「おう、おまえさんら、初迷宮だったってな」
 エルフィリアがギルドに入ると、ちょうどギルド長が来ていた。行く前に申請を出したので、それを見たのだなと知れた。声が掛かった途端、なんとなく周囲の目がこちらを向いたような気がする。
 そのままカウンターに入ってくれたので、手続きを頼むことにした。
「素材取りに行ったんだろ? どうだった」
 ギルド長はどことなく楽しげにニヤニヤとしている。その真意がわからなくて、エルフィリアは首を傾げつつ「取って参りました」と告げた。
「ん? 何も問題はなかったか? 解体魔法は」
「解体魔法は不使用です。角は買い取っていただけますよね」
 エルフィリアが視線で促すと、アルカレドが角をごとりとカウンターに置いた。
「なんだ、取ってこれたのか」
「質問の意図が読めません」
 そこでようやく、ギルド長は笑いながら種明かしをした。
 どうやら、初心者に対する洗礼といえるものがあり、それが迷宮の素材のことだという。実は迷宮の魔物というのは迷宮から外へは出られないのだが、それは死骸となった後も同様なのだそうだ。死骸を外に出すと魔素となって分解されてしまう。それを避けるためには、素材として正しく分割される必要がある。「死骸の一部」ではなく「素材」になれば迷宮内の認識が変わり、理から外れるのだ。
 なるほどそれで、と納得のいくことがあった。アルカレドの服が血で汚れてしまったので、洗濯をするか着替えを増やすかとエルフィリアは迷っていたのだが、迷宮を出たところでその血が魔素となって消えたのだ。
「つまり角は適切に切り取ったから、素材として認識されたわけだな」
「解体魔法はどう関わるのですか」
 ギルド長は、エルフィリアが解体魔法を知らないことを承知している素振りだ。先ほどの話の流れだと、解体魔法を知っていれば何とかなったということだろうか。
「解体魔法はその名の通り、魔物の死骸を素材に解体する魔法だ。ただし欠点があってな」
 魔力の高い部分しか解体できないのだそうだ。大抵は、魔石とその次に魔力の高い部位のみを残して魔素に分解されてしまう。魔石収集には役立つが、素材を取るにはかなり偏りが出る。
 これらのことは、自ら体験するまで新人には教えない伝統だという。知らなければ、迷宮の素材を取ってこようとして消えてしまうという破目に陥るわけだ。慢心すると失敗するという教訓である。恐らくは、教訓としての伝統ではなく、自分もされたから次代にもしてやるという意味の伝統だと思われる。
「それでは私はなぜ、教えていただけたのですか」
 結局、エルフィリアはそれらの洗礼を受けたとは言い難い。すり抜けてしまっているのである。
「運も実力のうちという考えもあってな。とりあえず、一度迷宮で素材を取ってきたからには知る権利はある」
 それに、運が良かったとも言えねえぞ、とギルド長はにやりとした。
「オクス種の角は、あんまり高く売れねえんだよな。これは等級も高くないし、解体魔法で取れるから供給が足りてる」
「蹄も駄目ですか」
 蹄もことんとカウンターに置いたが、反応が鈍い。
「駄目ってわけじゃねえが、蹄も切り取りやすい部位だからな。角ほどじゃねえが、そこそこ供給はあるぞ。欲しいのに足りねえってのは皮とか」
「ございますけれど」
「あんのか!」
 今までで一番食いつきが良かった。出せと言われて取り出すと、サイズの割に破れがなく処理もきちんとしているとお褒めの言葉をもらった。手に入れるためには、迷宮内で解体するしかないという上での感心だ。
「この辺りだと迷宮でしか取れねえんだよな。オクス種の革は汎用性が高い上に魔物素材だから丈夫で軽い。人気はあるんだがなかなか供給がなくてな。おまえさん、随分と役立つ奴隷を手に入れたじゃねえか」
「ええ、まあ――恐れ入ります」
 エルフィリアは説明が面倒になって口をつぐんだ。解体を実行したのはアルカレドなので間違いではない。何か言いたげにアルカレドが身動ぎをしたが、エルフィリアはただにこりと笑って済ませた。
――それから、お肉もあるのです。美味しく処理したものが」
「ああ、魔力抜きか」
 まったく驚かれなかった。魔力を抜くという処理は、手法が確立している程度には知られていたのだ。実験までして発見したのに、とエルフィリアは少々落胆した。
