「今日は、薬草のついでに絶叫茄子を探します」
 エルフィリアはそう宣言して森へ赴いた。
 絶叫茄子は、抜く際にひどい叫び声を上げるというプラント種の魔物である。毒薬や恋の妙薬の材料になるという話だが、等級の低いものは食材として需要がある。弱い刺激がかえって健康に良いとかで、薬膳料理の材料にされるのだ。
 高級な食材というほどではないが、珍しさにエルフィリアは興味を惹かれたのだった。
「アルカレドは食べたことがありますか」
「ありませんが……というか薬膳自体に馴染みがないです」
 奴隷ならそうだろうな、とは思うが、エルフィリア自身にも馴染みはない。貴族ならば竜の肝だの妙薬だのの方へ行くので、どちらかというと平民の文化だ。
「抜くときは風の障壁を張りますね」
 絶叫茄子の叫び声を聞くと昏倒してしまうというが、等級の低いものなら頭が割れるように痛むぐらいだ。一番簡単な対策は耳栓だが、周囲の音に反応できなくなる。エルフィリアにとっては、魔法を使う方が楽だった。
 エルフィリアは、ポケットサイズの植物図鑑を取り出してめくった。この図鑑は、後半の頁に魔物も載っているのである。ただし、食べられるプラント種に限る。
「香草や香辛料で煮込むが吉、だそうです。食用にもなるプラント種ですから魔力反発はほとんどないと思いますが、多少はあるようですね。紫の花が目印、と」
――あれじゃないですか?」
 アルカレドが指差す先に、紫色も鮮やかな五弁の花が開いていた。その根元の土が少し盛り上がっている。
「そうみたいですね」
 エルフィリアは、対象に向けて素早く障壁を展開した。音に反応して遮断する魔法だ。これを応用して自分の周囲にぐるりと巡らせると盗聴防止にもなる。
「んっ、……あら?」
 ぐいっと引っ張ってみたが抜けなかった。エルフィリアの非力がまたも証明されている。
「待て、俺がやる――やります」
 呆れた声のアルカレドが、しゃがみ込んで適当にぽいぽいといくつか抜いてくれた。
 花の色から名付けたのだろうが、茄子というよりも根菜のようである。先が足のように二股に分かれており、引っこ抜かれた様子はおとなしいものだ。死の絶叫だと考えると、抜かれた時点で死んだようなものなのかもしれない。茎の根本、ヘタに当たる部分に魔石が埋まっている。プラント種は生死の判定が曖昧な代わりに、魔石はごく小さいものになるようだ。
「さて、どんなお味なのでしょう」
 美味しく食べたいので、とりあえずは魔力を抜く処理を施す。それからナイフを取り出して、エルフィリアは食事の支度を始めた。
 アルカレドは一瞬うわっという顔をしたが、エルフィリアの行動に慣れてきたのか文句は言わなかった。思いついたことは何でも試したいお嬢様だということはわかってきたのだ。
――待て、待て待て、本当に大丈夫なんですか」
 しかし、すぐに見ていられなくなったらしい。
――大丈夫なはずです」エルフィリアは強気に返答する。
 魔石をくり抜いて皮を剥いているところなのだが、想定よりも手つきがたどたどしい。そういえば、エルフィリアはナイフを使うのは初めてなのだ。解体に失敗したり自分の手を切ったりしたのは数には含めないこととする。勿論、そのときとは別のナイフである。
 生前の記憶でやり方は知っているはずなのだが、皮を剥くのに持ち手がずれないようにするのが意外と難しい。回しながらやるのだっけ、と記憶をたどりたどりしながらなので動きも遅い。
 剥き終わったら、適当に乱切りにしてスキレットに放り込む。アルカレドの嘆息が効果音に付いた。
 それからもう一種類、鞄から玉ねぎを取り出した。これは八百屋で買ってきたものだ。さすがに皮を剥くのに困りはしなかった。こちらはくし形に切って、スキレットに放り込む。
 あとは水を入れて火に掛け、煮込むだけだ。
――あ」
「今度は何ですか」
「いえ……そういえば私、味付けの仕方を知りませんね」
 火に掛けたスキレットの中をレードルでかき回しながら、エルフィリアは首を傾げた。
