリアは考える。
 スープに入れるなら鳥肉だと良い味が出るので、アウェス種の肉を狙ってもいいかもしれない。
 何が売れるかという需要で決めるのもありか、と思ってエルフィリアはギルドの売店コーナーを覗いた。保存食や魔物除け、ロープなどの必需品がいくらか置いてある。
 その中にいくつか、保存食としてジャムがあった。ギルドに置くには珍しいと思ってラベルをよく見ると、魔物食の一種だ。
 エルフィリアは思わず、それを購入して受付カウンターへと突撃した。
――これ、どこで獲れます?」
 慌てて追いかけたアルカレドが、また始まったと後ろで嘆息している。
「ジャムの材料を獲りに行くんですか? 一般にも流通しているものなので需要はありますけど、単価は安いですよ?」
 ギルド職員がそう言ってくれたが、構わないとエルフィリアは情報を聞き出した。
 ちなみに、魔物の生息地や迷宮の情報などは職務の範囲なので情報料は取られない。その代わり、迷宮や魔物の新情報があれば冒険者の方にギルドへの報告義務があるのだ。
 どうやら、目当ての魔物は彼女たちが初めて行った迷宮に出るツリー種のようだ。
 魔物の分類というのは学術的なものではなく、見た目や素材から冒険者が適当に分けたものが元になっている。動物型の魔物はある程度分けられている一方で、プラント種やツリー種などはかなり大雑把な分類となっているのだ。そのため、後者は種族と等級で呼ばれることはあまりなく、固有の名前が付いている。
 馬車の中でエルフィリアはいつもの植物図鑑を開いてみたが、当該の魔物は載っていなかった。一部のプラント種が載っているとはいえ、一般向けの書籍なので迷宮特有の魔物などは載らないのだろう。
 そうこうしているうちに迷宮に着く。
 前回は地下五層まで行ったので、帰還ポイントが使える。目当てのツリー種はさらに下層にいるらしい。再度攻略する必要がないので、さっさと五層から始めることにした。
 今日はもう余計な獲物は狙わないことにして、道中の荷物を増やさないように努める。ギルドでは採集用の籠や瓶なども扱っているので、背負籠しょいごを買ってきたのだ。
 目当ての魔物は六層で見つけたので、労力は掛からなかった。初心者用の迷宮ということもあり、五層のオクス種さえ倒せるならここまでは容易に到達できる。一般にも流通しているという話だから、恐らくは低位の冒険者たちの収入源になっているのだろう。
 歩いているツリー種なので、一目で見分けがついた。吊り果実と呼ばれている魔物で、アウェス種などの獲物を引き寄せるための実を吊り下げている。等級によって大きく種類が異なるようで、つまりは等級によって吊り下げている果実の種類が違うらしい。
 いま目の前でのそのそ歩いているのは苺の吊り果実だった。枝から蔓が垂れ下がっていて、その先に実が付いている。動きは遅いが、蔓に捕まると取り込まれて養分にされてしまうのだ。
「目的は果実なので、必ずしも倒せというわけではないのですが」
 果実を切り離してしまえばいいだけなので、エルフィリアは離れたところから魔法を放ってみた。
「《風よここに》!」
 杖で軌道を操ると、円を描くようにスパスパッと蔓が切断されていく。
 ――そして、地面にべしゃべしゃと実が落ちた。
「……アルカレド、あれを倒して頂戴」
 早々に諦めて、エルフィリアは従者に命じた。
 どうやら、直接一つずつ収穫していくか倒してからまとめて採るか、しかないようだ。魔力の要は恐らく根の方にあるので、切り離してしまえばおとなしくなるだろう。
――結果は、見えてました、けど、ねっ」
 アルカレドは文句を言いながらも剣を振って、魔物を真横に切断した。
 ずん、と幹が落ちるのを支えて、倒れないようにする。
「……よく斬れましたね」
「見た目ほど硬くないですよ、こいつは」
 言われてエルフィリアが切断面を見ると、確かに、硬いのは表皮の部分だけのようだ。中は多肉植物のようにぶにぶにしていて、水分がにじみ出ている。
 早速、エルフィリアは実をせっせと蔓からもぎ取っていく。わさわさと実ってはいたが、一つ一つが小さいため、籠は思ったよりは埋まらなかった。半分もいかないぐらいだろうか。
 もう一体倒せばそれなりに埋まるのでは、と思ったが、魔石を拾っているときに気が付いた。
「……この籠、満杯まで入れたら下の方が潰れるのでは」
「……でしょうね」
 何事も経験である、と呟いて、この日は引き上げることにした。


 迷宮から戻ると、エルフィリアはギルドに向かった。
 その前に商店に寄って、砂糖を買ってきた。少し迷ったが、この際と思って大きめのホーロー鍋も買ってしまう。
