土の日は魔物素材を取りに行くことになった。
 本音を言うと、エルフィリアはわくわくしている。演習で魔物狩りの経験はあるのだが、倒して終わりだったので素材を取るのはやったことがない。
 解体が大事だと、ジムは常々言っていた。素材を取って売ることを目標にしていたのだから、解体重視になるのも無理はない。エルフィリアの生前の記憶でも、ジムのその言葉をいつも聞いていたので、「解体は大事」は頭に刷り込まれていたのだ。
 解体のことは、ギルド登録時に職員のグレイシーからも説明を受けていた。
「魔物を狩ったら解体屋に持ち込んでいただくことになります」
 解体して、素材となる各部位を売るという流れだ。
 手間賃を払って解体屋で解体し、素材をギルドに納入するのである。追加で納入手続も頼むと、運び賃が発生するのでさらに金を取られる。
 ギルドにも解体用の受付があるが、そこで頼む場合は解体と納入が一括で済む。解体料を相殺して買取金が出るため、手続の上でも楽ができるのだ。
 ではなぜ個人の解体屋を利用するかといえば、待ち時間がほとんどなく、解体の仕方に注文を付けられるという理由が上げられる。目的によって使い分けるのだ。また、この場合は素材を個別に売るという方法も取れるが、まったくの個人ではなく店などと取引するのは難しい。各所の仕入れ先はそもそもギルドなのだ。安心安定のギルドから供給の不安定な個人に乗り換える理由がないのである。
「とはいえ、魔法が使える方は解体魔法を使っていますよ」
 解体魔法、というものがあるらしい。魔石集めが楽なので、そこそこ知られている魔法だという。
 情報料を払えば術式も教えると言われたが、エルフィリアは断った。平民といえど火種を作る程度の魔法は使えることが多い。解体魔法も恐らくその辺りの低位魔法だ。解体屋が儲かるということは、冒険者が使うには何らかの不利益があるのだと思ったからだ。そうでなくとも、ありふれた魔法ならどこかで知る機会はある。
 魔物を狩ったとして、どうやって運ぶかは考える必要がある。一番いいのは丸ごと持ち帰ることだが、魔物のサイズによってはそう簡単にはいかない。ベテラン冒険者ならば御用達の拡張式鞄というものがあって、空間魔法によって中が拡張されていて見た目よりもたくさん入る鞄を使っている。ただし高額商品である。なので、素材などに分割して持てる量だけ持ち帰るというのが一般的だろう。荷車を使うような方法もあるが、迷宮では難しい。
 エルフィリアは冒険者に関しては素人だが、こういう情報はギルドの雑談などで耳にする。アルカレドの方も、宿屋で情報を仕入れてくることがあった。
 しかし、どこまで知るかということが結果を左右することがある。薬草の納入といい、通常のやり方を知らないことで功を奏することもある。あらかじめ知るということは、他のやり方を消去しているということでもあるのだ。


