恥ずかしいほどの二人。

魅惑のホットチョコレート

「おいしい!」
 カレンは目の前のホットチョコレートをひと口すすり、感嘆の声を上げた。
 グリフォードは、そうだろうと言うように微かに頷く。
 ところでグリフォードの目の前には、同じように湯気を立ててはいるが紅茶が置かれていた。
 ここは、紅茶が美味しいことで有名な店である。しかし、メニューの一番下に目立たぬように表記されているホットチョコレートもまた絶品なのである。グリフォードが好んでいるため、一度カレンにご馳走してやろうと思ってこの店に連れてきたのだ。
 普段は自分にコーヒーを、連れに――主に弟のウィーダリオンだが――ホットチョコレートを運ばせておいて、あとでこっそり取り替えるのである。いつものように涼しい態度でカップに口を付けていれば、誰も彼が飲んでいるのが甘いホットチョコレートだとは気がつかない。
「カレン、口元にチョコレートが付いている」
 ふと気づいてグリフォードが指摘すると、カレンは慌てて口元をこすった。
「逆だ」
「え? どっちですか?」
 焦れたグリフォードはすいと手を伸ばし、親指でぐいとカレンの口の端を拭う。
「とれた」
 僅かに笑んで、グリフォードは何の気なしにその指を舐めた。
「あ」
 その仕草を見つめてカレンは顔を赤くする。
 グリフォードは不思議そうにカレンを見たが、しばらくしてその意味に気づき、無表情のまま固まった。


「……妹と友人のラブシーンほど、見ていてつまらんものはないな」
 ふんと鼻息を荒くしたレオナルドの肩越しに件の二人を見やって、見つからぬようにティオは頭の位置を低くした。
「いまどきいるんですね、ああいう見てて恥ずかしい人たちが」
「おまえは逆に手が早いらしいじゃないか」
――若さゆえと言ってください、若さと!」
 憤然として、ティオは潜めた声の調子を少し強めた。
「だいたい、こんな店に誘うならウィード先輩と来ればいいでしょう」
「嫌だ。あいつは、私の兄さんを侮辱するつもりですかとか言いだすに決まっている」
「……つまらんとか言いながらやっぱりわかってて来てるんじゃないですか。もう帰りませんか」
「ここの会計はおまえ持ちだからな」
「貴族の坊ちゃんのくせに、貧乏隊士にたからないでください」
「貴族の坊ちゃんが常に現金を持ち歩いていると思う方が甘いぞ」
 レオナルドとティオの不毛な会話はいつまでも続いた。


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2007 09 05