「恐れ入ります。作業場ってお借りできますでしょうか、火も使えるような」
「解体場の隅なら使っても良いですよ」
 ギルドの受付で尋ねると、許可を貰えたので銀貨を払う。ついでに瓶も十五個ほど持って来てくれるように頼んで料金を支払った。
 解体の受付は裏手の方だ。その奥に進んで、使わせてもらえる場所を訊くと作業台に案内された。
 その横に、湯を沸かせるように設置型の魔術炉が置いてある。魔石を入れて火をおこす魔術具で、火の調整はつまみでできるようになっている。さすがに魔石は貰っていないので、自前のものをセットすることにした。
 魔術炉にとりあえず鍋を置いて、そこに軽く洗った苺を次々と放り込む。満杯になる前に止めて、砂糖を準備する。量は果実の三分の一程度にした。魔物食なので保存は利くのだ。
――あ、そうです、味見味見」
 エルフィリアは砂糖を入れる手前で思いとどまって、苺を一つ口に入れた。「アルカレドも」と彼の手にも乗せてやる。
「魔力反発……ないですよね?」
「なさそうですね」
 等級が低いということもあろうが、やはり、植物型の魔物は魔力が薄いものらしい。確かに、これだと冒険者たちが獲ってきてそのまま売れてもおかしくはない。ジャムに加工するのは、形を奇麗に保ったまま持ち帰るのが難しいとか、魔物を加工もせずに生のまま口に入れることに忌避感があるのだとかの理由は考えられる。冒険者たちがギルドに売って、そこから加工業者に流れているはずだ。
「それにしては……値段がもう少し」
 エルフィリアは売店で買ったジャムを取り出して、ふむと思案した。
 苺の味は良いものだったが、それにしては値段が安すぎる気がする。魔物であることに目をつぶれば、通常のものと遜色がないどころか保存も利くし重量も軽くなるのに、である。
――あ」
 しかしジャムの方も、と口に入れてみて納得した。
「煮詰めると出ますね……反発が」
 濃縮されることによる弊害なのか、軽い魔力反発が出ている。砂糖が多く入っているため味の問題はないのだが、舌への反発がどことなくムラがあるという感覚になり、それが安っぽいという感覚に変換されている。
「なるほど」
 勿体ないなと思いつつも、とりあえずジャムを作ることにする。砂糖とレモン汁を入れて、こぼさないように全体を混ぜる。魔法で浸透を進めてから、魔術炉に火を付ける。
 強火でさっと煮詰めることにしてアルカレドに木べらを任せ、その間に魔力を抜く。
 そうこうしているうちに瓶が届いた。順に煮沸消毒するうちにちょうどジャムが煮詰まった。
 熱いうちに瓶に詰めて、出来上がりである。
 魔力を抜いたのでムラもなく、見た目も透明度が高くて上等そうだ。加工前の苺は、舌の肥えているエルフィリアからしてもそこそこの味だった。上手くできていればこのジャムも売れるはずである。
「さて、この調子であと二回ほど作りますので、アルカレドに任せます」
――承知しました」
 面倒なので嫌だと思っても、当然アルカレドは逆らえない。とはいえ、エルフィリアも瓶を消毒したり魔力を抜いたりはするのだから、完全に作業を放棄しているわけでもないのだ。
 作り終わったころに、最初に作ったものがある程度冷めるはずなので、味見をすることにした。
「……これは、想像以上ですね」
「……美味い」
 出来上がったジャムを食べて、エルフィリアとアルカレドは感嘆の息を洩らした。
 煮詰めたことによって、味が各段に跳ね上がっている。魔力が残っている状態と抜いた状態とでは、かなりの差が出ていた。
「……恐らく、魔素が関係している気がします」
 生物はそもそも、魔力の元である魔素を吸収するような構造になっている。魔物には魔素が多いので、魔素が濃い状態を「味が良い」と認識している気がするのだ。ただし、魔力が高い個体は魔素も多いと思われるので、魔力を抜かなければ魔素が濃いほど不味いということになってしまう。
――アルカレド、これらの瓶と鍋を、あなたの部屋で保管しておいて頂戴」
――は? 俺の部屋? 俺のところはご存知の通り相部屋ですが」
「ええ、ですから個室の宿を取ります」
 つまり、宿のグレードを上げると言っている。今までのところは安宿なので、先払い分の返金対応もないだろうがそれは仕方がない。
――ちょっと待て。このジャムも売らずに、ですか? 金が必要なはずなのに?」
 混乱しているアルカレドを前に、エルフィリアはふふと笑ってみせた。
「アルカレド、需要とは作るものなのですよ」


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2023 03 23