 ということは、一般的に売られているものはさほど異物感がないのだ。さすがにそのままでは流通に乗らないのだろう。
「魔力抜きはけっこうムラが出るからな。当たりはずれがあるから、マシな方なら買ってやろう」
 通常は加工業者の方で処理するので、納入時はしないものだという。何割かははずれが出るという前提で値を付けるのだ。まとめて処理してはずれを引くと無駄になるので、加工時はいくつかに分けて処理するらしい。かといって小さく分けすぎると手間と費用が掛かる。その辺りのバランスを加味した値段だ。
「魔力は全部抜いてあるので、ムラはありませんよ?」
 最初は話が把握できずに黙って聞いていたが、つまり、魔力抜きという手法では中途半端にしか魔力が抜けない。恐らくは、上手くいった場合でも抜け切らないから味付けを濃くする必要があるのだ。
「ああ? 吹かしてねえか?」
「おりません」
 都合よく言っていないかとの問いに、否と答える。
「本当にか? どうやって――いや、別室で聞く」
 そうして個室に案内してもらったが、結局のところたいした情報ではない。情報料をもらうような内容ではないのだ。
「本体の魔石と高位魔法があれば可能です」
「……使えん情報だったな」
 エルフィリアの答えに、ギルド長は当てが外れたと息を吐いた。
 高等な魔法士が必要という点でも厳しいが、高位魔法とは言うなれば個人用の魔法なのである。同じ術式を使ったからといって、別人では同じ効果は期待できないのだ。
 魔力抜きは抜け石を使うと聞いたので、構成の似たような中位魔法でも使っているのかもしれない。ちなみに、術式は洗練されるほど短くなる傾向にある。
「とりあえず、お味見をどうぞ」
 味が良ければ買うと言ったのだから、判定のために食べてもらうことにした。またも例の道具を取り出して火で炙っていると、ギルド長には不可解そうな目で見られてしまった。
 肉が焼けるいい匂いがする。相手はそこまで上品さを求めない人種らしく、手でつまんでパクッと食べた。
「……いけるな」
「美味しいでしょう」
 結局、骨や内臓を抜くとだいぶ量が減ったので、肉の半分は持って帰って来れた。高級食材というわけではないが、まとめて売ればそこそこの値段にはなるはずだ。
「よし、わかった。保存食として相場の三倍で買う」
 ギルドでは携帯食も売っているので、そこで保存食として売るつもりらしい。
「需要は船乗りとかではないのですか?」
「あっちはな、食料袋持ってやがんだよな」
――ああ、あの、傷痍保護用の布の技術を転用したとかいう」
 食料袋とは、文字通り食料を入れるための袋だが、入れても物が腐らないという魔術具である。細菌の働きを止める術が掛かっているため腐らないのだが、実際は袋を何度も開け閉めするので綻びが出て若干は進行するらしい。便利だが非常に高価なもので、船乗りや遠征の騎士団など、個人ではなく組織で買うものだという。
 そのため、むしろ個人相手の方が保存食の需要がある。
 しかし通常の保存食も魔物肉も既にあるので高いと売れないのでは、という疑問には、
「飽きるんだよな……」
 という返事があった。
 肉といえば燻製か塩漬け、魔物肉なら塩漬けか香辛料、こういうパターンになってしまうらしい。そこで普通の肉を長持ちさせて美味しく食べたい、という需要に嵌まるのである。
 そんなわけで、九枚の金貨が肉の対価になった。アルカレドの宿代五か月分である。もう少し良い宿にしてやらねばと思う。
「……もしかして、稀少な魔物を狙うより、普通の薬草と皮と肉を納入している方が収入が安定するのでは」
 一般的な、よく流通している、というものは需要が多い。平均の何倍も質の高いものを上げれば、確実に売れるのだ。
「冒険者っぽさはなくなりますね」とはアルカレドの言。
 確かにこれではただの業者である。
「今度は、もう少し等級の高い迷宮に行ってみましょうか」
 ちなみに宝箱もなくはなかったのだが、初心者向けの迷宮だったためか、中身はただの回復薬だった。


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2023 03 08