 魔物を狩りに行く場所は、迷宮と決めた。
 迷宮とは魔物が徘徊する場所、財宝が眠っている場所であり、魔素濃度が濃くなった地点に何らかの条件で発生する現象の結果である。不思議なのは、見た目のサイズがてんで当てにならないことだ。入口は小さな小屋のような大きさなのだが、中が異様に広いのである。地下に潜るものが大半だが、中には階を上る構造のものもある。それが外観からはまったくわからないのだ。
 いろいろと研究された結果、中の空間が直接引き延ばされているというよりはどこか別の空間と繋がっているという説が主流だ。少なくとも中身は自然発生などではなく、誰かが造ったものとされている。古代人の遺物なのか上位種の戯れなのか別世界の創造物なのかはわからないが、ある種のルールに則って造られているのは確かだ。もしくは、ある種のルールに則って自然生成されるような術式が組まれているか。
 最も系統的なのは、五階ごとに入口に戻れる帰還ポイントを起動できることだ。再訪時には入口からその際のポイントに戻ることもできる。
 その他の特長としては、迷宮内では生命活動がゆっくりになる。食事や睡眠を必要とする感覚が長く、致命傷を負ってもすぐに死ぬということはない。準備に負担が掛からないので、初心者向けともいえるのだ。
 ギルドには仮登録であっても、迷宮に入る許可は出る。熟練度の低い者は迷宮自身が拒絶するので、あらかじめ制限する必要がないのだ。物理的に入れないというわけではないが、入構時に負荷が掛かるため自身で判断することができる。恐らく威圧のようなものなのだろう。
 やってきた迷宮は、魔法学院からもさほど離れていない丘の中腹に入口があった。とはいえ、学院の者とかち合う心配はないだろう。誰が入り込んでいるかもわからないような迷宮に、貴族が不用意に入ったりはしない。学院の演習で必要な際は、王家所有の迷宮に使用許可が下りる。
 中に入ると、若干薄暗くはあったが明かりは必要なかった。迷宮内は、罠でもない限り探索できるだけの光量があるのが普通だ。
 足元はやはり整備されてはいない。エルフィリアもさすがに厚手のブーツを履いてきていた。全体的には軽装だが、胸部や腹部を保護するためビスチェのようなものを編み上げ紐で締めている。魔物の皮を使っているものだが、見た目に反して軽い。あとは腰に杖のホルダーを下げているぐらいである。
 浅層だからなのか、意外とそこら中に魔物がいるという感じでもない。向こうの方でスライムがうにょうにょ動いているのが見えるが、近づかなければいいだろう。倒せば魔石は取れるがそれだけだ。
 そのうちにコウモリ型の魔物がバサバサと飛んできて、エルフィリアは慌ててアルカレドの背中に隠れた。
「お嬢様、魔法魔法」
 魔法を使うのを忘れているぞとのアルカレドの指摘だが、やはり咄嗟に反応するのは難しい。
「じ、《浄化を星》っ」
 焦って発語した詠唱がぶれた。魔物が急下降してきたのだ。飛んでいる獲物は照準合わせが厳しいことも焦りを強くした。
――時間切れ、ですね」
 アルカレドが剣を振って一閃、真っ二つになった魔物がぼとりと落ちた。
「……下手に切り刻むと素材が取れなくなりそうね」
「それは俺も、冒険者とかしたことないですからね」
 加減を求められても困るということだ。斜めに切ったので魔物の羽が中途半端に断たれている。魔石だけ探り出して、アルカレドがそれを荷物に仕舞った。今日は荷物持ちを任せているのだ。エルフィリアも、個人的な荷物なら持っている。
 それにしても、アルカレドはやはり剣の心得がある。奴隷としては珍しいが、前の主人のときに護衛でもやっていたのだろうか。素質があるものに訓練をさせるということはなくはない。
 しかしそれをエルフィリアが訊くことはなかった。個人的な事情というのは、奴隷としては探られたくない壁の内側になる。下手に境界を荒らす必要はない。
 次に出てきたウサギ型の魔物に照準を合わせ、エルフィリアは無詠唱で術式を紡ぐ。
 ――《浄化を星を踊り為せ、逆巻く渦の》、
「《火をここに》!」
 獲物は、消し炭になった。
「……素材を取るんじゃないんですか」
「何事も経験です。……火の魔法って意外と役に立たないのかしら」
 ちなみにその次の獲物は、風の魔法でバラバラになった。
 適度に魔物を狩りながら、少しずつ下の層へと移動する。地下四層辺りでもう少し強い魔物も出てきたが、全体的にここは初心者向けのようだ。
 倒した魔物は、魔石を取るだけにした。結局、小物をいくら狩ったところでたいした素材にはならない。数があっても持ち帰るのが大変なだけだ。ここはひとつ、大物を狙いたい。
 地下五層に下りると、大きな扉があった。話に聞いた通りだと、エルフィリアは高揚する。
「これは、五層か十層ごとに存在するセーフティルームというものですか?」
「その代わり、中のボスを倒す必要がありますが」
 中の威圧を感じて、エルフィリアは静かに臨戦態勢に入った。
 帰還ポイントは、セーフティルームの先である。


――アルカレド、しっかり働いて頂戴」
「従者の真似事は必要なかったはずでは?」
 確かにエルフィリアは初め、形だけなので仕事はしなくていいなどと言った。そのときは一人で何とかできると思っていたのだ。
「稼ぐのは手伝ってもらうと言いましたよ」
 しかし、ここでしっかり役割を果たしてもらわねば困る。相手は奴隷なので、謝罪は必要ない。ただ指示を出す。
「動きを止められるかやってみますから、牽制して頂戴」
 杖を取り出しながら、エルフィリアは後ろに下がる。だいたい魔法士というのは遠距離攻撃で詠唱の時間も必要なのだから、通常はパーティを組んでいるものだという。そういえば魔物狩りの演習でも、まず初めに牽制する係と後方から攻撃する係に分かれていたと思い出す。一対一の対人戦だと読み合いが主になり、相手もこちらに突っ込んで来ないのでいろいろと想定が抜けていた。
 現状ではアルカレドがいないと、そもそも迷宮に潜るのが難しいのだ。
 アルカレドは剣を正眼に構え、魔物と対峙する。ウシ型の魔物で、角や尾の形が違ったりはしているが大きさも牛に近い。
「《風よここに》!」
 魔法で足を狙ったが、上手く避けられてしまうので足先を切りつける程度にしかならない。
 魔物が、荒い息を吐きながら頭を低く下げた。
――お嬢様!」
 アルカレドがこちらに一息で駆け寄って、軌道上から位置を下げさせる。角を向けて突進するのがこの魔物の攻撃だ。勢いはあるが、どうやら一度走り出すと途中で軌道は変えられない。行き過ぎたところで止まって、魔物はくるりと向きを変えた。
「アルカレド、もう一度来たら、引きつけてから避けて頂戴」
「承知しました」
 魔物がまた頭を下げる。
 アルカレドが目の前から退いたが、エルフィリアは退かなかった。杖を振り上げ、真正面で止める。
――《土をここに》!」
 目の前に、二メートル四方の土壁が生えた。
 ――直後、どうん、と魔物がぶち当たって、ばたりと倒れた。頭から突っ込んだので脳震盪を起こしたらしい。
「アルカレド、今です」
 あとはその隙にさっくりと首をかき切って終わりである。
 ちょうど、角が素材にできそうだ。首筋からどくりどくりと流れる血を見ながら、エルフィリアは従者に声を掛けた。
――では、アルカレド」
「はい」
「解体します」
――は?」


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2023 03 03