王立魔法学院は貴族の通う学校である。
 そのため結界魔法が惜しみなく使われており、許可の無い者の出入りが厳しく制限されている。商品の納入ですら、いったん騎士団を経由するほどだ。立地は街の真ん中ではなく少し外れた小高い丘で、街とを繋ぐ馬車が門の前から行き来している。教師や生徒が使う専用の馬車が、学舎の隣で管理されているのだ。
 そして、学校では寮制度が敷かれている。
 馬車での通学を認めると日々不特定多数の人間が入り込むから、というのがその理由だ。貴族は乗合馬車を利用しないことも相まって、それをさばく手間と時間が掛かるということもある。長期休みの際は、家ごとに迎えに来ても良い日にちと時間帯が定められている。
 生徒は身一つでの入学を求められ、使用人の同行も許可されない。その代わり、敷地内では厳しく身元調査された専用の使用人が置かれ、警備の騎士も常駐している。生徒に与えられる部屋は個室だ。さほど広くはないといっても、ベッドとデスク、鏡台にクローゼットは完備されている。表向きは、生活面での支障はないのだ。
 ただし、精神面では人さまざまである。家族とも馴染みの使用人とも引き離され、心細くなる者も当然多い。校内や寮の食堂はいつでも無料で利用できるし、髪結いや洗濯なども内部の使用人を呼べば済む。ただし贅沢品の購入などは、出入りの商人を呼べないために著しく制限される。街に買い物には行けるが、荷物持ちの一人も連れられないのだ。それを苦痛と感じる者にとっては、軟禁されたも同然だという文句は上がっていた。
 エルフィリアは全く気にならない方だった。それどころか、家に居るときよりも快適だとさえ思っている。
 勿論、軟禁されているわけではないので、門限はあるものの街には自由に下りられる。出かけるたびに使用人が付いてくることもなく、気楽だった。どの店に入ろうと、何を買おうと、家に報告されることもない。
 街に行く際は、制服のままの者も多かった。
 大通りには騎士が巡回している。魔法学院の制服を着ていると貴族の子女だとすぐにわかるため、トラブルに巻き込まれないよう気に掛けてもらえるのだ。とはいえ、女子はやはり着飾って出かけたい。路地に入ると騎士の目が行き届かなくなりやすいので、複数で行動し大通り以外の店には行かないという不文律がなんとなく出来ていた。仮に何かあったとしても、魔法が使えるのである程度の自衛は可能だ。
 エルフィリアは、不必要に服を増やす必要はないと思っていたため、制服派である。しかし、冒険者になる準備のために歩き回りたいので、目立たないように服を買おうかと考えていた。
 服飾などの予算は家から与えられている。買っても問題はないのだが無駄遣いをする気もないので、エルフィリアはとりあえず、古着屋を覗いてみた。
「いらっしゃいませ」
 店員から声は掛かったが、寄ってはこない。古着屋では、客が勝手にあれこれ見ても良いようである。考えてみれば、売れ筋商品や色違いなんてものはないのだから、店側からアピールすることもあまりないのだろう。
 エルフィリアの制服を見て、店員が一瞬あれっという顔をしたが、それだけだった。実際、貴族によっては古着屋を利用するのも間間あることだ。
 この店にも、見てみれば魔法学院の制服が何着か置いてあった。
 制服は入学の際に与えられるのだが、無料なのは一着だけだ。通常は洗い替え用に何着か買い足すし、夏用に生地の薄いものも用意する。しかしそれが、あまり支度金の出せない家にとっては負担になる。そういう生徒が古着屋を利用することは珍しくない。売られている制服は、そういう事情をわかっていて慈善として古着屋に寄付されているものがほとんどだ。
 エルフィリアも古着でも良かったのだが、さすがにそれは家が許さなかった。
 他には、平民が買うこともある。実は、魔法学院は貴族だけではなく平民も入ることはできる。試験に合格した上で入学金や授業料が支払える者に限るが、寮の使用は許可されない。条件が厳しいが、才能を認めた貴族が後ろ盾になることも多い。今年でも確か三人ほどいた。
