これは秘密。
グリフォードの訓練風景を見るのはわりと好きだ。
彼の太刀は隊長ヒースケイドのそれとは違い、意外にもその体格から想像されるような豪快さはない。どちらかといえば繊細で、反射神経が優れているのか反応が非常に早い。力でねじ伏せるのではなく、計算されつくされている感があって、絶妙な太刀筋で相手の力の方向を逸らしている。そして相手をしている側は気づけば剣を落としているか喉もとに得物を突きつけられているというわけだ。
そんなグリフォードにしてみれば、下っ端の隊員の太刀など止まって見えるほどに隙だらけに違いない。巧く加減して指導をすることができないというのもわかる気がした。
今日もカレンは訓練を何時間か見学したのち、その場を辞した。司書官のルゥエとお茶を飲み、お開きになって夕刻に再度練兵場をのぞいてみた。
しかし、グリフォードがいない。その時間には城に戻ってきていた隊員のティオが、カレンの疑問に答えてくれた。
「先輩、休憩時間になるとふらっとどこかに行くんですよね。どうも一人になれる涼しい場所を探し歩いてるみたいなので、庭園の裏手辺りにでも行ってみるといいかもしれませんよ」
はたしてティオの予想通り、グリフォードは庭園裏の木陰で眠っていた。
カレンはグリフォードの隣に腰を下ろし、その寝顔をまじまじと見つめる。
強い瞳が隠されていると、ずいぶんと印象が違う気がした。いつもはそのするどい視線が気になって、グリフォードの顔をよく見たことがない。起きている時は大抵刻まれている眉間の溝がないと、やたら穏やかな印象を受けた。
こんな顔もするのだと思った。グリフォードのことで、カレンには知らないことが多すぎる。知りたいと思う、この気持ちは何なのだろう。
カレンは、グリフォードの眉のカーブや唇のかたち、顎のラインなどを余さず観察した。思わず、その黒々とした髪に触れたくなってしまう。
近づいてみたり離れてみたり、頼ってみたり逃げてみたり、自分の態度は一貫していないと思う。自分でもわけがわからないのだ。でも、グリフォードの傍にいれば波立った心は静かに落ち着いてゆく。カレンにとって、グリフォードは奇妙な安心感を与える人物でもあったのだ。ときに、彼によって動揺させられるのだとしても。
この人と結婚するんだ、とふと思った。
魔が差した、と気づいたときには、その瞼にそっと唇を押し当てていた。
「……っ!」
唇が離れた瞬間、カレンは我に返り、そんな自分にひどく狼狽した。
このことは絶対、グリフォードには秘密にしておかなければ。
そう思ったとき、隣で眠っていた当人がうっすらと目を開いた。
2007 08 25