 生前の記憶では、そんなものは奴隷が関われる領分ではなかった。塩などを使うのは知っているが、量がよくわからない。先日のパンケーキのときはレシピがあったので困らなかったのだ。
「あ、そうです、お肉がありました」
 エルフィリアはそうだと気が付いて、鞄から肉の塊を取り出した。薄く切って適当にスキレットに入れる。
「その肉はもしかして……オクス種の?」
「はい、塩漬けにしてもらいました」
 初めて獲ったオクス種の肉を、エルフィリアは一塊確保しておいたのだ。肉屋に持って行って塩漬け加工を頼んだが、保存目的の塩ではないので配分は少なめにしておいた。
――わざわざ、塩漬けにしなくても」
「塩漬け肉というものを、食べてみたかったのです」
 エルフィリアは塩漬け肉を食べたことがない。自分で獲った肉だというのがさらに冒険者心をそそるので、いつか食べる機会をうかがっていたのだった。
「アルカレドもさほど食べなれているようには思えませんが」
「それはまあ、そうですが」
 貴族に使役されていたのなら、食事には新鮮な食材が使われていたのだと思う。とはいえ、現在の宿の食事は単調なようなので、手の込んだものが食べたいのかもしれない。
――では、お味見を」
 出来上がったスープを器によそって、アルカレドに差し出した。
 こういう場合、序列に少し困る。通常の食事ならば主人が先で従者は後だが、味見や毒見を兼ねている場合は主人が先というのも変な感じだ。とはいえ件の肉のときは勢いで先に口にしてしまっているので、自身の衝動と折り合いを付けていくしかないのだろう。
「どうですか?」
「ピリピリする感じはないですね」
 やはり、軽い刺激というのは魔力反発のことだったらしい。とはいえインセクト種の蜜の例もあったことだし、元々プラント種の魔力反発は気にならない程度なのかもしれないが。
 特に問題なく食べているようなので、エルフィリアもスープを口に運んだ。
「塩も……ああなるほど、これぐらいでいいのですね」
 肉の塩気で充分味は付いているようだ。塩というのは、エルフィリアが思うほど多くは入れなくて良いらしい。
 絶叫茄子も、特に刺激もなく食べやすかった。見た目からは蕪のような味を想像していたが、ほんのりと甘くホクホクしている。どちらかというと百合根のようだ。スープにもほどよく味が溶け出している。
 エルフィリアは一杯で満足したので、残りはすべてアルカレドにやった。宿の食事には飽きているはずなので、多少なりとも違うものは食べたいだろう。
 こういうものは、施しだと思われてはよくないという自覚はエルフィリアも持っている。少なくとも、主人のおこぼれか気まぐれだという建前は必要なのだ。
――ああ、そうだ、アルカレド、今後はギルドの施設を使用させてもらえることになったので、鍛錬場を使っても良いですよ」
「鍛錬場?」
「ギルドに併設している建物です。私がいなくても使っていいことになりましたので、お好きなときに行ってらっしゃい」
 宿に缶詰めにならなくて済むと理解して、アルカレドの目が瞬いた。
 とにかく、これでエルフィリアの今日の用事は終了した。
 食事の後は、エメラルド色の箱を取り出して中身を一つ口に入れる。
――何食べてるんです?」
「デザートのチョコレートですよ。残りは差し上げます」
 大通りにある、有名店のチョコレートだ。この箱は九個入りの小さな物である。もう一つ口に入れて、残りはアルカレドに差し出した。
「あんたが好きで、買ったんでしょう。全部食えばいい」
「アルカレドは私を、チョコレートを一箱も食べる女の子だと思っているのですか」
 アルカレドは渋っていたが、エルフィリアがそう言ってやると困った顔をして受け取った。
――変なお嬢様ですね、あんたは」
「普通のお嬢様は、冒険者になろうとはしないんですよ」
 ――知りませんでしたか、と答えてエルフィリアは微笑んだ。


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2023 03 20