 外部の者が制服を悪用することはなくはないが、十代後半の貴族しか着ることのない服なのですぐにばれる。見慣れない者だと騎士の警戒対象に入り、その際に貴族の名前をかたると罪になる。ならば平民の名を、と思うとその方がばれるのだ。魔法学院にいる平民は少数なので、全員の顔と名前は情報共有されているのである。
 制服のことを考えるのはやめて、エルフィリアはワンピースを何着か手に取った。
 姿見の前で身体に当ててはみたが、古着を買うのは諦める方が良さそうだ。
「似合わない……」
 思った以上に印象がちぐはぐになってしまうことが、自分にもわかった。
 エルフィリアは髪の色などの印象が薄く、どこの誰とすぐ露見するような特徴はない。しかし平民にも見えないので、平民が着るような質の服だと浮いてしまうのだ。
 せめて裕福な家の娘に見えるような服でないと逆に目立ってしまうだろう。そうなると身体にしっかり合った寸法でないと不自然なので、きちんと仕立てた方が良いことがわかった。
 こういうことを理解するために時間を使うことを、エルフィリアは無駄だとは思わない。
 だから無駄足と捉えずに、どういう色で仕立てたらいいかを選ぶだけにしたのだった。


 エルフィリアの最終目標は、卒業と同時に家を出て冒険者になることだ。
 冒険者という発想にたどり着いたのは、生前の記憶からだった。荷運びの手伝いをしていたジムが、よく言っていたのだ。成人したら冒険者になると。
 エルフィリアの生前はお遣いとして時々屋敷外へ出ていて、多くはないが孤児の知り合いもいた。その中で、彼女によくしてくれたのはジムだけだった。だから、彼の言葉をよく覚えているのだろうか。
 植物採集や魔物素材など、自分で集められるものを売るにしても、ギルドの冒険者登録をしているとそこそこの値段で買い取ってもらえるのだという。ジムには魔法の素養もなく身体も小さかったが、それでも稼ぐ術があると知って嬉しそうだった。
 ただの下働きで居続けることに何の疑問も持っていなかったエルフィリアは、そのとき初めて、自分で道を決めるということを知ったのだ。冒険者になるにも最初は仮登録で、頑張らないと本登録に上がれないらしいのだが、それでもきらきらした希望を見せてもらった気になった。
 それは彼女の淡い憧れだったのだろう。冒険者に、というわけではなくジムのその姿勢にだ。
 だからきっといま、冒険者になろうということがすっと頭に浮かんだのだ。
 しかし、そのためには事前準備が要る。
 逆説的だが、冒険者になるためには仕事が必要だという結論になるのが悩みどころだった。一年後、卒業と同時に自立しているためには資金が必要なのだ。身一つでなれるものとはいえ、装備や生活の基板などは先に確保しておきたい。
 そのために家のものを持ち出すわけにはいかない。いまは、学業や生活のための金は遠慮なく受け取っているが、それを冒険者のための準備金に使うのは筋違いだろう。
 現在必要な分は、手持ちの宝飾品を質に入れて賄おうと思っている。しかしそれも、卒業までには請け出して家に返すつもりだ。一応はエルフィリア個人の持ち物ではあるのだが、公爵令嬢として与えられた物はすべて置いていった方がいいと判断した。家との繋がりが残っていると、今後のトラブルになる可能性がある。
 エルフィリアにとって、まず必要だと思ったのは従者だ。
 いろんな準備の手伝いとして、ということも勿論あるのだが、裕福そうな娘が一人で出歩いているときに降りかかる面倒を避けたい。女二人だと甘く見て寄ってくる輩がいるので、男の方が良い。エルフィリアよりも年上で背が高くて、できれば護衛に見える男が良い。実際にその技能もあればなお良いが。
 しかし従者に支払うための報酬もまた、稼がなければならないのだ。ここでまた、金が必要だという話に戻る。
――そうだ、奴隷にしよう」
 ふっと浮かんだ選択肢だが、それが一番良いように思えた。
 初期費用さえ用意できれば、継続的な報酬は必要ないからである。生活費がかかるという別の問題が浮上するが、安宿にでも放り込んでおけば従者を雇うよりは安くつくだろう。
 何より、誓約魔法で不利益を防止できるのは大きい。奴隷には、強い誓約魔法を掛けることが許可されているからだ。


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2023 02 13